第6話 まるで悲劇の主人公

 どうして、と問いかけたかったけれど、口がうまく動かなかった。


『母様って、僕には要らないです』

『おばあさまや乳母がいれば問題ありませんし』


 ケラケラと笑いながら、母には確かにそう言いまくって、言葉の棘を容赦なく浴びせた、

 ランディは別に本心だったわけではなく、祖母から言えと、お母様をからかっておやりなさい、と言われたからやっただけの

 受け取る人の受け取り方によって、その人がどんな思いをするかだなんて考えることはしなかった。


「か、母様!」

「何でしょうか、ランディ様」

「え……」

「まて、ミスティア! そんな言い方!」

「あなたのお母様は、ずいぶんとな教育をそちらのご子息にしているということですわ。母に対して不要だとか、どうとか、冗談でも言っていいことと悪いことの区別もつかない人でなしを作り上げたのですから」


 人でなし。

 ランディに、とても深く突き刺さるが、恐らく十歳になる前から日常的にミスティアへの暴言は浴びせ続けていた。

 今、たった一言吐かれた暴言で、こんなにも胸が痛くなるだなんて、思うわけがなかったのだ。


「とってもご立派な前伯爵夫人がいれば、この母なぞ不要でしょう。ええ、即座に私はこの家を出て行こうと思います」

「ち、違うんだ!」

「あら、私の実家からお金を引っ張れなくなるからと、今になって何か弁明を?」


 きょとん、とミスティアが不思議そうに問いかければ、部屋に駆け込んできていたメイドが、控えていた執事が、気まずそうな顔をしている。


「本当に、俺は君を愛しているんだ! ただ、その、今は息子が一番かわいいというだけで」

「まぁ……そんなにもランディ様をお思いになっているのですね」

「当り前だ! 俺と君の息子だぞ!?」

「……はぁ……でも、それを口実に私の実家から結構な額を巻き上げているではありませんか。現在進行形で」


 それを指示しているのは、ミスティアの義母であるセレスティン。

 執事長も、メイド長も、そしてリカルドも、結婚してローレル家に来たのだから嫁として当然だ、と思い込んでいるのが何とも質が悪い。

 教え込んだのがセレスティンだとしても、搾取するだけ搾取しまくる関係性とは、果たして夫婦といえるのだろうか。


 義父であるゴードンはまだまだ現役の騎士団長として地方遠征に行っているから、この事実を正確には知らない。知れば真っ直ぐな性格なゴードンならば、怒り狂うのは目に見えている。

 だから、セレスティンは巧妙に隠し続けているのだ。


「あら、黙るだなんて図星?」

「そ、それは、母上が」

「このローレル家って、ろくでなししかいないのかしら」


 嫌だわもう、とため息を吐くミスティア。

 一体どうやって知ったのか、とリカルドが焦っていると、にこりと微笑んだミスティアは精霊眼を発動させる。

 普段は茶色の目だが、これを発動することでそれぞれの属性に見合った色へと変化する。

 ミスティアの場合、風属性との親和性がとても高いため、緑色へと変化した。


「何で知っているのか、っていうお顔ね。簡単よ、精霊たちが風にのった音で記録してくれていたから全部知ったの。私の身近にはね、とっても素敵なお友達が大勢いるんですから、当たり前に知れた、というわけよ」


 とても楽しそうに。

 とても嫌そうに。


 言葉の中に二種類の感情を織り交ぜて、ミスティアは続ける。


「さすがに音を集めて録音は出来ないけれど、精霊が嘘をつくとは思えないわ。疑われて、信頼を損なってしまった途端に、あの子たちは力が霧散してしまうのだもの。危ない橋は精霊も、人間も、渡りたくない。違う?」


 ミスティアがあれこれ話を聞けば聞くほど、ローレル家の非道な行いがあれよあれよと出てきたのだが、こんなにもやらかしてくれているだなんて知らなかったのだ。


 奪われたものは、きっちりと取り返さないと気が済まない。


 それに、ここまで好き勝手して良いだなんていう契約ではないはずだ。

 一方的に搾取されないような結婚契約書を、祖父が作成しているはず。無理矢理結んだ婚約関係だったからこそ、孫を面倒にさらしてしまったお詫びとして、あの祖父は祖母も親戚も何もかもを巻き込んで結婚契約書を作成した、とミスティアは父か聞いている。


 元凶は祖父。


 だが、祖父は見限られながらも持てる手段は尽くしてくれた、らしい。

 そこだけは感謝している。

 話をしている父母は鬼のような形相尾で怒り狂っていたのだが。


「さて、とりあえず言いたいことは言えましたし、私はいつものように、いつものお部屋でじっとしていますけれど、きっちり行動させていただきますので、悪しからず」


 それでは! と言い残してミスティアはさっさと部屋から出て行った。

 後に残された家族は、ただ呆然と彼女を見送ることしかできなかったのだった――。

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