第5話:お茶を噴きだした

「お待たせ、ウェルド」

「レ、レインシェルド様!?」


 ゾンビやスケルトンに囲まれて、ウェルドたちは青ざめた顔で待っていた。

 

「も、もうお帰りになられるんですよね? 帰っていいんですよね?」

「はいはい。交渉は成立したから、今日はこれで帰るよ」

「こ、交渉ですか? いったい何の交渉をしたんです!?」

「心配しなくてもいい。俺たちは彼らを討伐しない。その代わり、坑道を避難先として使うことに同意するって内容さ」


 扉からこちら側は使用しないということ。あと娘さんの病を治すため、ここ三百年の間に発見されたり品種改良された薬草を手配するって約束もした。

 

 まさか治療薬を研究し作るために、自分の肉体を捨てて不死の王になったなんて……。

 あんな若い娘さんがいるにしては、ずいぶんと老けて見える。

 死んだときの姿がそのまま不死の王としての姿になっているのだとしたら、ずいぶん長い間、研究をしていたのだろう。

 それでも薬を見つけることが出来ず、残された時間がないことから肉体を捨てる覚悟をしたってことか。


「とはいえ、そう簡単に不死の王になんてなれないんだけどな」

「え? 何か仰いましたかレインシェルド様」

「んー、なんでもない」

「しかし交渉と言ったって、信じられるのですか? そもそもレイスの言う事なんて――」

「あー、大丈夫。彼はレイスじゃなくってノーライフ・キングだからね。それでは、また後日伺います」

『うむ。茶を用意して待ってよう』


 お茶? 扉から向こうには行かないって言ってたけど、どうやって茶葉なんて入手するんだろう?

 お辞儀をして神殿から出ると、アンデッドたちからもお辞儀をされた。

 なんか奇妙な感覚だな。


「ノーライフキングウウゥゥゥゥゥゥッ!?」


 さっき俺が言った言葉をようやく理解したウェルドが叫ぶ。

 その声は坑道中に響き渡り、同行していた警護兵たちまで震え上がらせた。

 ウェルドの声に震えたのか、不死の王の名に震えたのかはわからない。

 両方、かな?






『ほぉほぉ。コルトベルン草は品種改良されたのか』

「えぇ。調べてみると、百年ほど前に改良されて、効能も少し変わったそうなんです」

『こっちは知らん薬草だわい』

「あー、これは別の大陸から運ばれてきたものなんです。二百年ほど前から、こちらの大陸でも栽培されるようになったんですよ」


 数日後、公爵家から持って来ていた薬草の一部を、不死の王の元へ届けに来た。

 シェバルで辛うじて手に入る薬草は、三百年前にも栽培されていたものなので除外。

 公爵家を出発する時に父が持たせてくれた薬草の数々も、三百年前からあった物とそうじゃないものとを調べるのに時間がかかってしまった。


 その間も領主をしてやるべきこともあったし、坑道内の整理も進めなきゃならない。

 

「もっと早くにお渡し出来ればよかったのですが」

『よいよい。生きておるお主には、時間が有限だからの。わしとて生きておった頃は、この地の領主であったのだ。その大変さはようくわかっておる』

「じゃあ、失踪した領主っていうのはやっぱりあなたなのですか?」

『う、うむ……娘のことしか頭になくてのぉ。わしがおらんくなって、補佐官のベッツには苦労させたんじゃなかろうか』

「そのベッツという方が、あなたの跡を継いでここの領主になられていますよ」

『そうか……そうか』


 何度も頷く不死の王は、どことなく安心したような、嬉しそうな表情を浮かべた。

 信頼していた人だったんだろう。


『カタカタカタカタ』

『おぉ、お茶か。レインよ、お主は休憩しておれ。わしは薬草の成分を調べるでな』

「あ、はい。ありがとう、スケルトン君」

『何を言うておる。そやつはメイド。女じゃ』

「あ……」


 お茶を運んでくれたスケルトンが、心なしか悲しそうに見える。

 ごめん。骨になってると男女の区別をつけるのも難しくって。骨盤の形が違うらしいんだけど、さすがにそこまでしっかり勉強はしていないし、なにより、死者とはいえ骨盤を凝視するのは失礼だしなぁ。

 まぁ……ゾンビの方も似たり寄ったりで、性別なんてわからないのが多いんだけど。


「い、いただきます」

『カタタカタカタ』

「ぶーーーーーーっ。ニガ!!」


 な、なんだこれ?

 渋茶のレベルを超えてるじゃないか。


『カタタッ。カタ、カタカタカタタ』

「あ、いや、ごめん。せっかく淹れてくれたのに吐き出してしまって」

『なんじゃ? あぁ、人に茶を飲ませるのは三百年ぶりじゃからの。気合を入れてだし過ぎたようじゃ』

「そ、そうなんですか。俺のためにわざわざ……ありがとうございます」


 気持ちは嬉しいけど、これはかなり出すぎだ。


「ところで、茶葉なんてどこで手に入れているのですか?」

『ん? 自家栽培じゃ』

「え……自家栽培!? あの、見せてもらってもいいですか、その……」

『うむ。メイリン、見せてやってくれ』

『カタ』


 このスケルトンのメイドは、メイリンさんと言うのか。

 彼女の案内で神殿の奥へと進むと、そこには坑道にあった扉と同じ物が。

 メイリンさんが扉を開け、その向こう側に明かりが見えた。

 自然な明かり――太陽光だ。


 出た先はすり鉢状の底の部分。周囲は高い壁に囲まれているが、確かに外だ。


『カタ』

「そうか。ここで薬草を栽培しているんだね」


 ガラスハウスが一棟。そこで薬草が栽培されていた。

 茶葉もそこで栽培されていたけど、これ……持ってきた薬草図鑑に載ってたのに似ている。

 確かにお茶として飲んでもいいけど、普通に苦いじゃつじゃん。


「こ、今度、美味しいお茶の苗木を持ってくるよ」

『カタッ。カタカタカタカタ』


 両手を頬に添え、それから頭を揺らす仕草……よ、喜んでくれているのかな?


「ここって、渓谷のある山の中ですよね? モンスターに襲われたりとかは?」

『カタタ』


 彼女はこくんと頷き、それから指さした。

 視線を向けると、ガラスハウスの周りの地面がぼこぼこと盛り上がり、別のスケルトンが姿を見せる。

 明らかにメイリンさんとは違うスケルトンだ。

 鎧を身にまとい、武器を手にしたスケルトン。


「彼らがここを守ってる?」

『カタカタタン』


 メイリンさんは頷き、それから一体のスケルトンの元へと向かった。

 そのスケルトンは手に花を一輪、持っている。その花をメイリンさんに差し出し、彼女は受け取った。


「なーるほど。恋人なんですね」

『カタッ』

『カタ、カタタタ』


 スケルトンが慌ててる。うぅん、こういうのも初々しいっていうのかなぁ。

 周りのスケルトンたちは、二人をからかっているようにも見える。


 死してなお彼らは、まるで生きているかのようだった。

 意思を持っているんだ、ここのアンデッドたちは。


 奇妙だけど、見ているこっちもほっこりする光景だな。


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次の更新は明日、12:04です。

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