第6話:診断をしてみた

「ガラスハウスで薬草を栽培なさっていたんですね」

『うむ、見たか。まぁこんななりじゃ。商人との取引もできぬし、わしらはここから離れられぬからの』


 アンデッドである限り、自由に動き回ることはできない。

 不死の王は娘さんの病を治すことが目的で現世に留まっている。その不死の王に召喚されたアンデッドたちは、彼から離れることはできない。離れれば魂が骸に定着できず、朽ちてしまうだろうからな。

 全ては彼女のため――


 水晶で眠る、この……


『こらあぁっ! 勝手に娘に触れるでないわっ』

「触れるって言ったって、水晶越しじゃないで……あれ?」

『水晶越しでもいかんものはいかん!!』


 水晶越しに伝わるこの感じ……胸焼けがするような、とても嫌な、禍々しい気。

 これは。


『娘に触れるでないっ』

「待ってください。これ……病気じゃないかも」

『は? 何を言っておるのだ。嫁入り前の可愛い娘に触れおってっ』


 直接じゃないんだから、いいじゃないか。


「不死の王。あなたの娘さんの肉体を蝕んでいるのは、病気ではなく――呪いです」

『は? の、呪いじゃと?』

「確証はありませんが、たぶん。亡くなった俺の母は司祭でした。ですから俺も神聖魔法が使えます」

『それはわかっておる。お主が使用人たちを浄化するといったあの言葉、ハッタリではないことはわかっておったからの』

「少し離れてください。神聖魔法を使うので、触れると危険ですよ。あなたはまぁ、大丈夫でしょうけど」


 そう言うと、近くにいたスケルトンやゾンビたちが慌てて部屋から出て行き、扉から顔だけ出して覗き込んでいる。

 不死の王が少し離れたのを確認してから、神への祈りの言葉を捧げた。


「女神よ、この少女を蝕むものの正体を、我らに示したまえ」


 光が水晶を包むと、どす黒い霧のようなものが発生した。

 霧は光を打ち消すように広がり、俺が発した光を飲み込んでしまった。

 この呪いの術者は、俺より強い……。


『なんたる……なんたることか……これは……邪神ヒステリミアの呪い』

「邪神!? あぁ、どおりで俺の神聖魔法が打ち消されたわけだ」


 神聖魔法を習ったのはほんの数年だけとはいえ、魔力だけは高いからごり押しで今までどうにでもなった。

 ほんの数秒しか光は持ちこたえられなかった。

 理由は簡単だ。

 俺より遥かに高い魔力の持ち主が、呪いの術者だってこと。

 それが神だというなら、納得だな。


『わしは……わしのこの三百年は、まったくの無駄だったのか』

『カタ、カタタ』

『ア゙ア゙ァ゙』


 不死の王を慰めるように、アンデッドたちが集まる。


 邪神の呪い、か……。


「無駄にはさせません」

『ん、何をだ?』

「ですから、あなたの三百年を無駄にはさせません」

『まさか……お主が……お主が邪神の呪いを』


 俺はゆっくり頷いた。


「ですが今は無理です。時間をください。もっともっと修行して、魔力を高めます」

『やってくれるのか!?』

「ご協力、いただけますか? あなたは生前、きっと立派な魔術師――いや、賢者だったのでしょう? その力をお貸しください。俺が成長できるように」

『おぉおぉ、いくらでも力を貸そう。娘ラフィニアのためならばのぉなんだってする。わしの全てを、あ、いや、娘以外の全てをお主にくれてやってもいいっ』


 彼女、ラフィニアっていうのか。名前も綺麗だ。

 

 今の俺の力では、邪神の呪いを解くことなんてできない。

 幸いここは慈しみの女神フィーリンメイの神殿だ。女神の加護がある。

 だからこそ、ラフィニアの呪いが不死の王の封印術だけで抑え込めているのだろう。

 ここじゃなければ、封印術をあっさり壊して呪い死にしているところだ。


「十年、長くても十五年でなんとかしてみせる」

『十五年……となると、お主はいくつになる?』

「年齢ですか? えっと、今十七なので三十二ですね」


 そう答えると、不死の王がわなわなと震えだした。


『そのぐらいの歳の差であれば、娘と結婚できると思ったか!? ならん、ならんぞ!! 三十年じゃっ。三十年かけて修行せい!!』


 ……何を言っているんだ、この親バカ幽霊は。


 それからというもの、日中は領主として農地の改善、坑道の整備、モンスターを狩って食肉の確保を行い、夕方からは不死の王の元で修行をするようになった。


「レインシェルド様、お体は大丈夫ですか? 生気を吸われたりしていらっしゃいませんか?」

「心配しなくても大丈夫だよウェルド」

「ですが……。本当に不死の王の娘さんは、生きていらっしゃるのです? もう三百年も前なのでしょう?」

「うん、それは大丈夫。弱々しいけれど、ちゃんと生命力を感じてるからさ」


 肉体の時間を止めるなんて、凄い魔法を使うもんだ。

 それに、本来アンデッドは、神の加護が満ちている場所になんていられないはず。成仏してしまうからな。

 それなのに意識をしっかり保って、成仏していないんだ。そうとうな魔力の持ち主だろう。

 しかも下位のアンデッドたちが成仏しないよう、魔力を覆っているんだ。

 大賢者――の域すら出ていそうだ。


 たぶん彼の魔力なら、邪神の呪いを解けたかもしれない。

 ただ悲しいかな。呪いを解くためには神聖魔法じゃないとできない。

 不死の王となった彼は、決して神聖魔法を使えないだろう。

 彼の力では、もう救えないということだ。


 でも彼の三百年を無駄にはしない。この三百年は、俺と出会うための三百年だったんだと思えばいい。


「さて、明日は少し北に行って、キラーシェルを探そう」

「肉ですか? 今朝倒したバーサークラビットの肉もありますし、一週間は必要ないのでは?」

「いやいや、シェルの中身はコッ子、コ太郎、コ二郎の餌にするのさ。あと、欲しいのは殻の方だからね」


 直系二メートルにもなる、巨大な人食い貝。

 その貝を熱して粉にすれば、貝石灰になる。これも土壌改良に欠かせないものだ。


 目標、二十個!

 根絶やしにすると次がいなくなるから、卵を持った奴は倒さないようにしないとな。


「さて、そろそろお昼ご飯に――」


 言ったことろで鐘の音が響いた。

 この鳴らし方は……まさか北からモンスターが!?

 




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次は20:04に更新いたします。

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