第4話:挨拶をしてみた

「おはようございまーす」


 時刻的にまだおはようございますで合ってるはず。

 遺跡があるっていう開けた空間まで来たけど、アンデッドの数は更に増えた。

 向かい側の壁には人工的に掘られた、まるで神殿のような建造物が見える。


「挨拶すればいいってもんじゃないでしょレインシェルド様!」

「相手と仲良くなるために、挨拶は基本中の基本! ごめんくださーい。お邪魔しますよぉ」

「話聞いてぇーっ」


 開けた空間に一歩足を踏み入れた瞬間、さっきまで俺たちの存在なんて気にもしていなかったアンデッドが一斉に振り向いた。

 いや、こっち見んな。

 

『ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙』

「何言ってるかわからないからさ、お前たちのご主人連れて来てよ」

『ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ』

「出て来てくれないのなら、浄化しますよー」


 言ってから神への祈りの言葉を口にした。


『待てまてまてまて。それは困るのぉ』


 たぶん出て来てくれるんじゃないかと思ったけど、こんなにあっさり出て来てくれるとは思いもしなかった。


 坑道を通る分には襲ってこないアンデッドたち。

 遺跡のある広場に足を踏み入れても、襲ってはくるものの命を奪うほどでもなく、ただ扉の外側に押し出すだけ。

 それを誰かが指示しているのだとしたら、その人はきっと優しい人だ。 


 だから話が通じる。

 俺はそう信じている。


 さて、どんな人か――な――ぇ。


『いったい何の用件だわい。ひと様の領域に土足で足を踏み入れ、しかも使用人を勝手に成仏させるじゃと!』


 地面からにゅるっと出てきたのはレイス――つまり幽霊。

 レイスはアンデッドの中でも、ゾンビやスケルトンより上位のモンスターだ。

 だけど下位のモンスターを使役できるはずがない。


 それに周りにはレイスだって何体か見える。

 でも明らかにあのレイスに対し、他のレイスは恭しい態度をとっている。


 半透明の幽霊タイプで、他のアンデッドを従える上位のレイス……。

 俺がこの世界で得た知識だと、思い当たるのは一つしかない。


 不死の王……ノーライフ・キング。

 いや、まさかねぇ。


「すみません、勝手に入り込んで。ただ折り入ってお話がありまして」

『……死者に話かの。普通は問答無用で斬りかかってくるものだがな。ふむ、なかなかも白い小僧じゃのぉ』

「まぁこの世界・・・・の常識に囚われない生き方をしていますんで」

『そうか。では話を聞こう。わしは忙しい身なんでの、さっさと話せ』

「では――」






『坑道を避難場所にか。それでわざわざわしに許可を?』

「あの扉から向こう側にアンデッドは行かないようですが、それの確認も必要ですし」

『うむ、行かぬ。わしらの目的は外にはないからの』

「目的、ですか?」


 もし北のモンスターが群れを成して南下してきた場合。

 もちろん、警護兵と俺個人の私兵騎士たちが対処に当たる。

 だが万が一のことを考えると、避難場所が必要だ。

 その避難場所として坑道を使わせて欲しい。そうレイスの彼に伝えた。


 そういえば彼、どうしてここにいるんだろう。

 ここはいったい、何の遺跡だ?


『ついて来るがよい。ただし、小僧のみじゃ』

「あ、はい」

「はいって、ちょっとレインシェルド様っ」

「ははは。大丈夫。万が一の時には、浄化するから」

『爽やかな顔して恐ろしいの小僧! まぁそう簡単に成仏させられんさ。わしには目的がある。命よりも大事なな』


 命って、もう死んでるじゃん。

 レイスは壁の奥にあった通路へと向かった。神殿のような建造物だと思ったけど、ここはまさに神殿だ。

 壁を掘って作られた、地下神殿だ。


『ここは七百年前まで――いや、わしが死んでからの時間を計算に入れてなかったな。約千年前、北から漏れ出た瘴気を退けるために建てられた神殿だの』

「千年前……じゃあ、ここって慈しみの女神様の神殿なんですか?」

『そうじゃ』


 へぇ……え?


「め、女神の神殿に……アンデッド!?」

『かーっかっかっか。驚いたか。しかしここが一番都合がいいのだ。保存のためにはな』


 保存? いったい何を。

 その答えは、案内された神殿の一室にあった。


 巨大な水晶。

 その中には少女が眠っていた。


「綺麗……だ」

『ぬわぁーにぃー!? やらんぞっ。娘は絶対やらんっ!!』

「え? 娘、さん……」


 ……似てない。


『わしに似て超かわいい娘じゃ。わしの目の黒いうちはどこにも嫁に出さんぞっ』


 それはあなたもかわいいだろうってこと?

 いやいやいやいやいやいや。

 そもそもあなた、もう目も黒くないでしょう。死んでるんだし。


『娘は十六歳の誕生日を迎えた時、突然病に倒れた。原因不明の高熱に、吐血。そして肉体の壊死』

「え……」


 水晶の中の少女を改めてみると、手足の指先が変色しているのがわかる。

 もしかして神殿を包む神聖な力が、壊死の進行を防いでいるのだろうか。

 いや、それよりも驚くべきは――。


「娘さん……生きているのですね」


 そう。わずかだけど生命力を感じる。

 水晶に封じることで、彼女の肉体の時間を止めているのか。


『かかかかか。ようわかったの。そう。娘は生きておる。辛うじてな。わしはここで、娘の病を治療するための、薬の研究をしておるのだ』

「それが、あなたの目的……」


 薬の研究は成果を得なかった。それが未練となって、レイスとなった今でもここで――。

 でも彼は彷徨ってはいない。むしろこの部屋には現在進行形で何かの研究をしている形跡がある。

 

「あの……あなたは、レイス……なのですか?」

『わしか?』


 体は正面を向いたまま、首だけがこちらを振り返る。

 ごくり、と生唾を飲む。


『わしはレイスではない。わしは――不死の王。ノーライフ・キングじゃ』



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あけましておめでとうございます。

次の更新は20:04です

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