第2話:鶏を捕まえた

土の精霊ノームの力を借りれば、少しは作物の発育もよくなるけど……」

「ですが痩せた土地が肥えるわけではないですからね。精霊魔法で無理やり成長させたって、二年もすれば効果がなくなりますよ」


 ウェルドの言う通りだ。

 辺境領シェバルには町が一つあるだけで、他に村や集落は一切ない。

 その原因の一つが、まともに育たない作物にある。

 作物の収穫量が少ないのに、領民を増やすわけにはいかないってことだ。


 シェバルに到着してすぐ、農地の視察にやって来た。

 農夫に話を聞くと、


「種を百粒蒔いても、芽を出すのは四十。収穫出来るまで育つのは、更にそこから二十ほどです」


 だそうだ。

 五分の一。なかなか厳しいな。

 そのうえここでは、公爵家の菜園、もしくはスーパー・・・・で見るようなサイズの野菜には育たない。

 

「まず始めにやるべきは、土壌改良かな」

「開拓を進めようにも、食料不足ではこれ以上人手を増やすことが出来ませんしね」

「あぁ。それに護衛にあたる兵士たちだって、お腹が減っていてはまともに戦えないだろう」


 腹が減っては戦はできぬ、だ。


「ひとまず、今栽培中の野菜はノームの力を借りて成長させよう。――さぁ、ノームたち」


 俺と契約している土の精霊ノームたちが、わらわらと地面から出てくる。

 二頭身の丸いフォルムをしたゴーレム、のようなこれがノームだ。


「一回分でいい。しっかり育ててやってくれ」

「ンムー」


 ピっと敬礼すると、ノームたちが成長途中の野菜の前に立つ。

 指のない丸い団子のような手をかざし、精霊力を注ぐ。

 大地の生命力を、そのまま野菜に注入しているんだ。これで野菜はしっかり、そして少し早めに育つ。

 ただこれは地中にある大地の生命力をかき集めて使う魔法だ。何度も連続で使えば、あっという間に土は干からびてしまう。

 一旦全部収穫してから、土壌改良をしていかないといけない。

 そのためにも。


「近辺に生息するモンスターの情報が知りたい」

「では、館に行きますか」

「そうだな。町の警護兵長を呼んで、そのあたりの話を聞いてみよう」


 土壌改良をするために必要な材料を集めなきゃならないからね。


「はぁ……やっと一息つける」

「何言ってるんだ、ウェルド。日が暮れるまでに持参した小麦を領民に配ってしまわなければならないんだ。休んでもらっちゃ困るよ」

「うげっ。あ、明日でいいじゃないですかレインシェルド様!? シェバルに到着したのに、まだ領主の館にすら入ってないんですよ!」

「今から入るんだからいいじゃないか。さ、仕事仕事。なぁに、この程度じゃ過労死なんかしないから大丈夫だって」


 一日の勤務時間十四時間。もちろん休日出勤有りで、毎月平均して残業は百五十時間。サービス残業は百十時間余り。

 これを十年続けて過労死した俺が言うんだから、説得力あるだろ?


「レインシェルド様!? 到着早々、どちらに行かれていたのですかっ」

「あぁ、ちょうどよかったブレイブン卿。警護兵長を呼んでもらえますか? あと、荷車で運んできた小麦を領民に配るので手配もお願いできれば」

「え? あ、あの十台の荷車の中身は、小麦だった、のですか?」

「そう。必要だろうと思ったからね。さ、時間は有限だ。夜までにやるべきことをやろう」


 今日のノルマは、一、荷車十台分の小麦を領民全員に配る。二、近隣に生息するモンスターの中で、土壌改良に使えそうなやつを調べる。

 うん。たった二つだ。余裕余裕。






「ぜはぁ、ぜはぁ……こ、小麦……分配……終わり、ました」

「ご苦労さん、ウェルド。やれば出来るじゃないか」

「鬼ですかあなた。それで、そちらはどうなんです?」

「あぁ、使えそうなモンスターを見つけたよ。明日、さっそく捕まえに行こう」

「……ファーレン領からここまで、二十日も掛かったんですよ。しかも道中、二十回も盗賊団の襲撃を受けたわけですし。少しはお体を休ませたらどうなんですか?」


 うぅん。襲撃と言ってもなぁ。

 二十回のうち十二回は真昼間だったから、特に睡眠を邪魔されたわけでもないし。

 夜襲だって魔法一発で全員ぶっ飛ばしたから、やっぱり睡眠の邪魔にはなってなかったし。

 満員電車に揺られて出勤してた十年間に比べたら、ゆったり寛げる馬車での移動なんてホテルのベッドで寝ているようなもんだ。


「明日、行くぞ」

「やっぱり鬼ですね、あなた」

「ま、心配しなくてもすぐに済むさ」


 翌日、数人の警護兵を連れてシェバルの西にある渓谷にやって来た。

 で、捕まえた。


「三羽かぁ。もう少し欲しかったなぁ」

「あの……レインシェルド様……コカトリスなんて、どうするんですか?」

「ん? 土壌改良のために必要な、肥料を量産してもらうんだよ」

「ひ、肥料?」


 け・い・ふ・ん。

 尾っぽの蛇をちょん切ってしまえば、こいつはただのデカい鶏だ。

 あ、こいつの鳴き声には昏睡効果があるから、常に静寂の魔法を纏わせていないといけないけどな。

 あと尾っぽの蛇も、十日ぐらいでまた生えてくるからその都度ちょん切る必要がある。

 その二つにさえ注意すれば問題ない。

 なんたってこいつはデカい。

 その分、デカい糞を出してくれる。


 さっそく連れて帰って、鶏小屋を建てようっと。

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