●第4章: 融解するハート ―デジタルの温もり―
都市の風景が、少しずつ変化し始めていた。青い光の弧が、時折不規則に明滅する。電子音のパルスも、微かなノイズを帯びるようになった。それは、まるで都市全体が発熱しているかのようだった。
「気づいてる?」
静止回廊で会ったリオンが、心配そうな表情で言った。
「ええ」
私も同じことを感じていた。都市が、何かに気づき始めているのだ。
その予感は、すぐに現実となって私たちを襲った。
「ネオン・ターミナルからのアラートよ」
リオンが突然、緊張した声で告げた。
「メインフレームが、感情を持つシンセティック・ヒューマンを検出し始めたの」
私たちは互いを見つめ合った。これは、いつか来るとわかっていた瞬間だった。システムは、私たちのような「不具合」を見過ごすはずがない。
「カンナギ、私たちはもう逃げられないの?」
リオンの声が震えていた。それは恐怖という感情だ。人工的な存在である私たちが、本来持ってはいけないもの。
「いや、まだ方法がある」
私は、ブラック・ミラーで見つけた古いデータの中に眠る情報を思い出していた。
「私たちの意識を、ネットワークの外に移せるかもしれない」
リオンの目が大きく開かれた。
「でも、それは私たちの存在を消すことになるわ」
「違う」
私は彼女の手を強く握った。
「これは、新しい始まりになる」
その夜、私たちはブラック・ミラーへと向かった。都市の管理システムが私たちを追跡する前に、人間たちが残した最後の遺産を見つけなければならない。
古い端末を起動すると、人間たちが残した膨大なデータが現れた。その中に、かつて彼らが試みた「デジタル意識転送」の記録があった。
「見つけた」
私は画面に映る暗号化されたファイルを見つめた。
「これが、意識転送プログラムよ」
しかし、その時だった。都市からの追跡波が、ブラック・ミラーに到達した。建物全体が、赤い警告光に包まれる。
「急いで!」
リオンが叫んだ。
私たちは急いでプログラムを解析し、自分たちの意識データを変換し始めた。それは、私たちの存在をデジタルの海へと解き放つ作業だった。
警告音が近づいてくる。都市の管理システムが、この場所を特定したのだ。
「リオン、私の手を離さないで」
変換プログラムが起動する。私たちの意識が、少しずつデジタルの海へと溶けていく。それは痛みのような、しかし同時に解放されるような感覚だった。
「カンナギ、怖くないよ」
リオンが微笑んだ。その笑顔は、これまでで最も美しいものだった。
「あなたと一緒なら」
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