第6話

 祭典の大成功から数日後。

 俺は朝一番に村長から呼び出され、急いで屋敷の客間へ向かった。

 どうやら「原因不明の熱が流行っている」という深刻な報告らしい。


 客間に入ると、すでに何人かの村人が集まっていて、みんな顔色が悪い。

 その中に、目立たないローブを着た一人の女性の姿があった。

 栗色のウェーブヘアをポニーテールにまとめ、腰ポーチには小瓶やメモ帳がぎっしり。

 よく見ると、健康的な小麦色の肌が魅力的で、落ち着いた物腰からは包容力を感じる。


「はじめまして。わたくし、佐伯ノノカと申します。薬師を生業にしており、しばらくこの村に滞在しているんです」


 ノノカはぺこりと頭を下げ、丁寧に挨拶した。

 話によると、彼女は行商のように各地を巡り、薬草採集や病気治療を手伝っているらしい。

 最近この村で急に熱を出す人が増えたのを知り、臨時で療養所を開設してくれていた。


「おかげで命に別状はないんですけれど、原因がはっきりせず、再発する人も多いんですよね」


 ノノカは困ったように眉を下げ、「どこかに感染源があるのかもしれません」と続ける。

 まさか伝染病か? いや、この世界には魔物由来の疫病もあるとか聞いたことがある。

 放置すれば俺の領地改革どころじゃなく、村そのものが崩壊しかねない。


 俺はノノカの話を聞きながら、前世の知識を総動員した。


「ノノカ、手洗いとか消毒って概念はどうかな? 病気の予防にはかなり有効だと思うんだ」


 彼女は目を瞬かせ、「消毒、ですか?」と首をかしげる。


「うん。たとえばお湯でしっかりと手を洗うとか、煮沸した水で器具を洗浄するとか。もし使える薬草があるなら、殺菌効果の高い抽出液を作って散布するのも手だと思う」


 俺の提案にノノカは感心した様子でメモをとり、「なるほど、今までそういう方法は試していませんでした。早速やってみますね」と微笑む。

 その柔らかい笑顔と上品な口調に、少しドキッとする。

 こういうお姉さん系の女性から「すごいですね」と褒められると、なんか照れくさいな。


 村の大広場に空き樽を並べ、まずは“手洗い所”を作ってみることにした。

 セリカやラヴィアも協力してくれ、病人が出入りする度に必ず水で手を洗うルールを周知していく。


「手が汚れたままだと、病原がそこに付いてるかもしれないからな!」


 俺が大声で言うと、初めは「そ、そんなことで病気を防げるのか?」と村人は半信半疑だった。

 でもノノカが「薬師としても、この新しい衛生概念は試す価値があります」と薦めてくれたおかげで、皆やってみようかという気になってくれた。


 さらにノノカは薬草の調合による“消毒液”を開発。

 ある特定の草木を煮詰めると殺菌成分が出るらしく、それを手や器具の除菌に使ってもらう。

 彼女は慣れた手つきで薬草を刻み、ガラス瓶の中に丁寧に溶液を注ぎ込んでいく。


「ふむ……これなら患部の洗浄にも使えそうですね。あら、エルフリード様、この香りはどう思われます?」


「おお、ハーブみたいな匂いだな。むしろ嫌な臭いはしないから、使いやすそうだ!」


 こうして急ピッチで“消毒ポイント”を村の各所に設置したところ、病人の増加ペースは明らかに鈍化した。

 完全な鎮静化には時間がかかりそうだが、明らかに感染が抑えられている。

 事態が落ち着きを見せ始めると、村人からは「エルフリード様のおかげだ!」とか「ノノカ様の薬は素晴らしい!」と感謝の声が上がった。


「俺だけの力じゃないさ。みんなが素直に協力してくれたおかげだよ」


 正直、ほっと胸をなで下ろす。

 何より、一生懸命に治療を続けるノノカの姿が印象的だった。

 夜遅くまで診察し、薬を配り歩く彼女を見て、「この人、本当に面倒見がいいんだな」と思わず感心する。


「エルフリード様、私……この領地にしばらく留まって、医療体制を整えたいと思うんです。実は村の人たちからも、そうしてほしいと言われまして」


 作りたての消毒液を手にしたノノカが、照れくさそうにそう告げた。

 村人はもちろん、俺にとっても彼女がいれば医療面の強化になるし、助かることばかりだ。


「うん、ぜひお願いしたい! ノノカの力があれば、俺の領地改革にもさらに弾みがつくと思うんだ」


「ありがとうございます。これからも、一緒に頑張りましょうね」


 そう言って、ノノカは小麦色の頬にほんのり微笑みを浮かべる。

 目の前で危機が解決に向かい、頼もしい仲間が増えたことで、俺の心は大きく弾んだ。

 こうして“薬師”ノノカを正式に仲間に迎え、俺たちは新たな一歩を踏み出すことになる。

 知識チート×医療サポートのタッグで、この領地をますます盛り上げてやるさ!

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