第2話

 帝国騎士団長イグナートに散々バカにされたけれど、「やってやる!」と啖呵を切った以上、後には引けない。

 借金返済の期限はあまりにも短いらしいが、ここで諦めたら領地を失うことになる。

 そんなの絶対に勘弁だ。


 村長や使用人たちに状況を説明すると、皆一様に暗い顔をした。

 そりゃそうだよな。前領主の負債は膨大で、現状の農作物じゃ焼け石に水。

 でも俺は前世からの経験……といっても、専門的な職業ではなかったが、それなりの知恵はあるつもりだ。


「みんな、ちょっと待ってろ。俺がなんとかするから」


 大きく宣言してから、真っ先に取り掛かったのが水路の改修計画だ。

 いわゆる用水路を整備し、田畑まで潤沢に水を届ける仕組みを作りたい。

 この世界にも土木技術はあるにはあるが、それが行き届いていないのが現状らしい。


「村長、この辺りの地形図とか資料ってある?」


 聞いてみると、埃まみれの古文書が倉庫にしまわれていた。

 地形をざっくり把握できそうだったので、俺はそこから着想を得て、前世で学んだ理屈を照らし合わせる。


 ――なるほど、水源は山の向こう側にある渓谷か。

 そこから少しずつ勾配を利用して畑へ流せば、立派な農地になりそうだな。


「よし、簡易ダムを作って水量を調整、あとは畑まで繋ぐ導管を設置する感じだ。工数はかかるけど、このまま放っておいたら一生作物が育たないし、思い切ってやっちまおう!」


 思い切りよく提案する俺に、村長は目を丸くする。

 でも「本当にそんな大工事が可能だろうか……」と半信半疑のまま、他の村人たちも動員し始めてくれた。


「俺はエルフリード・ハヤカワ。マジでこの国の常識、ぶっ壊す気でいるからさ!」


 大口叩きながら測量したり、材料を調達したりしているうちに、日が暮れてしまう。

 今日は一旦休もうと屋敷に戻ると、玄関先でふわふわした白髪の少女が待っていた。

 可愛い系の顔立ちで、踊り子っぽい軽やかな服装。


「あなたがエルフリード様だよね? 私、白鳥ラヴィアっていう踊り子だよぉ」


 無邪気な笑顔で話しかけられ、俺はちょっとドキリとする。

 こんな辺境に踊り子なんて珍しいな……と思ったら、どうやら旅の途中でここに立ち寄ったらしい。


「うちの領地、今日から大改革やるから、ひょっとしたら見物するには面白いかもしれないぞ」


 冗談半分で言ったけど、ラヴィアは目をキラキラさせて「すごーい!」と大歓声。

 いや、まだ何も成果を出してないんだけど……彼女はやたら楽しそうだ。


「私、もっと元気に踊って、お祭りとかあったら盛り上げたいなぁ。もしエルフリード様の役に立てるなら、頑張るもん!」


 語尾の「~だもん」を耳にすると、なんだか不思議な可愛らしさがある。

 ちょっと疲れた俺の心に、キュンとした癒しが降ってわいた感じだ。


「そ、そっか。じゃあ俺がへこたれそうな時は応援頼むわ」


 軽くそう返すと、ラヴィアは「任せてだよぉ!」とニコニコ。

 ああ、なんかこの子が近くにいると、確かに元気が出そうだ。


 それにしても、工事費用や労力を考えると、借金の返済を同時に進めるのはハードモードだ。

 でも、動き始めなきゃ何も変わらない。

 まずは大地を開墾して改良する――その先に、借金返済のヒントもきっと見えてくるだろう。


 そう思いながら、俺はラヴィアの笑顔に少しだけ救われた気がした。

 まるで恋の予感ってやつか? いや、こんな状況じゃそれどころじゃねえ!

 でも、胸が高鳴ったのは事実だ。

 そんな胸中のソワソワを誤魔化すように、俺は水路の設計図を頭の中で思い描きながら、翌日も早朝から作業を始める決意を固めた。

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