第2話

 研究所を出て石畳の道を歩き始めた俺たちは、街へ向かう途中で緑豊かな道を通ることにした。のどかな風景にファンタジー感が漂っていて、さっきまでの混乱が嘘みたいだ。


 だけど、そんな平和な空気は長く続かなかった。背後の茂みから低くうなるような声が聞こえる。


「ねえ、今の……狼の鳴き声っぽいけど」


「うん……でも、ちょっと嫌な予感がする」


 レイナが小声で身を寄せてくる。すると、ガサッという音とともに赤い毛並みを持つ巨大な狼――ブラッドウルフが姿を現した。体長は優に2メートルを超えている。


「デカッ……マジか、向こうから“おやつ発見”って感じの目で見てんじゃん!」


 俺たちは咄嗟に身を引くが、狼は問答無用で牙をむいて飛びかかってきた。


「うわ、ちょっ……待て、そんなの、いきなり来んな!」


 慌ててかわそうとするが、攻撃のスピードが速い。ブラッドウルフの鋭い爪が俺の腕をかすめた瞬間、激しい痛みが走る。


「痛っ……」


「大丈夫? ちょっと腕を見せて……!」


 レイナが駆け寄り、手をかざす。すると彼女の指先からほんのりと淡い光がこぼれて、俺の傷口を覆っていく。


「な、なんだ、これ……魔法?」


「う、うん、ヒール魔法って言われたよ。まだ上手く制御できないんだけど……!」


 見る間に傷がふさがっていく。すげぇ! 魔法が本当に使える世界なんだな、と感動していたら、ブラッドウルフはなおも襲いかかってきた。


「おいおい、回復もらったところで、こっちには攻撃手段なんてないっつーの!」


 頭が真っ白になりそうになる中、俺はとっさに手を前に突き出した。すると、なぜか左手が熱く光り始める。


「へ? な、なんだ……?」


 一瞬、俺の手とブラッドウルフの牙が重なったように見えた。すると、牙の部分が砂のようにボロッと崩れ落ちていくではないか!


「……は? これ、どうなってんだ……」


「牙が……崩れた? いや、消えた……?」


 レイナも目を丸くしている。ブラッドウルフは牙を失ったショックか、痛みに耐えきれないように後ずさりしている。


 もちろんまだ完全には無力化していない。けれど敵も相当動揺しているらしく、威嚇のうなり声だけが聞こえる。


「このまま、追撃しないと危ないかな……でも、攻撃手段ってどうすればいいんだ……!」


 そう思った矢先、再び俺の左手が淡い光を発する。さっきと同じ力を使えってことか? 恐る恐るもう一度ブラッドウルフに触れるように手を伸ばす。

 すると、狼の身体からまるで赤い霧が吸い込まれるようにして、俺の左手へ集まってきた。


「うわあ、なんか気味悪ぃ……けど、何かが分解されてる感じ?」


 俺自身も意味がわからない。ただ、本能的に“この力を使えばどうにかできる”って気がするんだ。


「ちょっとだけイメージしてみるか……分解したものを、何か別の形にして……っと!」


 次の瞬間、俺の手から紙吹雪みたいな砂粒が飛び出し、ブラッドウルフの周囲を取り囲むように舞う。その砂粒が狼の動きを封じるように地面へ固着してしまった。


「え、まさかこれ、俺がやったのか? 牙を砂にして、それを再利用したのか……?」


「す、すごいよ……! かなり不思議な魔法……」


 勝手がまったくわからない俺たちだったが、幸いその強引な攻撃(?)のおかげでブラッドウルフは動きにくくなった。


 最後はレイナのヒールで俺の軽い傷をケアしながら、時間をかけてなんとか狼を退散させることに成功。相手も完全に戦意を失ったのか、逃げ去っていった。


「はぁ……なんとか助かったけど、今の俺の左手の光、なんだったんだろ。分解? 再構築?」


「こっちもよくわからないけど、あまりにも特殊すぎるよ。研究所の召喚実験と関係あるかも……」


 レイナがうなずきながら、俺の左手をじっと見つめる。俺もポンポンと手を動かしてみるが、さっきの光は出ない。


「ま、チートなのかどうか知らないが、助かったのは事実。とりあえず街まで行こう。そこでもう少し情報を集めたい」


「うん。怪我がひどくならないうちに、ささっと行こうか」


 そうして俺たちは再び歩き出す。異世界での初バトルはまさにドタバタで、俺自身も何が起きたか理解できない。


 でも、この力があるなら、俺たちに残された選択肢もきっと増えるんじゃないか――そんな期待と不安を胸に抱きながら、街道を急いだ。

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