35話 料理も出来るプロ騎士


「(お姉さま)」

「(どうした魔女よ)」


 おっとりお兄さんに聖流祭の話を聞きつつ、そのたえなる名をいつ伺おうかとソワソワしていると、ヤナが声を潜めて私に呼び掛けた。


「(お買い物もいいのですが、そろそろログアウトしたいですわ)」

「(……ほう?)」


 これはもしや……。


「(……まさかお主、嫉妬か?)」

「(いえ。全然まったく一切違います)」


 そこまで否定されるのも何だかな。


「? どうされました?」

「い、いや……」

「そろそろ眠気が限界でして、おいとましようかと。よろしければ貴方のお名前をうかがっても?」

「!?」


 この女……いや、この男。

 油断させておいて自分がおっとりお兄さんを攻略するつもりじゃないだろうな!?


「ええ、もちろん。カリューと申します」

「!? なっ、なんて素敵な──」

「ありがとうございますわ。わたくしは柳丸。こちらはシルヴァンと申します」

「これはご丁寧に。ぜひ、またお越しくださいね」

「!? まっ、ま」

「では、失礼いたしますわ」


 私の言葉を全て遮るようにして会話を早々に打ち切るヤナ。

 これが嫉妬からくるものでないとしたら……、本気でカリューさんを攻略するつもりに違いない。なんて恐ろしい男だ。


 半ばヤナに引きずられるようにして店を後にする。

 後ろ髪を引かれる思いとはこのことかと、背中側に多くの未練を残して去ることとなった。


「……」

「文句を言うならお姉さま自身にですわよ?」

「……ほう?」


 店を後にし、会話なく大通りに戻る。

 空はすっかり暗闇に染まろうとしているところであった。

 マスター・イケハン・ソウルを少しだけ解放し、無言の圧力というものをヤナに放っていると不意に言われる。


「だって、金曜日はお姉さまが夕飯作るって……ご自分でおっしゃったじゃないですか。明日は午前中に金土日分の買い出しが待っていますわよ」

「……」


 金曜日の夕飯……。


「魔女よ」

「はい」

「リアルは今何時だ?」

「23時ですわ」

「!」


 なん……だと……!


「それは非常にまずいな」

「ええ、まずいからお話を早々に切り上げましたの」


 なぜならば、サービス開始時刻である本日木曜日の19時。

 そこから一度休憩を挟み、明日の金曜日は有休をとったためやろうと思えば夜更かし連続プレイも可能だ。


 だが、明日金曜日は今週末分の買い出しも済ませると事前に決めていた。

 土日に外出をせずに済むようにである。

 金土日の三日分の献立を粗方決めて、その内容に沿った買い物をせねばならない。


 ゲーム時間を確保するために、早起きをして午前中に行こうと事前にヤナと示し合わせていたのである。

 もし先ほどヤナが止めずにもっと時間が過ぎていたとしたら……。

 夜更かしの分だけ起床時間がズレ込み、結果的に明日のゲームプレイ時間が少なくなっていた。


 ふぅ、危ない危ない。

 イケハン全一にしてプロ騎士の私は、ついイケメン攻略に熱中してしまっていた。


 この時ばかりはヤナに感謝だ。

 危うくマスター・イケハン・ソウルの圧で倒してしまうところであった。


 オンラインゲームのホットタイム混む時間は、日本では大体21時前後。

 しかし、サービス開始直後や土日などはその限りではない。

 何時にログインしようとも特に問題は無いのだが、しかしここで昼夜逆転してしまうと来週火曜日の朝苦しむことになる。


 現実から目を背け、未来の自分に丸投げすることが大得意である私は、こうしたヤナのファインプレーに度々助けられている。


「うむ。礼を言うぞ、魔女よ」

「いえいえ」

「それはそれとして、カリューさんの好感度返せ」

「受け渡しできるものなのでしょうか……」


 ひとまず明日の買い物に向けて今日はログアウトすることに。

 ログアウト用の画面を開いて《はい》を選択してサービス初日のイケハン活動を終了した。


 オルドフォンスさんを筆頭に、スタイル良し男さん。

 神殿騎士アドライアンさん。

 ヤモカエルな見た目のゲッコウ族の賢人、ヨクトート師匠。

 雑貨屋の店主カリューさん。


 師匠をこの中に含めてもいいかは不明だが、イケハン活動初日にしては大戦果である。

 明日はイケメンを探すついでに装備品を見繕おう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る