34話 Δ隠されし NPCの 使命


「ふぅ。数ある中から選ぶというのは心躍るが、予算内に収めるという行為は非常に心苦しい限りだな」

「身を切る思いですわよね」


 全アイテムを一種類ずつ買いたい。


 そんな私たちの純粋無垢な想いは『予算』という現実の前に打ちのめされた。

 今後装備品購入代金も必要なため、今回は控えめにポーション5個で500エル、マジックポーション10個で3000エル。各々計3500エル分のアイテムを購入することに。


 買い物の際には実際に商品をカウンターまで運んでもいいが、数が多い場合には欲しいアイテムの前で画面を開けばネットショッピングのように画面上でカートに入れておくことも可能だ。リアル志向が好きな者にも、ゲーム的な手軽さが好きな者にも対応しているというワケ。


 ちなみに魔法を使う際に必要なMPは、しばらく使用しないと自動回復機能がついている。といっても回復速度はゆっくりなため、ソロの冒険者が討伐依頼を受ける際はマジックポーションが必須だろう。


「……では、本題だな」

「はいはい」


 いよいよ、この店に訪れた目的。

 優し気な水霊族のお兄さんとお近づきになる時がきた──!!


「ふぅ……」

「精神統一してますわ」


 私はカウンターへと向かう前に、一度呼吸を整えた。

 まぶたを閉じてアイテムが並ぶこの空間から抜け出し、彼と初めて出会った場所を思い浮かべる。


 そこは暖かな陽気にご機嫌な花々が咲き誇る一面の花畑。

 ぽかぽかとした陽射しにはこの私すらご機嫌だ。


 水霊族のお兄さんは春の訪れを告げる神のように、花々に魔法で水を撒きながら優雅に歩いている。

 運命的な出会いを果たした私は、……春を司る神をこの手に抱くのだ──!!


「──っ!!」

「お支払いするだけでものすごい気合いですわ」


 眼をこれでもかと開き、カウンターでにこやかな笑みを浮かべる彼を見据えた。

 まるで戦いに赴く戦士のように対象から目を逸らさず、心の中で己の使命を反芻はんすうした。


 いざ──参る!!


「しっ、支払いを、頼……む……」

「はい。ありがとうございます」


 …………てえええええええええ!!!!


 ありがとう、ブラエ・ヴェルト。

 この微笑みは水霊族の宝だ。

 たとえ自分が何者であろうとも、この者から笑顔を奪い取ろうなどと思わないだろう。


 やんわりとほほ笑む柔和な印象ながら、その瞳は水霊族特有の神聖さも醸し出し親しみやすさと同じくらい貴さも感じる。まさに鬼に金棒。弁慶に薙刀、竜に翼を得たる如しだ。


 お声はオルドフォンスさんよりもやや高い印象。

 その甘い声はやけに耳に残り、できれば彼の本性はドSであることを所望する。


 おっとりお兄さんが、実は裏あり不敵なドSお兄さん……。

 最高だ。圧倒的感謝。


「(も、ムリ……キレそう)」

「? お預かりいたしますね」

「お願いいたしますわ」


 その白く細長い指で画面を開き商品の点数を数えるお兄さん。

 ああ、お名前はなんというのか。早くその宝の正体を暴きたいものだ。


「ではそれぞれ3500エル頂戴いたします」


 代金の提示と購入の意志が問われると、《はい》《いいえ》を選択する画面が。

 もちろん惜しむことなく指の力を最大限に込め、《はい》を選択する。


「ありがとうございます」


 にこっと微笑みと共に私たちのインベントリへと商品が収納された。

 こんな素敵なご主人から引き離れてしまうとは、商品たちにも悪いことをしたな……。


「それで──」

「そういえば、もうすぐ聖流祭ですね」

「!?」


 改めて名をうかがおうとすれば、おっとりしていたことなど記憶の彼方かのようにグイグイと話題を滑り込ませてきた。この強引さは……まさか?


「(おい)」

「(はい)」

「(突発イベントか?)」

「(買い物客に問答無用でイベントの話題を振っているのではないでしょうか?)」

「(なるほど理解)」


 どれだけプレイヤーが贔屓ひいきをしようと、NPCには最低限与えられた役割を全うするという責任があるのだろう。

 彼の話題を滑り込ませるその強引さから、運営の意思を感じた。


「ああ、そうだな。俺たちは初めてなんだが、具体的にどういったイベントなんだ? 水の加護を更新するとか何とか」


 メタ的にプレイヤー目線でいえば、期間限定の大きなイベントなのだが……。

 現地のNPC目線ではどういうものなのだろう。

 恐らく【人が治める地アセドラ】を最初に降り立つ場所と選択した際には、同じく似たイベントが向こうでも開催されていると思われる。


「おや、初めてなのですね。祭では主に玉漿ぎょくしょう聖楽隊と呼ばれる方々が、街の水路などを練り歩きながらラナに捧げる音楽を奏で、集う人々らと共に祈ることで聖性を得るのです。そうして一般の者が入ることのできない大神殿の方では、神官によるより厳格な手段で祈りが捧げられるといいます」

「「へぇ~」」


 大神殿……街の高台の中でも、さらに一番奥にあるやつだな。


「祭の期間中は普段以上に賑わいますし、あなた方にとっては音楽や賑わいと共に水の加護を祈る祭……といえるでしょう」


 なるほどね。だからバブルミスティックは指揮者、音楽関係のモチーフってワケ。


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