閑話 食べる前から優勝!プロ騎士直伝チキン南蛮
「……ふぅ。今日はこの辺で許してやるか」
「支払ったの俺だけどな」
自宅から車ですぐの距離にあるショッピングセンター、その駐車場をヤナと歩く。
ここではオシャな洋服はもちろん、趣味のあれこれから食料品までなんでも揃うスーパー・エブリシング・マーケットなのだ。
おまけに今日の予算はヤナ持ちである。
財布は別なので、まさかこいつは大富豪なのか疑惑が浮上。
私は一切の遠慮もなく、ここぞとばかりに食料を買い込んだ。
「明日は鍋~からの日曜雑炊?」
「左様」
ゲーマーにとっての自炊とは、一分一秒を争う大変な作業だ。
なにせ私は一人暮らし時代、仕事から帰宅後のゲーム時間を捻出するために一切の自炊を放棄してきた側の人間。
仕事帰りに外食をするか、お惣菜を買って帰るか。
常に二択を迫られていた。
お肌のことも考え申し訳程度にサラダ用の野菜はストックしているものの、手の込んだ料理というものを作った覚えは全くない。
対して柳丸は一人暮らし時代……いや、ご実家時代からも料理を手伝っていたというエリート部隊出身だ。末恐ろしいポテンシャルを秘めている。
しかしそんな柳丸もさすがに新しいゲームを楽しむ際には自炊の時間すら惜しむ。
土日は基本一緒に夕飯を作るので、明日の土曜日はほぼ材料を切るだけで済む『鍋』と、明後日日曜日はその出汁を使った雑炊。これに決めたのだ。
そして、今日──
「じゃあ今日は?」
「……ふっ。聞いて驚くがいい」
「ほう……」
「プロ騎士直伝────、チキン南蛮だ!!」
「やったー。……騎士関係ある?」
あまりに美味しすぎる料理、チキン南蛮。
甘いものが苦手でない限り外れの無いメニュー。
定番。あるいは主役。
今や全国区となったメニューだが、我が故郷ではその上にかかったタルタルソースや使う鶏肉、鶏肉の切り方から揚げ方の違いまで実に様々なチキン南蛮が存在する。
中でも多種多様なソースを持ち味とするレストラン。
梅肉や明太子をはじめ、バジルやマスタードといったものまで。様々な種類のものを提供するそこは、チキン南蛮を食べ慣れた者でも新鮮な気持ちにさせてくれる。
あるいは、挑戦することへの希望を教えてくれる。
そんなマイ・フェイバリット・プレイスだった。
「柳丸よ」
「はい」
「なぜプロ騎士直伝なのか……分かるか?」
「全然?」
「それはな……つまり、ゲーマー仕様なのだよ!」
「どゆこと案件」
これほどまでに美味しさを担保された料理。
だが、作るとなるからには気合いが必要だ。
タルタルソースにはゆで卵を使うため、その時点で私にとって作る難易度が爆発的に跳ね上がる。
料理の時間にプラス10分とはつまりゲームの時間が10分減ることを意味する。中々にハードモード。その10分があれば救われた命(※二次元限定)もあったはず。
おまけに揚げ物なんて料理初心者の私からすれば前代未聞、未知の領域だ。
あまりに未知なる存在に怯えているため、フライパンで揚げ焼きにするのが精一杯。
油の処理すら全てヤナに任せている。
そんな私が作るチキン南蛮とは……つまり、極力手間を省いたもの!
これには全国のゲーマー同志達もにっこりだろう。
「ご帰宅してからさっそく作るぞ」
「ってことは昼も夜もチキン南蛮?」
「左様」
作り置きしておけば少しの休憩だけで夜もゲームがぶっ続けプレイ可能。
我ながらお見事と言わざるを得ない。
「では」
「帰りますか」
ショッピングモールの駐車場で繰り広げた舌戦は私が勝利した。
勝利を噛みしめながらヤナが運転する車へと乗り込み、プロ騎士としてこの後の調理方法をスマートにイメトレした。
◇◆◇
「大前提として、薄力粉ではなく片栗粉を使います」
「ほう」
ご帰宅した私たちは手洗いうがいを済ませ、さっそく買った物を
気分はサンタさん。これから届けるプレゼントを袋へと詰め込むかのような感覚だ。
時刻は11時。
午後からのブラヴェでのイケハンに備え、チキン南蛮によって英気を養いたいところ。
「これは衣の好みが分かれるかもしれませんが、ヤナに拒否権はありません」
「ひどい」
チキン南蛮のその大きな特徴は、衣に絡める甘酸っぱいソースとタルタルソース。
そして鶏肉に衣を纏わせる点にあるだろう。
その一角を担う『衣』。
スタンダードモードでは、薄力粉に卵を加えた卵液を鶏肉全体に浸して揚げる。
だがシルヴィア流では片栗粉を用いて揚げるのだ。
なぜか? 簡単だからだ。
肉にまぶすだけでいい。
おまけにお店とはまた違う食感を味わえて一石五兆といったところ。
薄力粉の卵液は揚げたてサクサク、甘ダレに浸せばふわふわ。
しっかりとした衣は甘ダレを存分に吸収しつつ、元のふわふわをそのまま届ける。
対して片栗粉。揚げたてはもちろんサクサクだが、甘ダレに浸すとあら不思議。
熱した液体に浸すことにより衣全体がとろみを帯び、ねっとりとした食感に早変わり。
それが同じくねっとりとしたタルタルソースと同盟を組めばどうなるかは……言及するまでもない。
「では柳丸よ」
「はい」
「さっそく状況を開始する」
「はい」
「気合いが足りんな」
「食べることで頭がいっぱいです」
「気持ちは分かる」
美味しいものを前にした時、人は真の安らぎを得ることだろう。
ヤナの「早く食べたい」という気持ちが想像を駆り立てる気持ちはよく分かる。
「まずは小鍋に水を張り、ゆで卵を作る」
「はい」
タルタルソース担当のヤナに指示を飛ばしながらも、私は私で準備をする。
今回使うのは鶏もも肉。
チキン南蛮の発祥は鶏のむね肉を揚げたものだそうだが、今やもも肉を使う店も多い。
今回私がもも肉を選んだ理由は、揚げ時間短縮のためにぶつ切りにしてもしっかりとした歯ごたえがあるためだ。
唐揚げサイズに切って片栗粉さえまぶせば肉の準備はOK。
だが、肉を触って手がベタつく前に甘ダレ用の調味料をすべて混ぜ終えておく必要がある。
「えーっと。みりん、醤油、砂糖、酢……」
あとで熱を加えるので酢の酸味が強く感じられても多少問題はない。
ボウルに事前に混ぜ合わせておくことで、ベタついた手であちこち触る必要もなくなる。
そして鶏肉を切ってビニール袋へ入れ、片栗粉を投入してシャッフル。
空気を入れて膨らませた袋の中で鶏肉たちが白い化粧をしながら舞っている。
芸術だ。
これからさらに彩りが加えられるというのに、彼らは一心不乱に踊っている。
何だか申し訳ない気持ちと共に、力強い意志をも感じた。
「ゆで卵できましたー」
「うむ。ご苦労」
タルタルソースで肝心なのはマヨネーズと塩胡椒、そして砂糖と酢の比率。
ゆで卵はお好みで粗く潰すか細かく切るかだが、シルヴィア流では軽く切った後にフォークで潰している。
今日は入れないが、タマネギを入れても食感がいい。
そしてここでシルヴィア流奥義が発動する。
「気持ち砂糖と酢を控えめにな」
「なんで?」
「あとで熱した甘ダレ入れるねん」
「へー」
甘ダレ……南蛮酢ともいうそれ。
甘酸っぱさの権化である液体は、味の調整にも一役買うのだ。
「──そちらは任せた」
「! いよいよ……」
そう。『揚げ』の工程だ。
だが繰り返しになるが揚げ物は料理初心者にとって未知の領域。
ここでもフライパンでの揚げ焼きを駆使する。
油を引いて温め、表面を中火で焼く。
辺りを肉の焼ける音が支配した。
粗方焼き目がついたら今度は弱火で中まで火を通す。
「あっつ!!」
油断していると時折油が襲来する。
休日は眼鏡のためその恐怖も半減するが、コンタクト装着の日には目に油が飛んでこないかとヒヤヒヤしてしまう。
だが、私のそんな心配をよそに肉は徐々に白い外装からきつね色へと変貌を遂げる。
そうして中まで火が通ったら──ずぼら発動!!
ここにそのまま甘ダレを投入。
本来は別で温めた甘ダレに揚げたての肉を絡めるものだが、油を薄く引いたからこそ出来る技。
甘ダレが絡むと一気に肉の表面にとろみが付き、フライパンの中でキラキラと輝いて見える。
次いで温まったタレをティースプーンでほんの少しタルタルソースにも分け与え、全てが完成!
ヤナが用意してくれた野菜の乗ったお皿へと連行する。
「完璧だ……」
「おいしそー」
野菜の緑。甘ダレの醤油の色がもたらす黒みを帯びた肉。
そこに、目にも鮮やかな黄色いタルタルソース。
「最後の仕上げに……」
お店ではパセリが掛かっていることが多いが、そんなオシャなものは無いのでブラックペッパーを少々。
「かんせーい」
「いえーい」
拍手をもって互いを労う。
所要時間二十分。見事也。
夜の分は揚げずに分けてあるとはいえ、中々といったところ。
どこか待ちわびた様子のダイニングテーブルへと早速運び、箸やお茶。ご飯にインスタント味噌汁と諸々を揃えて席に着く。
VRMMOのような技術がどれほど発展しようと、動かずしてご飯が得られないのは遥か昔からの掟。
私はこの目の前の光景に感謝した。
「ほな」
「いただきまーす」
ほかほかと湯気と共に香る、甘酸っぱい匂いが食欲を駆り立てる。
自制心の塊のプロ騎士である私は一旦サラダから口へと運び、態勢を整える。
そして──
「いきます」
「どうぞ」
唐揚げサイズに切って掴みやすくなったその一個を、神前であるかのように静かに優しくつかみ取る。
「……」
まるで走馬灯のように先ほどの工程が脳裏に浮かぶ。
甘酸っぱいタレでコーティングされ、さらには塩気をも持つ濃厚なタルタルソース。
この同盟が何をもたらすかは……口にせずとも明白だ。
「──っ!」
私は前歯で噛み切ることなく一気にいった。
途端、口いっぱいに広がる同盟のマリアージュ。
とろみを帯びてぬるっとした衣の中からはもも肉のジューシーさが。
そこへすかさずタルタルソースが濃厚さをもって介入し、粗く潰したゆで卵の噛み応えと共に肉を手助けした。
最高だ。
スーパー・美味しい・
「…………」
「美味しいね」
「……んもむ」
「口に入れすぎ」
午後に控えるイケハン活動。
イケハン全一にしてプロ騎士でもある私は今この瞬間はそのことすらも忘れ、美味しくも時短な料理に満足した。
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