10話 王宮マッサージ師ヤナ・ギ・マール、謀反を目論む
「ラーデヴィたん、きゃわーー!!」
「ラーデヴィ〝さん〟な?」
「ッス」
言われてみれば──
私たちはラッコさんやイルカさんのように、その力に頼らせていただく者のことを自然と『さん』付けで呼んでいる。
これは人間の防衛本能、あるいは長いものに巻かれろ本能とも言える。
何らかの気付きを得た私。
ラッコさんとイルカさんからは困り眉な表情で「……大丈夫そ?」な哀れみを。
ラーデヴィさんからは嘲笑を得た私はもう無敵だ。
虎の威を借りる狐……もとい、召喚獣の威を借るプレイヤーなのだ。
そこには一切の恥やプライドなど存在しない。
仕様。
ただそれがあるのみ。
それにしても、だ。
「ラーデヴィさんに、ラッコさん。……さらにはイルカさんまで」
『クル?』『きゅ?』『ピ?』
私は見回した。
神秘的な白いヴェールを纏うラッコさん。
蝶ネクタイがお似合いのイルカさん。
紫色の、バブみを感じるファンサエグい系ミニドラゴンのラーデヴィさん。
拍手喝采だ。
完成されたパーティメイト。
思わず天に向かって手を叩き、「ブラボー!」と叫んでしまいたい衝動に駆られる。
「うちのパーティ、いろんな意味で強すぎますわね」
「良すぎる~」
「たまたまですけど、お互い召喚系のクラス選んでよかったですわねお姉さま」
「完全に正義大将軍だわ」
「日本語でお願いいたします」
「イルカさんとラッコさんにもお名前つけてよき?」
「どういう差し返し?」
「毎回同じ個体……じゃなかった、お方なのかなぁ」
お二方の表情を見ると……うん。
「早くゲーム進めなくてよき?」と哀れみを含んだ視線をいただく。
それは間違いない。
しかし、お二方よ。
このゲームは自由。クラスやキャラエディットはもちろん、ストーリー進行も千差万別なのだ。
「模範的プレイヤー? そんなもんがあるならなぁ、『自由』を売りにはできねぇな」
「まぁ。いつも論理的に会話しませんのに、こういう時は勘が冴えてますわね」
「ふっ。まあな」
「褒めておりませんわよ」
ともかく、ラッコさんとイルカさんを鼻で嘲笑った(ように見えた)水ネズミも無事イケハン全一の手により討伐された。
ふう。仕事が捗り過ぎて自分が怖い。
「上位職ももしかしたら召喚系かなぁ」
「楽しみしみ~」
期待を胸に、再びオルドフォンスさんとの仲を取り持つ生贄もとい、我が経験値の礎を探しに向かった。
◇◆◇
「ハイ、一石五兆」
「すーぐ数字盛りますわよね」
五、六体目の水ネズミを聖祭へとご招待。
次くらいにはレベルが上がりそうだ。
「歩くオルドフォンスさんの好感度、対ありぃ!」
「イケメンNPCへの報告が待ち遠しいですわね」
「……」
やれやれといった様子で私を見つめるヤナ。
同じ表情でフィールドにおわす、ラーデヴィさん、ラッコさんにイルカさんの仲間入りをちゃっかりと果たしている。
中身はアレだが、キャラの見目は正直……良い。
浮いているかと問われると、そうでもない。
まるで『美女と召喚獣』というタイトルでも付きそうな構図である。
「おいおい。もう皆さんでアイドルグループ結成だよ」
「日本語でお願いいたします」
「……ん?」
そして気付いた。
ヤナがもし皆さんとアイドルグループを結成するとしたら。
もっとも不要な存在とは────私……ってコト!?
水と精霊さんを巧みに操るぞ♪なクラスである私を差し置いて!?
「許すまじ柳丸」
「情緒」
末恐ろしい。
イケメンNPCどころか、道行く女性キャラ同士のやり取りにも一切反応を見せない柳丸。
この女……もとい、この男は虎視眈々とアイドルになるためにあらゆる欲を制御しているというのか。
……そういえば、我がイケメンハントにも呆れつつ強く拒絶反応を示さないヤナ。
表に出せばアイドルの道が閉ざされかねない本心を、その豊満な胸の内に秘めているとでも?
「ヤナさんや」
「なんだね、シルさん」
「お主は我がイケメンハントに嫉妬とかするのかね?」
「嫉妬? なんで?」
「いやだってイケメン連呼してるし……」
私がそう言えば、「何を今更」という言葉を秘めた純粋な眼差しが飛んできた。
痛い。
突き刺さるように純粋ながらも鋭いその視線は、熱を帯びているかのようだ。
「シルさんってわたくしのこと、イケメンだから好きなわけじゃないでしょう?」
「それはそう」
言っててハイパー失礼な気もするが、三次元の男性をみても、たとえその人がリアルイケメンで名を馳せていたとしても。全員、すべからく二次元の推しよりカッコいいなんてことはあり得ないわけで。(追い失礼)
あくまで主観だが、リアルにおいてはイケメンであるかどうかが『好き』の判断基準にはなりづらい。もちろん、きっかけとしては大いにあると思われる。
でも、ただでさえゲーマー。
つまりは一人遊びのプロ。
長く人と時間を共にする上で大事なことは、それだけじゃぁないはずだ。
例を挙げるなら、私が休日に推しとキャッキャウフフしている時に、無謀にも我がゲームを取り上げ、あまつさえ自分が機器を占有したらどうなるか──
たとえイケメンでも、悲惨な末路を辿ることだろう。
言葉にするなら『相互理解』、あるいは『居心地の良さ』。
この辺りが私の判断基準のような気がする。
あくまで気がするだけで正直良く分かっていない。
「ならいいじゃありませんか」
「そういうもん?」
「そういうものですわ、お姉さま」
少し、胸のあたりがチクリと痛んだ。
振り返ってみると、私はヤナに対してだけは冗談とはいえ暴言の嵐。
居心地の良さ。
それを自分がパートナーに提供できているかといえば、……自信はない。
相互理解ということは、求めるだけではダメなのだ。
たまには優しい言葉を心がけよう。
「ふむ……お主のその胸に秘めた想い、しかと受け取った」
「あ。胸に秘めていると言えば……」
「ん?」
「お姉さま秘蔵のアイス、昨日食べちゃった。えへ」
「処す」
最速にして神速の前言撤回だ──
食べ物の恨みほどこの世に恐ろしいものは無いと知れッ!
たとえどんなに文明が退行したとしても、必ず起こる争い事の頂点にして原点!
私の物は私の物だと、食べ物を巡る闘いは避けられないものであると。
この同居人に分からせねばなるまい。
二度とこの私の食料に手を出そうなどと思わぬようにな──!!
「覚悟はできているか?」
「まぁ謝りましたのに……」
なんて奴だ。
我が至高のスーパー・美味しい・バニラアイスを食べたのみならず、悪びれることなく開き直るとは!
「ほう……?」
「謝罪を受け入れてくださいませんのね、……あーあ。じゃあもうマッサージしてやんない」
「むっ、……それはマズいな。我が王宮マッサージ師が謀反を企んでおる!」
風呂上りのボディケア。
蒸発する水分を逃がすまいと体に塗布するボディクリーム。
それは水分の閉じ込めと同時に滑らかさをもたらすものであり、ついでにマッサージをするのがシルヴィア流の習わしだ。
そしてヤナにはある裏取引を持ち掛けて、休日のみとある部分のマッサージを依頼している。
足の裏──
自力では満足に揉みほぐすことが出来ない箇所を、取引によってお願いしているのだ。
微妙に力を入れにくい構造をしており、本来重労働である。
しかし土踏まずの部分をゴリッと削ぐように圧を掛けてもらうのは……。
なんとも形容しがたい幸福感をもたらす。
ゆえに、ヤナは王宮に仕えることとなった。
「どうしてやろうかなー」
「ぐぬぬ」
裏ボスもびっくりなほどに卑劣な行為。
しっかり上納品は受け取りつつも、こうした場で契約を反故にしようとするとは……!
「…………王宮マッサージ師、ヤナ・ギ・マールよ」
「ははっ」
「次の休みには三倍のヨーグルトのみならず、トッピングにキウイを揃えておいてやろう」
「ありがたき幸せ……って、消費追い付くかな?」
「俺も食べる」
「食べるのかよ」
我々を繋ぐもの──
それは、
互いに別々の道を歩んでいた頃からの朝食スタメンである。
普段の生活費は、共同で使用するものに限り折半。
だが、朝食に関してだけは私が一切の責任を負い、
ついた別名、《ヨーグルトの魔術師》。
これが、王宮マッサージ師を繋ぎとめる唯一無二の取引材料なのだ。
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