4話 水の都とまだ見ぬイケメンNPC


「おー」


 最初の地点に戻ると、扉へ向かう者の中に、外へと向かう者が混じりだした。

 スタダの始発組がチュートリアルを終えたようだ。


「しばらくはログもエリアチャットばっかヤナ」

「とりあえずパテ以外タブ閉じとくけ」

「んだ」


 左に最小化した、ログやテキストメッセージが流れるウィンドウ。

 いくつかタブがあり、ひとまずパーティタブ以外は閉じた。操作一つで簡単に復活できるので便利。運営からのお知らせやナビさんのような公式アナウンスは全部のタブにログが残るので問題なし。


 ちなみにログやメッセージウィンドウは、好きな位置に持ってくることができる。

 ヤナは自分で最適な環境をチューニングするタイプのゲーマーだが、私は基本的に最初から最後までデフォルトの環境でやるタイプである。


「ん? ねぇ、メッセきたんだけど」

「なんて?」

「『クラン入りませんか?』って」

「入れば?」

「いや、めんどい」

「なんで入ってないって分かったんだろ。タゲるとクラン名出るんだっけ?」

「うちら入ってないから確認しようがない」

「まぁ事前情報だとソロで作れるぽいから、二人でもいけるくね?」

「ほなええか」

「ええなぁ」


 そうこうしていると、今度はナビさんとは別の声でアナウンスが入る。

 運営からのログが流れた。


《──大変恐れ入りますが、●月△日より二日間。来週末はメンテナンスをさせて頂きます。プレイヤーの皆様におかれましては──》


「来週末メンテか。なんかバグあったんかね~」

「なる。そりゃ大変だわ」

「じゃ、この日は久々外でデートしますか」

「いやだめんどい」

「そんな」


 積み本消化と別ゲーに忙しいのである。


「お出かけなら一人で行くがよい」

「はいはい。どうせログアウトしたら甘えてくるクセになぁ」

「うっ、うるせぇ。筋肉お見舞いすっぞごるぁ」

「きゃーこわいですわー」


 軽口を叩き合いながら、未だ混みあっていそうな門を目指す。


「そういやヤナは、サブ職どうするん?」

「とりあえずニンニン目指すぞい。物理火力のどれかから派生かな?」

「あー今ヤナのやってるゲーム、忍者めっちゃかっこいいよね。俺あのキャラ好きだわ」

「侍キャラもいいんだよな。ドラゴンぶっ放す」

「ヤナ好きそう」

「そういやこのゲーム、必殺技ウルトあんのかね?」

「ありそー。クラスクエとかかな」

「ぽいなぁ」


 徐々に門が近づくと、自然と見上げる。

 近くで見ると、想像以上に大きかった。


「お」

「ん?」


 門の周囲には相変わらず人だかりができている。

 もちろん私たちと同じように、これから街中を目指すものも多いが──


「いやぁ、懐かしいねぇ。俺もタンク初心者の頃は緊張したよ」


 こんなに大きな門だ。待ち合わせにピッタリだろう。

 盾を装備した人間の男性が、数名を率いて依頼の内容を確認している。

 どうやら討伐系の依頼を受け、エリアチャットで面子を揃えたようだ。

 その表情はどこか硬く、緊張している。


「あー、MMOだと実質そのクエの臨時リーダーみたいなもんだからな。特に盾1構成のゲーム。野良フレンド以外でやる時めっちゃ緊張する」

「リアルメンタル弱いのに、ゲームだと割かし強めなの……絶対ロールのおかげ」

「あながち否定できないわ」


 ヤナはうんうん、と大きく頷いた。自分で言っといてなんだが、失礼な。


「ボスの開幕タゲとるのとか、めっちゃ緊張したわー」

「今は?」

「なんかあってもヤナだからいいかなって」

「ひどいですわ」


 待ち合わせの人々を横目に、改めて水の都。その全貌を目にする。


「「お~~~」」


 圧巻。


 高い城壁のようなもので見えなかった街中の詳細は、予想通りでもあり、予想以上でもあった。

 玄関口である門の前は小さめの広場。

 真ん中には噴水があり待ち合わせや冒険者たちの集合場所に使われると予想される。


 その広場から石畳の道で直接つながっているのは、ヨーロッパの水の都と同じように年月を経た建物と、その合間に巡る水路。水路上を外壁の外と同じようにゴンドラが行き交う。目の前の道は大通りだろうか? 人込みと共に呼び込みをするNPCも多く、お店が並んでいるのかもしれない。


 しかし、そこはやはりゲームの世界。

 充分旅行気分だが、それだけには留まらない。


 水の神を模しているのだろうか。

 謎の大きな石像が所々立ち並び、手に持った水瓶から水が流れ落ちる。水路へと続くものもあれば、謎に消えていく水もある。

 よかった、ちょっとゲームらしい部分があって。


 街の構造的に今いる場所は平面的だが、少し奥を見通すと段々と高さがあり、落ちる水の流れを力に変える水車が目立つ。この世界に降り立った時に聞こえた水音は、恐らくあれだろう。


 奥側の建物はこの場所よりも神聖な雰囲気を醸し出す建物が多く、神殿や塔といった構造。装飾には白や銀、金色がよく使われている。恐らくこちらは下町で、あちらは公的な場所だと思われる。


 ふと目の前の水路を見てみると、知り合いのゴンドラなんだろうか?

 プレイヤーが周遊のために乗っているそれを追いかけるようNPCの水霊族が泳いでいたり、NPCが呼び出したであろうあの見慣れたラッコさんのお姿も!


「!? イルカさん!?」


 な、なんということだ。

 ラッコさんと共に、蝶ネクタイと尻尾に装飾を身に着けたイルカさんもいらっしゃる……だと!?


「純回復のスキルで現れるんじゃない?」

「やべえ、レベリング捗るな」


 バブルミスティック、あなどれない。


「もう一個の回復職、【紋章師】ってどんなんだろうね」

「他ゲーの感覚で言うと、バリアと大回復以外なら……全体か継続回復メイン?」

「あー、ぽいな。味方に回復の紋章付けるとかなんかね」

「やだ、楽しみ」


 職二つだけでこんなに楽しみなことがあるんだ。

 この先どんな冒険が待っているのやら!

 メイン職のタンクが待ち遠しい。


「!?」


 わー海外旅行みたいだーとか思っていたら、視界の開けた右手前方を見て驚いた。

 遠目にだが、湖と思われる水面に大きな物体がぶっ刺さってる!


「な、何事!?」

神器じんぎって言うらしいけど」

《……》


 ヤナはニト・ラナのインフォを検索したようだ。


「水の神ゼ=ラナの恩恵だって」

「おー、メインクエとかで出てきそう」

「んだ」

《……》


 確かにその……塔? いや、形状的に杖っぽい。大きさはロケットよりは確実にデカい。

 その杖の先端は三日月のように一部が欠けた円形になっていて、そこから水が滝のように流れ出ている。さすがゲーム、物理があれでファンタジー。


「ほえー、この海? 湖? って、アレからできたのかな」

「そういや販促PVで水中潜ってなかったっけ? 水中都市っての見た気がするが」

「マ?」

「今水辺エリアは足が着くとこまでしか進めないっぽいけどね。もしかしたら、クエ進めたらここの水潜れるんかな? もしくは別の都市なのか」

「てか、このゲームってメインシナリオとかあるんけ?」

「さあ? フリーシナリオじゃない? もう一つの世界からの来訪者が種族の問題や住民の依頼を引き受けて、この世界を冒険する……的な?」

「ほーん」

「いくつか大きなシリーズクエはありそうだけど」


 ほうほう、楽しみ。


「てかさ、地球を創った神を愛した女神? ってさ。その神を想ってこの世界創ったってことじゃん」

「うん」

「もしかしてメンヘ」

「やめろ、一途と言え」

「っす」


 街に到着した当初感じた疑問は、ヤナにより美化されることとなった。


「んじゃ、さっそくやりますか。冒険の序盤といえば?」

「そいつぁ簡単な問いだ。もちろん──イケメン探し」

「なんでだよ」


 ヤナのツッコミ能力は私により日々磨かれている。


「んじゃ、本来チュートでやるはずの冒険者登録、行くけ?」

「ういー。そして目指せ、イケメンゲット!」

「ゲットはしたらあかん」

「俺はよぉ、仕事の疲れをイケメンで癒しとるんじゃぁ……。邪魔するなら……すぞ?」

「はは、仰せのママに」


 よぉし────待ってろ、まだ見ぬ美形NPCたちよ!!!!


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