3話 ヒラタンク、出陣


「ママぁーーーー!!?? ケアミー回復して!!」

「甘えんな」

「ひでえ!」


 橋をずっと街とは反対側に歩いていくと、陸との接地面に着く。

 遠目に森も見える草原が広がっていた。

 いや、草原にしてはちょっと地面がじめっとしていて、かといって水たまりが随所にあるわけでもない。

 草原以上、湿地未満。

 岩場付近の草は背が高く、人の通る場所は踏みしめられているのか芝生みたいだ。

 苔の生えた岩なんかもたくさんあって、水が豊かな土地なんだとここだけ見ても分かる。


 そこにいたのは、こちらから攻撃しない限りは襲ってこないノンアクティブの魔物。

 ボーっとしている水色のトカゲで、大きさは犬くらい。


 体を天日干ししているかのようにボーっとしているトカゲに、ヤナが誤ってスキルを発動してしまったのだ。

 怒りで驚くほど俊敏に様変わりしたトカゲは、ヤナを目の敵にしている。


「あっ、あーー!? お、わたっ、ワンエチピー瀕死!」

「ここ外鯖海外鯖じゃねぇんだわ」


 ヤナをタゲると、ごりごりにHPゲージが減っている。

 一応このゲーム、パーティを組んでいる味方のステは数値ごと確認できる。

 タゲらなくても右上に縮小しているタブを開くと、パーティメンバーのHPとMPも確認できる。


 ただ、トカゲをタゲると、


 【水トカゲ】

 【Lv1】


 この情報に、数値の載っていないHPゲージが表示されるのみ。

 弱点だ耐性だといった情報もない。

 恐らく詳しく見ることができるスキルは別にあるんだろう。


「ったく。女が相手じゃやる気でねぇ……」

「ママひどい」


 必死に逃げ回るヤナをよそに悪態を吐く。

 このゲームには素早さはあるが、回避というステータス値はない。

 リアルと同じく避ければ技は避けれるし、敵さんのスキルには予兆のようなものがある。その前にスタン技や回避系のスキルを使えばオッケー。


 ただ、基本的に魔法攻撃のような、自分の手を離れる攻撃は割りと必中に近いっぽい。

 まぁどのゲームでもそうだが、敵視タゲ引きという敵の攻撃対象を特定の者に引き付ける要素がある以上、プレイヤー有利なシステムだ。許せ。


「──ゆけっ! ラッコさん!!」


 私は指揮棒を手にとり、視界の右側にスキル一覧画面を表示させ、自分のスキルを確認。初期回復魔法である【バブル・シェル】を発動させる。

 なぜラッコさんを呼び出すのかと言えば、スキルアイコンがなぜかラッコなのだ。

 謎カワイイ。

 スキルを発動する際は、声に出すかアイコンをタップかのどちらでもいいらしい。

 戦闘中避けながらタップするのは至難の業なので、プレイヤーは全員声に出すことだろう。


「!」


 どうなるか分からないスキルを発動すると、確かにヤナの傍にラッコさんが出てきた!

 ラッコさんは小さい手でほっぺをもみもみすると、ムンッと気合いを入れた。


「!?」

「それ俺のスキル」

「回復魔法がラッコなの!?」


 ラッコさんは頭に白いヴェールを被っていて、ちょっと神秘的。あらカワイイ。

 それ以外はよく知るラッコの姿だ。


『~♪』


 ラッコさんはご機嫌。

 まるで水の中にいるようにスムーズな横回転を数回行い、宙に寝転がると──貝殻を叩きだした。


「「……!?」」


 すると、ヤナの周りを透明な水の膜が覆った。


「ちょ、泡だが!? 回復は!?」

「草」


 ラッコさんはなおもご機嫌に貝を叩く。

 叩くったら叩く。

 そして一瞬キラリと回復のエフェクトが出たと思ったら、ラッコさんは満足した様子でちんまりとした手を私に振り消え去った。やだかわいい。


 ヤナのゲージを確認すると、……うーん。小回復? ちょっとだけ回復していた。


「相変わらずヤバイが!?」

「あ、分かった」


 ラッコさんは華麗に退場したというのに、水の膜は消えない。


「貝殻だから……防御系スキルってこと!?」

「かわいいけども!?」


 恐らく水の膜はダメージ吸収のバリアだ。

 実際なおも怒り狂う水トカゲはヤナを尻尾でペシペシと叩くというのに、HPゲージは減っていない。


「次覚えるのは純回復かな~」

「分かったからタゲとって!?」

「っがねぇなー」


 私はスキルのリキャストが終わるとラッコさんをもう一度呼ぶ。ちょっとだけMPが減った。呼んだばかりだからか、どこか目をぱちくりさせてる。かわいい。


「お」


 もう一度回復ヒールをすると、水トカゲはぐるりとこちらを向いた。

 特にゲージで確認することはできないが、敵のターゲットをこちらに向けることができたらしい。敵が誰をタゲっているかは、挙動で確認するしかない。


「さあこい」


 頼りない指揮棒を手に迎え撃つ。

 ……いやいや、どうやって迎え撃てと?

 不安しかない。


「じゃ、今のうち」


 ヤナは「どれどれ」と悠長にスキルを確認しだした。


「水トカゲっていうからには、水と火はアカンよなぁ」

「地か雷?」

「なら、──【雷のアメジスト】!」


 ヤナがスキルを唱えて腰のデッキケースのような武器? が光ると、その両手指の間にはいつの間にやら計6つの歪な形をした小さな宝石。

 紫色をしたそれは、確かにファンタジーなゲームにおいて雷を連想させる。


「ほい」


 私の泡をぺしぺしとやっている水トカゲに向かってヤナが放り投げると、宝石たちは取り囲むようにふわふわと宙に浮いた。ちなみに痛覚はさすがにリアルっぽく反映されていない。運営の優しさ。

 ほんとに少しピリッとする程度。

 大ダメージだと、どのくらいなんだろう。


「おー、いいじゃん。かっこよ」

「で? どうすんだ」

《……》


 インフォとスキル画面を見ながら、手探りでジェムリンカーとやらを探るヤナ。

 ナビさんの気配がした気もするが気にしない。


「ほー」

「お、なんかチクチク攻撃しだした」


 時折自分に【バブル・シェル】を掛けながら健気に自分を攻撃してくる水トカゲを観察していると、ヤナの放った宝石たちのうち等間隔で一個がキラリと光り、ピリッとした紫電を放っている。まるでルーレット。ほんのちょっぴり、お気持ち程度に水トカゲのゲージを削った。


「おいおい、ダメージディーラーさんよぉ! カスダメ通してんじゃねぇぞ!」

「やだ、お口がわるいですわお姉さま。他のプレイヤーさんに言ったらダメですわよ」

「ヤナにしか言わねぇから! ちゃんと猫被るし!」


 茶々を入れつつ観察していると、ヤナは納得した様子で叫んだ。


「あー、だからリンカーなのね!」

「いいからはよぉ!」


 とっても地味な攻防を水トカゲと繰り広げる。

 MPも無限じゃないし、早めに攻撃をお願いしたいところ。


「【跳躍バウンド】!」


 ヤナが唱えると、さっきまで一個のみが光っていたアメジストの欠片たち。

 それがいきなり向い合せの欠片に向けて紫電を放つという行為を何度も繰り返す。

 トカゲを中心として球体を作り出すかのように、縦横無尽に細い雷が飛び交った。


「お、スタック蓄積貯まった」

「ほー」


 水トカゲはちょっぴり怯んでいる。

 見ると、ゲージが十分の一くらい削れている。


 周りを囲むアメジストのうち、紫の光を放って攻撃する宝石が二個に増えた。


「【跳躍バウンド】でスタック5つ貯めると【リンク】が使えるぽい」

「へー」

「初期装備だから火力あれだけど、【リンク】するとめっちゃダメ出るらしい」

「ボス戦に向いてそうだね」


 まさに積み上げ型DPS。

 恐らく筋肉で解決しようとする私には一切向いていないロールだ。


「「あ」」


 のほほんと言葉を交わしていると、つい【バブル・シェル】を掛け忘れる。

 ヤナが高火力を出したタイミングも重なり、タゲがヤナに飛んだ。

 水トカゲがしゃかしゃかと短い脚を動かして、一目散にヤナへと向かう。


「あーーーー!!?? スタック、消えたああああああ!?」

「草」

「タゲとってええええええ!!」

「回避のスキルないんけ?」


 さすがに被弾するとスタックが減るのはシステム的に厳しい。

 同じ魔法火力職の【魔術師】に対して、ディスアドバンテージが過ぎる。

 であれば、それを補うスキルはあるはずだ。


「……あるなぁ」

「あるんかーい」


 スキルには職業ごとのクラススキルと、共通スキルに分かれている。

 基本戦闘に関することはクラススキルだ。恐らくジェムリンカー用の回避スキルをヤナが唱える。


「【幻影イリュージョン】」


 ヤナの隣に現れたのは、キラキラとまるで星のように散らばった宝石の粒子。

 それが徐々にもう一人のヤナを形作ると、水トカゲはそちらに気を取られる。尻尾が触れると幻は消える。一連の流れを二回繰り返すと粒子は完全に消えた。


「ドッペル」

「まさに」

「さあ、反撃のお時間です」


 それからはヤナにスタックを5つ貯めてもらうよう、ひたすらに【バブル・シェル】を自分に使った。MPは半分くらいになる。


「きたー」

「いっけぇー」

「【リンク】!」


 【跳躍バウンド】を繰り返し、宝石が6つすべて光り輝く。

 それと同時にヤナが唱えると、雷が駆け回る……のではなく、すべての宝石が割れた!


「「!?」」


 てっきりくっついて一つの宝石になるかと思っていた。

 これ大丈夫なのか? と心配していると、一瞬の稲光が目の前に生じ──なんかいた。


『クルゥ?』

「だ、……だれ!?」

「雷の精霊、ラーデヴィだと」


 水トカゲに負けず劣らずちまっとした存在。

 宙にふわふわと浮くのは、紫色をしたミニドラゴン。

 つぶらな瞳はドラゴンっぽい見た目の割りに全然怖くない。

 むしろやる気がなさそうに、クアーっと欠伸をした。

 二本の角と太く長い尻尾の先にはパリパリと電流が走っていて、間違いなく雷の使い手ではある。


 ジェムリンカー、まさかの召喚系!?


「やべえ、この精霊ファンサえぐい」


 ヤナの指示待ちなのか、首を傾げたり、手を口元に持っていったり。宙でくるくる回ってみたり。ちょっと赤ちゃんみを感じる。やだかわいい。


「かわええのぉ」

「拡張きたらテイマー系でドラグナー竜使いあればいいなぁ。ファンサのよろしいドラゴンとかめっちゃよき」


 ヤナは精霊を召喚した後に出てきた専用のスキルを唱えて、水トカゲを倒した。

 ラーデヴィ、すげえ。雷の魔法なのか一瞬でトカゲが溶けた。達者でな、水トカゲ。


「おつ」

「おつー」


 Lv1同士の熱い戦いが幕を閉じた。


 さすがにLv1の水トカゲ一体では経験値もそこまで入らないらしい。

 経験値のログのあと、一瞬経験値のゲージが目の前に出てきて目視できた。

 レベルはメイン職業ごとに上げるから、私の【バブルミスティック】の経験値がゲージ三分の一ほど貯まる。

 ドロップ品も同様にログに流れ、一瞬アイテムアイコンが目の前に表示されて消えた。自動でインベントリに入る仕組みのようだ。手間がなくてラッキー。


「……ん? ミスティック……」

「神秘的って意味じゃね?」

「あぁ、だからラッコさんヴェール被ってたのか。……じゃなくて」


 なんで武器が指揮棒? と思ったけど。


「ミスティックとスティック……ってコト!?」

「運営にシャレ好きおるなぁ」

「おるなぁ」


 オーケストラの指揮者のように、水とラッコさんを操るよってことなんだろうか?

 コンセプト的には好き。


「てか精霊の火力えぐない?」

「ジェムリンカーの上位職って召喚系?」

「あー、かも。面倒な手順踏まずに最初から高火力の精霊呼べるとかかな」

「そら上位職になるわな」

「うむ。その分高レベルの魔物って回避がムズいんやろなぁ」


 なるほどねぇ。上位職になって、ただ便利になるだけだと戦闘の難易度下がるもんなぁ。

 タンクだと、敵の誘導とか技の予兆見て防御スキル使う方が重要な気がする。

 ラーデヴィみたいな精霊さんがぽんぽん出てきたら、一瞬でタゲ持っていかれそう。

 腕が鳴るってもんよ。まだタンクじゃないけど。


「てかエルフの種族特性ってなに?」

「なにそれ」

《……》


 キャラメイク、エルフ一択で挑んだのでちゃんと細かな説明読んでいない。


「夜人だと【ライフ≒ハック】っていうやつ。敵倒したらちょっとだけHP回復する」

「ほんとだ」


 全回復していなかったはずのヤナのHP。今は満タン。

 水トカゲを倒したときに回復したみたいだ。


「ステータス画面載ってるよ」

「おうよ」


 メニュー一覧を呼び出して、ステータス画面を開く。

 装備やステータス数値のような、自分自身の情報が載る画面。

 【クラススキル】【共通スキル】に続いて、【種族特性】とあった。


「えーっと……、『【光風】森の中にいる場合、素早さがあがる。かつ敵に気付かれにくい』……これタンクの俺、ええんか?」

「先手取れるからいいんじゃない?」

「なる」


 ならいいか。思ってたよりは地味だったけど。

 にしても夜人の種族特性、めっちゃいいな。

 吸血鬼コンセプトにはぴったりだけど、使い勝手良すぎる。

 ビジュ的にも夜人を選ぶプレイヤーは多そうだ。


「てか、信仰ってステにどんな補正あるの?」


 今のところ一切恩恵は感じていない。


「ふつうに考えると、対応する属性の威力アップ?」

「え、俺パラディン目指してるのに!?」


 ナビさんは『軽微のステ補正』って言ってたけども!?

 属性威力に関わってくると話は違う。

 今のところ属性のステータスってのは上げる要素が見当たらない。

 予想では装備品とスキルだと思っている。


 だが、信仰対象でそれが上がるなら……ヤバイ!

 属性のステータスってのは普通のダメージ計算に乗らない部分で、その分純粋に火力が上乗せされるからだ。敵が属性耐性持ってたら別だけど。


 実は盾職だけ上位職を事前に調べていた。

 ナイトはパラディン。

 ダークウォーリアはアビスロード。

 私はどのゲームも騎士っぽい職を選んできた。

 このゲームだとパラディンを目指している。

 名前だけ聞くと、私は光属性一択っぽいんだが。つい顔で選んでしまった。


「闇のエレヴォスにしたの? なんで?」

「統計から察するにイケメンの神っぽいから」

「ですよね」

「でもさすがにそれやっちゃうと職で偏りでるよね~」

「なんか別途種族クエだか信仰クエだかあんのかなぁ? そしたら全容分かるとか」

「かもね」

「……ん? もしかしてステのFTって、FAITHのFTか」

「なんて意味?」

「信仰心」

「それやん。どれだけイケメンキャラを崇めてるかゲージってことか? 任せろ、得意分野だ」

「ぜってーちがう」


 ステータス画面を見なくても確認できるHPゲージにMPゲージ。

 それとくっついて、小さくSTスタミナとFTとある。


「ほんのちょっぴり貯まってる」

「同じくらいだ。時間経過か敵倒したりとかかな」

「わたくしはヴァーネミュンデにした」

「なんで?」

「なんとなく美人ぽいから」

「ですよね」


 お互い様というやつだ。


「盾の最初のレベリング、ナイトじゃなくてダークウォーリアにしたら?」

「いや、このキャラの見た目ならパラディン一択だろがい。というかパラディンっていう名前が好きなんじゃ」

「お姉さまあの作品好きだもんね。わたくしはアビスロード見てみたいな。ダークヒーローって感じでかっこよさそう。両方やれば?」

「で、できらぁ!」


 いや、元々タンク職は全部上げるつもりだったけどね?


「とりあえずサブ職解放のLv20まで、ヒラタンクで絶対落ちないマンになる」

「盾っていうよりむしろ城だな。要塞」


 戦闘体験も済んだところで、出遅れ組の私たちは改めて水の都へと向かった。


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