2話 集合


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「……? うわぁ~」


 一瞬視界が途切れたかと思うと、次の瞬間には別の場所に転移していた。


「水の都!!」


 まさしく、ソレ。

 とある大きな門へと続く一本道。白い石造の橋上に立つ私。

 耳に届くのは大量の水がどこかで流れ落ちる音。

 目に映るのは、海なんだろうか? 水の上に立つ都。

 大きな城壁を兼ねた街の輪郭は広大な水の上に浮かび、まるで受け皿かのように隆起した大地や建物に水が上から下へと流れている。


「ほー……」


 綺麗。素直にそんな言葉が出てくる。

 用途は不明だが、高い塔や建物にはまるで道路のような曲線の道が別の場所とつながり、そこにも水が通っているように思う。

 移動に使うのだろうか……?


 天気も良好な現在、陽の光が肌に当たる感覚もある。ちょっと暑い。

 青空に浮かぶのは……太陽? だろうか。地球を模した世界って触れ込みだから、そこは同じなんだろう。

 頬を撫でる風を感じ、地面を踏みしめる感覚も。

 うん、なんだかこの世界をちゃんと生きている感じがする。

 いい感じだ。潮の香りはしないので、もしかするとここは湖の上なのかもしれない。


 白い石造の手すりから顔をのぞかせて橋の下を見てみると、水面にはゴンドラのようなものが行き交う。

 この光景はリアルでも海外とかにあると思うけど……。


「おー、水霊族?」


 恐らくNPCだろう。

 青肌の美しい女性が、橋の下のアーチを通り抜けるように泳いでいる。

 水の中であることを忘れるほど優雅に泳ぐその手足には、鱗と細長いヒレのようなものが見える。まさに水の精霊って感じだ。


「というか、NPCしかいないな」


 橋を行き交うのは人間、さきほど見たマフマフ族。

 そして一番多い水霊族。たまーに自分と同じエルフ。

 プレイヤーであれば、もっとキョロキョロ見回したり、画面を操作していそうなものだけど……。ふつうに生活してる人っぽい。

 話し込んだり、荷物を持って街に向かったり。


 そして先程から聞こえる自分の声は、イケボ。

 自分が設定したキャラの体格に合わせて、自動生成しているんだろうか。ナイス。


《ようこそ、ニト・ラナへ》

「あ、ナビさん」


 先ほどの声がまた聞こえた。


《よろしければチュートリアルを開始させていただきますが、いかがいたしましょうか》

「選べるのか」


 キャラを削除して、一から再スタートした時用だろうか?

 チュートリアルは任意なんだな。


《なお、チュートリアルの機能はニト・ラナ内であればいつでも開始できます》

「あら便利。じゃあ私は必要な時にやります」

《承知いたしました》


 ポンッとナビさんの気配が消える。

 すると、それまでNPCだけだった橋の上には大きなざわめきと共にプレイヤーたちが現れた。


「おお」


 なるほど。最初のチュートリアル中は別次元なんだ。

 プレイヤーたちが現れると、自分の視界の中に宙に浮いたウィンドウや数値、HPゲージなんかが現れる。

 これが実際のゲーム画面か。


 ざわめきに耳を澄ませると、当たり前ながらすべて日本語。

 ここは日本語鯖だ。

 聞こえ方はリアルと同じ。近い人は近くで聞こえるし、遠くの声はほとんど聞き取れない。

 そんな何気ない部分も地味に感動。


 さてさて、相方を探さねば。


 ……と思っていたが、杞憂だった。


「──予想はしてたけど、シルヴァンかぁ。シルヴィアで会いたかった」

「どま」


 人込みの中から私へと真っ直ぐに向かってきた女性PCプレイヤーキャラ

 目の前でカツンとヒールを鳴らして止まると、無念そうな言葉を発した。


「ヤナさんや」

「なんだねシルさん」

「飛ばしたんだけどチュートって、みんな一緒?」

「ぽいよね。同じく飛ばした」


 同居人。プレイヤー名『柳丸やなぎまる』。

 本名から一文字と、いつも忍者や侍のような和風キャラを好むので『丸』をトッピングした名前らしい。いつもヤナと呼んでいる。


 シルヴァンというのは、私がよく男キャラで使うプレイヤーネーム。

 対してシルヴィアは、女キャラでよく使う。

 今の私はなんたって、イケメンエルフ! もちろんシルヴァンです!


「ふは、ガチで美形エルフ」

「そっちこそ、セクシー美女じゃん」


 シルヴァンこと私の外見。

 蒼銀というのか、青みがかった銀髪に金色の瞳。彫りが深けりゃ鼻も高く、エルフの最大の特徴とも言える先の尖った耳。

 髪はサラッサラで顔回りほど。目つきはやや鋭く、クール系を目指してみた。

 なにより、身長! 190? 200cm台だったか?

 分からんがとりあえず、その辺のイケメンNPCなら余裕で壁ドンできる!


「あーあ。シルさんに狙われるイケメンNPC、かわいそう」

「うるせー。このゲームの売り知ってるか?」

「いやまさか、運営もそっち方面に自由とは思わんでしょ」


 何を隠そう、私は腐女子。

 いや、正確には推しキャラと自分の恋愛を妄想する夢女子でもある。

 いわゆる雑食タイプだ。


 普段であれば、推しカップルを見守る壁になりたい。

 自分が物語に干渉するなんて烏滸がましい。二人の葛藤、すれ違い、それらを乗り越えた先にある純愛。母なる目線で見守り隊。


 しかし、考えてみてほしい。


 せっかくのフルダイブVRMMO。

 自分好みの男キャラを使えば目が潤うだけじゃない。概念的には、イケメンたちとの夢成分さえも補給可能なのだ──!


「最初の餌食えじき、誰だろうね」

「餌食言うなし」


 私のこのゲームでの目的。



 それは、イケメンNPCたちとフラグを立てて、立てて、立てまくること!!!!



「おれ……わたくしという者がありながら、ひどいですわ」


 そして目の前のエr……妖艶美女。

 私と同じく声は自動生成なのか、耳に残る甘い大人の女性声。

 恐らく種族は夜人ナイトウォーカー。吸血鬼がモチーフっぽい。


 ちょっと病的な感じのする青白い肌。蠱惑こわく的な赤い瞳。艶やかな長い黒髪。

 ぷっくりとした唇からは、ちらりと尖った歯が見える。

 今の自分と比べると低いが、リアルの女性でいえば背の高い方。

 それでいて細い。スタイル維持の方法を教えてくれ。

 おまけに顔ちっっさ。モデル並み。


 まぁ魔法職っぽい衣装はヒールのあるニーハイブーツで、その分もあるだろうが。

 デコルテと胸元部分は覆わず、前開きで背中側が足元までを覆うローブ。

 裏地に赤を仕込んでいて、夜人とめちゃめちゃよく合う。

 衣装もセクシーなんだが……


 なにより、──胸な!!!!!!


「やりすぎでは?」

「シルさんがそれ言う?」


 胸をガン見して言えば即反論をくらう。

 何も言えねぇ。私とてへきを詰め込んだ。


「このゲーム、キャラメイクも売りでしょ」

「まーな。自分好みのキャラメイク、超楽しい」

「でもわたくしのキャラ、リアルの好きなタイプとは全然ちがうよ」

「あ゛? 誰が控えめじゃ、ぶっ飛ばすぞ?」

「えへ」

「ヤナは夕飯抜きなー」

「そんなー」


 不思議な感覚だ。

 リアルとそんなに変わらないやり取りなのに、聞こえる声も、景色もぜんぜん違う。

 本当に別世界に行ったらこんな感じなんだろうか。

 ヤナは後でぶっ飛ばす。


「てか、夜人って日中外出歩いていいん?」

「まぁ、そこは主人公補正じゃね……知らんけど」

「ほーん。──お」


 異世界に来て最初にすることが雑談なのもどうかと思うが、周りのプレイヤーは徐々にウィンドウやインフォ情報一覧を読んで水の都へと足を踏み入れようとしていた。

 我先にと言わんばかりに門の方が混みだすと、こちら側の勢いが鈍化してきた。

 渋滞が起きている。


「いやぁ、MMO名物スタダスタートダッシュですなぁ」

「ですなぁ。わしらはゆっくり行きますかな」

「んだ」


 ヤナとこのゲームを購入するときに決めた方針。

 それは、自由度の高いこのゲームでは自分たちのペースでまったりする! というもの。

 攻略情報も極力見ないようにして、世界観に没頭する。

 ……というか単純に、二人とも最近仕事が忙しすぎてガチる余裕がないだけ。


「ただでさえ毎日上司と異種格闘技してんだ、ゆっくり行こう」

「ヤナ、連日残業してたけどあの予算通ったの?」

「いや……?」

「さすが闇ふか職業~」

「ふかふかー」


 おかしいな。

 異世界に現実逃避しに来たと思ったら、現実が追い付いてきた。


 ヤナは研究職で今はちょうど忙しい時期だ。

 実験に加えて学術論文も執筆中な模様。

 このゲームではその息抜きも兼ねている。

 旅行にいく時間が無い時期にぴったりというわけだ。


「というか、今さらだけどその衣装……クラスなに?」

「ん? あぁ、バブルミスティック」

「へー、そんな感じなんだ」


 回復支援の職である、バブルミスティックの初期装備。

 正直、自分がキャラにイメージしていた衣装と正反対。

 いやカッコいいのはカッコいいけど!

 タンク装備は基本甲冑的なヤツだから……。


 一言で言うと指揮者。


 水を模しているのか青いスーツで、後ろの丈が長い。

 襟や袖回りに入った白い紋様が綺麗で、中の白シャツには対のように青い紋様。

 うん。海とか水を意識しているんだろうけど、これでどうやって回復するのか不明。

 腰に武器ホルダーがあるんだが、……ちょっと太めの指揮棒? なんだよな。

 どうやって戦うんだ?


「最初は疑似盾ぎじたてすんべ」


 疑似盾というのは、タンクじゃないけどタンクっぽい動きをすること。

 今回でいうと、ヒーラーのバブルミスティックとやら。

 それで一生自分を回復しまくって耐えて耐えてタンクと化し、ヤナに倒してもらう。

 ザ・他力本願。


 今作はレイド戦のような大型コンテンツ以外、二人でやろうと決めている。

 ならどちらかが回復役をしないといけない。

 私は後ほどメインをタンクに変更して、回復スキルをある程度覚えてから回復職をサブ職にするつもりだ。


「まぁ回復もヘイトタゲ引き強そうだし」

「んだ。そっちは?」

「お……わたくしはジェムリンカー」

「それ気になってた。ジェムリンカーってなんぞ?」


 ヤナは基本DPS火力担当。

 だいたいどのジャンルのゲームでも防御やHPはタンクより低いが攻撃力が高い役割。しかし、ヤナ本人は火力キャラを使っても生存能力が高くて効率よくダメージを出す

 私よりは確実にPSプレイヤースキルがある。うらやましい限り。


「どれインフォ……。属性に対応した宝玉を呼び出して、攻撃させる……これビット? タレット? 設置系じゃね」

「あー! 設置型DPSか~。わた……俺はテクい系無理」

《……》


 どのゲームでもテクニックを要しそうなイメージだ。

 ふと画面を操作している最中、一瞬ポンッと鳴ってそれっきり。

 ナビさんが説明したそうだ……。すまねぇ、手探りでやっていきます。

 たぶん聞いたらインフォの内容を答えてくれるんだと思う。

 音声ガイドかテキストガイドかの違い。


「継続ヒットさせると手数が増えるぽい? むしろ、そうしないとダメ出ない? 自分のスキルとビットを合わせてコンボ乗せるみたいヤナ」

「ほーん」

「直感で選んだけど、興味沸いた」

「さす理系。俺は頭使う系は苦手じゃー」

「大器晩成型かぁ。ロマンある。楽しみ」

「コンボ系は考えたくない。それより筋肉だ!!」


 無駄に腕をムキッとさせてみる。

 やばい、スーツだからはちきれそう。


「てか昔のフレに聞いたけどバブルヒラの通称、『ママ』らしいぞ」

「草。バブだから?」

「うむ。誰だよ最初に名付けたの。センスありすぎでしょ」

「っがねーなぁー。ママがつじヒラでイケメンNPCの好感度上げまくるか~」

「そんな都合よく毎度イケメンNPCが魔物に襲われるかいな」


 これからどうするかを話し合うと、とりあえず街はまだ混んでいるのでヤナは戦闘がどんな感じか見てみたいという。とにかくシステムを一通り見ておきたいのは理系っぽい。知らんけど。

 街の外……と言ってもすぐそこまで行くことにした。

 まぁ、私がヒーラーだからギリ大丈夫か?

 探検は後回しだ。

 お金は少量あるようだがアイテムは何もないっぽいので、ヤバくなったら全力で逃げる方針。こういうのも本来チュートリアルでやるんだろう。


「とりあえずパテくれー」

「ういー」


 言われるがままヤナを視界に入れつつ意識して視ると、ターゲットウィンドウが出てくる。そこからパーティに誘った。

 相変わらずVRゲームはノンタゲノンターゲティングなのか、ターゲティングなのかよく分からんな。


「つかチャンネル作る? パテチャでよき?」


 このゲームの音声認識はリアル重視。

 電話みたいな機能は今のところなく、離れた場所にいる人とはテキストでのやり取りだ。

 パテ茶というのはパーティチャット。

 画面左にタブを縮小させているチャットのウィンドウ。その中で、パーティを組んでいる人とのメッセージや、ログなんかが表示される。


 チャンネルというのは任意の者とのグループチャットみたいなものだ。

 パーティを組んでいなくてもテキストでのやり取りが容易。


「いんじゃね? ……あ、でも他の人と組むことになったらめんどいか?」

「そんときゃ個チャでいくね?」

「ういー」

「んじゃレッツゴー」


 私とヤナは門とは反対側を目指して歩いた。


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