1話 青の世界へ


「ほな、また後で」

「ほな」


 リラックスしながら長椅子に横たわる同居人に、別れの挨拶を。

 ……と言っても、またすぐに再会するのであるが。


 ブラエ・ヴェルト。通称ブラヴェ。略称BW。

 『青の世界』の異名を持つそのゲームは、もはやその技術が日常に溶け込んだフルダイブ型のVRMMO。

 脳波を読み込み、まるで自分がその世界の住人となったかのように過ごせるゲームにおいて、今話題沸騰中の最新タイトルだ。


 空の青。海の青。地球の青。つまりは世界の色。

 五感を通して感じることは同じだが、しかしまったく別の世界。

 そんな意味で名付けられたらしい。端的に言うとリアルな別世界ということなのだろう。

 今日はその正式サービス開始日。現在オープン二分前。


 私も同居人も、幼い頃から生粋のゲーマー。

 私はRPG、同居人はFPSをよく好む。互いにいろんなタイトルをプレイしてきた。


 同じゲームをプレイすることもあったが、基本的には別のものをプレイすることが多い。2LDKの我が家において、それぞれ自分の部屋でゲームに没頭するのが常であった。

 隣同士でオンゲをプレイするのも憧れるけど、それが自分たちのスタイル。


「さて」


 私も早速自室へと戻り、背もたれを倒してゆったりと座ることのできる椅子へと横たわる。別世界への入り口である最新のバイザーを装着。


「──いざ!」


 今日は木曜。

 激務の中もぎ取った金曜日と月曜日の有給、それと元々休みの土日。

 ひとまず四日間じっくりと堪能する世界へと、旅立つ。




──────


────


──




 ぱちり。と覚醒した感覚と共にどこかへ降り立ったらしい。音のない世界。

 しかし、そこはまさしく青の世界。

 仰げば果てしない青空。

 下を見れば、うっすらと水の張った白い大地。

 まるで某世界遺産の塩湖のように、その水面は青空を映し出し私は上下の感覚を一瞬失った。


 周囲をぐるりと取り囲むのは、山々でも草原でもなく真白い壁。

 いや、果てしない空間とでも言うのか。

 白い宇宙のような場所になっている。空との境目はまるで分からない。

 ともかく、視覚は間違いなくリアルと大差なく感じることができる。


《ようこそ、ブラエ・ヴェルトへ》


 不思議な空間に圧倒されていると、ポンッとアナウンスが入る。ようやく耳に届いた音は、やけに響いた。

 公式からのお知らせは、今後もこのように入るのだろうと悟る。

 落ち着いた女性のような声をした姿無きナビゲーターは、続けて案内する。


《地球を創造した神。其を愛した女神。彼女が創り出した世界をたゆたうあなたは、どのような者でしょう?》


 なるほど。そういう世界設定なのだなと納得すると、目の前にゲーム画面のウィンドウが現れた。

 それまでゲームの世界だと感じなかったが、こういうのを見るとやはりゲームなのだと思う。キャラメイクのお時間か。


《名前を入力してください》


 宙に映し出されたタッチパネルで、事前に決めていたプレイヤーネーム(PN)を入力する。

 音声認識が働いているのなら、口頭でも良さそうだ。


《種族を選んでください》


 画面が切り替わると、


【人間】

【マフマフ族】

【水霊族】

【エルフ】

夜人ナイトウォーカー

【ドワーフ】

【ガテラガン】


 とあった。


 人間はそのまま。リアルの私たちのような見た目だろう。

 他の種族は事前情報で簡単には理解しているが、せっかくだからと試しにマフマフ族を選択。

 すると、目の前にはデモのキャラだろうか。

 ウサギのような、ふわっとした長い耳がピーンと立つロリ……もとい、幼女。

 少し時間を置くと、今度は垂れ耳のショ……、少年。

 ウサギの獣人であろう彼らが映し出され、しばし動きを鑑賞する。

 耳がぴくぴくと動いたり、小さな体で元気いっぱい走り回ったり。首や手首にあるもふもふの毛が揺れる。

 正直、めっちゃ可愛い。


 だが、私にはこのゲームでやることがある。

 そしてその目的のためには、エルフの美青年。それが必要不可欠なのだ!!


 迷いなくエルフを選択すると、性別の選択。

 選び終えると、今度はビジュアルを設定する際の大枠のプリセットだろう。

 【プリセット1】【プリセット2】……と、いくつか文字列が並んだ。


 私は今回……というかオンゲでは、基本攻撃を受ける役割であるタンク専だ。

 そして大抵男キャラだろうが女キャラだろうが、騎士のような装備に落ち着く。

 大枠のプリセットから、やや筋肉質。元々背や手足が長いエルフの中でも、さらにすらりとした体型を選んだ。

 その後細かい部分を自分で指定できたので、好みに仕上げる。


 正直私がどういうキャラを作るか事前に決めていなかったら、めちゃめちゃ時間が掛かっていた。こんな細かいところまで設定できるとは。

 これで一日終わる人もいそうだ。


 このゲームは複垢禁止で、十八歳以上のみが購入できる。

 ジャンルにもよるが、あまりにリアルな感覚を味わうことのできるVRMMO界隈では、基本的に十八歳以上から購入可のタイトルが多い。

 バイザー購入時、つまりプレイヤー登録の際に身分証の提示も必要なので、盗まれでもしない限りはなりすましも出来ない。

 髪型くらいならゲーム内で変えられそうだが……種族のような情報は難しいだろう。

 ここで慎重に時間を費やすプレイヤーは多そうだ。


 次いで目元、眉毛、髪といった見た目のプリセット。

 選び終えて、細かい部分を調整。


「よし、完璧」


 このゲームで目的達成のためには欠かせないキャラができた。

 我ながら満足の出来である。

 それにしても発せられる声は、依然自分の声のままだ。


クラスを選んでください》


 キャラメイクが終わると、今度は職業選択のアナウンス。

 画面には、


《盾職》

 【ナイト】⇒

 【ダークウォーリア】⇒


《回復支援》

 【バブルミスティック】⇒

 【紋章師】⇒


《魔法火力》

 【魔術師】⇒

 【ジェムリンカー】⇒


《物理火力》

 【拳闘師】⇒

 【剣士】⇒

 【槍術師】⇒

 【弓術師】⇒


《特殊》




 と出てきた。

 それぞれのクラスには上位職があり、そっちの名称は伏せてある。

 特殊タイプの職も同様で、今は選べないらしい。なぜリストに出したんだ。

 生産や採取系の職は、いわゆるクラスクエストのようなイベントを経て解放される。

 ここでは純粋に戦闘職のみを選ぶようだ。


「もちろんナイト……と言いたいところなんだけど」


 私は元々決めていた職業を選ぶと、目の前に先ほどエディットした自分のキャラがホログラムで映しだされる。

 ポンッと音が鳴ると同時に、初期装備に身を包んだマイキャラが自分自身の姿を確認するように見ていた。


 ここはまだ狭間のような空間で、今の自分はまだリアルの自分ってことなのだろうか。

 試しに自分自身の手をよくよく見てみると、確かに現実世界の自分の手。

 脳裏に描く自分の姿をシステムがスキャンして映しているのだろう。


《では、信仰対象を選んでください》

「え」


 そんなのもあるの?

 もちろんファンタジー世界だし、神的な存在はいるんだろうけど。

 『信仰』って、ステータスなんだろうか?


《種族によるステータスの変動はありませんが、信仰には軽微なステータス補正があります》

「へー」


 まぁ軽微なら……なんでもいいか。

 再び画面が映し出されると、


 光の神 メラム

 地の神 ヴァーネミュンデ

 水の神 ゼ=ラナ

 風の神 フォン

 闇の神 エレヴォス

 火の神 ウル

 雷の神 ソルディーン


 とあった。


 うん? ……並び順不自然だな?

 うまく言えないが、闇が真ん中にあるのは解釈違いというのか。

 光が最初にくるなら、次か、あるいは最後か。

 四大元素はふつうまとまって書かれていると思うが。

 RPGだと共通認識的なアレがあるけど……。

 もしかして、種族の並びと何か関係がある?


 しかもステータス補正、載ってない!

 ナビゲーターさんに聞けば答えてくれそうだが。軽微というからには、そこまで重要ではなさそう。

 ええい、これはもう、あれだ。



 ──顔で決めよう。



「一番イケメンな神様はいますか?」

《………………ブラエ・ヴェルトにおいて、女性に最も信仰されているのは闇の神エレヴォスです》

「ほうほう」


 おお。さすが自律型AI。若干引いて、言い淀むのもちゃんとしてくれるんだな。

 すまん。神相手に誰がイケメンとか、不敬だよな。

 ちゃんとデータに基づいて当たり障りなく紹介してくれるのは助かった。


「じゃ、エレヴォスで」


 一応このゲームで目指している職業的には、光の神を選んだ方がよさそうな気はするけど……。まぁ、このゲーム自由が売りだし、いっか!


《……あなたが最初に降り立つ街は、どちらでしょう?》


 姿無きナビゲーターは、まだ私に引いている気がするが気にしない。


 【人が治める地 アセドラ】

 【水霊族が治める地 ニト・ラナ】


「ニト・ラナで」


 これは相方と最初に決めていたので、即答。

 やはりというか画面に触れなくとも、口頭でいいようだ。


《この先、あなたは多くのことを経験するでしょう。しかし、不安に思う必要はありません。女神はあなたを見守っていますし、チュートリアルという機能もあります。その時がくればまた、お会いすることでしょう》

「どうも」

《それでは──》


 そう言うと、何もなかった場所に扉が現れた。

 いや、扉というにはおかしくて。まるで目の前の景色がそのまま開いたかのようにぽっかりと四角い空間ができていた。

 その先に見えるのは、恐らくはじまりの街──ニト・ラナ。


「行きますかぁ」


 その景色へと迷いなく踏み込む。

 さぁ、……ゲームスタート!


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