第2話:出会い


 めっちゃムラムラする。


 5年ほど前に転生して、どこか良く分からない森に転送された僕がまず思ったのはそれだった。

 いや、良く知らない場所に放り出されて最初に思う事がそれかと、呆れられるかもしれないが、ムラムラするものは仕方がないのだ。


 人間、命の危険になると子孫を残そうとして性欲が高まるというので、きっとそのせいだろう。

 なぜ分かるのか? だって、僕は転生したのだ。

 要するにと思った所からの継続だ。

 性欲が最大限に高まっていたとしてもおかしくはない。


 まあ、何はともあれ転生した直後の僕はムラムラしていた。

 恐怖や困惑というものを全て忘れる程に、ムラムラしていた。

 もしも、近くに女性が居たら老婆でも抱けていた程だ。


 しかしながら、幸か不幸か僕の周りに居たのは魔物だけだった。

 大型のウサギのような魔物。今なら名前は分かるが、ビックラビット。


 ここでも僕は運が良かったと思う。

 もしも、最初の敵がスライムだったら、きっとオナホ代わりに使おうと思っただろうから。

 仮に僕にケモナーの素質があれば、僕の初体験は確実にビックラビットだっただろう。

 それ程までに、僕の愚息は命の危機に過敏に反応をしていた。


 だが、幸運にも僕の貞操は守られた。

 今でも童貞でいるのは、なけなしの理性がビックラビットを敵と判断したからだろう。


 そして、僕は転生特典である膨大なMPを使い、魔力弾を放ってビックラビットを倒した。

 すると、僕の中で何かが成長するのを感じた。そう、レベルアップである。

 そして、ビックラビットの死体は消えて加工された肉だけ落としていった。

 ドロップアイテムというやつだろう。


 ここまで来れば、ここがどういう世界か分かる。

 ここはゲームのファンタジー世界みたいなところだと。


 それに気づくと、僕は途端にウキウキとしてきた。

 相も変わらず、股間の愚息もウキウキしていたが、その時は喜びで誤魔化せた。


 ゲームのような世界にチートを持って転生。

 もう、これは俺Tueee!展開間違いなしである。


 すぐにでも森を抜けて、パーティーを作ってハーレムをしようと思った。

 しかし、僕はその時あることに気づいた。


 ―――雑魚モンスターを1匹倒しただけでレベルアップするってことは、レベル1なのでは?


 いや、先程のレベルアップでレベル2ぐらいにはなっているかもしれないが、やはり弱い。

 こんな低レベルでは、パーティーを誰とも組めないのではないか。

 そう考えた僕は、森を抜けるのをやめてレベルアップに勤しむことにした。

 幸い、前世でサバイバル技術を学ぶ機会はあったので、何とか生きることは出来るだろう。


 そう楽観的に考えて、僕はレベルアップのために、魔物を狩り続ける日々に選んだのである。

 このことが、僕の運命を大きく変えることも知らずに。






「魔物が町の付近に出ることが多くなってる?」

「そうなんですよ、勇者様。『始まりの森』に居るはずの魔物が、最近よく町に出てきているんです」


 ギルドと酒場が併設した受付で、勇者様と呼ばれた女性、ヒルダは妙な話を聞いていた。

 話し相手は受付嬢。ピチッとしたタイトスカートでふくよかな尻を包んだ、眼鏡をかけたいかにも仕事が出来そうな女性である。


「魔物が出るのは、普通の事じゃないの?」

「いえいえ、低級の魔物が住処である森から出て町に来ることほとんどありません。出現したとしても、縄張り争いに負けて逃げ出した数匹とかぐらいです」


 魔物が現れるのは珍しくない。

 そう告げるヒルダだったが、受付嬢に否定されてしまう。

 魔物だってバカではない。自分より強い人間が住む町には、基本近づかない。

 だというのに、多くの魔物がそれを無視して町まで近づいている。

 それは、つまり。


「……人間よりも恐ろしいものが森に居て、それから逃げ出している?」

「ギルドの考えでは、恐らくはそうではないかと……」


 自分達の住処に何か、恐ろしい存在が現れたということだ。


「まさか魔王が魔物をけしかけさせている?」

「それは……分かりませんが、異常事態なのは間違いないです。なので、勇者様にはその調査に向かって欲しいのです。もちろん、報酬も払います」


 そう言って、受付嬢は手元の紙に依頼料を書いて見せる。

 通常の調査依頼の相場よりも高い値段。

 それが誠意だった。


「分かったわ、その依頼受けるわ」

「ありがとうございます! くれぐれも、気をつけてくださいね」

「ありがとう。アイリス! いつまで、食べてるの? クエストに行くわよ」

「ん? おーう、食後の運動のクエストか」


 ヒルダは食事を楽しんでいたアイリスを、叱責してギルドから出て行く。


「恐ろしいものね……鬼が出るか蛇が出るか……望むところよ」






「こりゃ、ヒデェな」


 始まりの森を進みながら、アイリスがポツリと呟く。


「ドロップアイテムが、回収もされずにまき散らされている……」


 辺り一面に散らばっているのは、魔物が死んだ際に残すドロップアイテム。

 肉や、木の棒、爪など。どれも下級魔物が落としたものだ。

 アイテムそのものに異常性は見られない。

 しかしながら。


「これをやった犯人は、魔物を殺すことにしか興味を抱いてないようね」

「せめて、持って帰って店で売りさばけばいいのによ。もったいねぇ」


 異常なのは、ということだ。

 肉を得て食べるためでも、武器を制作する材料を得るためでもなく。

 ただ、魔物を殺すことだけが目的であると、その惨状は物語っていた。


「経験値稼ぎつっても異常だ。大量の雑魚をこれだけ簡単に殺せるなら、もっとレベルの高い魔物を殺す方が効率が良い」


 レベルを上げるのが目的かと思うが、通常ならこんなことはしない。

 始まりの森に居るのは低級魔物だ。もっと、強い魔物を狩った方が効率が良い。

 初心者なら大量には魔物を殺せないし、上級者ならわざわざこんなことをする意味がない。

 つまり、考えられる可能性は3つ。


「殺すのが趣味のイカれた奴か、魔物に復讐心を持ってる奴。もしくは……自分以外の全て攻撃する臆病者だ」


 殺人鬼予備軍か復讐者、もしくは常軌を逸した臆病者。

 魔王などの線もあったが、悪戯に戦力を減らすだけのことはしないだろう。


「気をつけろよ、ヒルダ。どっちだとしても、これやった奴は

「ええ、分かってるわ」


 斧を握り締めるアイリスの言葉に、ヒルダは静かに頷いて勇者の剣を構える。

 やろうと思えば、同じことぐらい2人は出来る。

 だが、まずやろうとは思わない。故に相手は異常なのだ。


(心してかからないとダメね)


 異常者とは、強者以上に気をつけなければならない存在だ。

 ただ、強いだけなら対策は思いつける。


 しかし、異常者は思考が常人のそれとは違う。

 意識の外にある攻撃。

 それが戦場において最も恐ろしいものであることを、30を超えるまで戦場で生き続けたヒルダは良く知っていた。


「アイリス。状況から考えて相手は、まだ近くに――」


 ガサリと茂みから僅かな音がした。


「―――ヒルダ! そっちになんかいるぞ!」

「ええ! 逃がさないわ!」


 だから、一瞬の隙も与えず制圧する。


 その考えのもとにヒルダは茂みに飛び込み、何者かを押し倒して馬乗りになる。

 そして、後は剣で何者かの喉を引き裂けば終わりといった所で、初めて気づく。


「……子供…?」


 自分が馬乗りになっている相手が、唇を噛みしめて血走った目でこちらを睨みつけている子供であることに。






 皆様はRPGゲームをプレイする時、次のステージに行くときにどうしているだろうか?

 ストーリーが気になるので、さっさと進める派か。

 イベントやクエストを全て消化して、レベルをある程度上げてから進む派か。


 因みにだが、僕は後者である。

 特に、この世界は現実だ。一回の死で人生のゲームオーバーなので、より慎重になる。


 そろそろ、レベルが上がりづらくなって来たなぁと感じても、まだ不安だと森に残る。

 そして、質がダメなら数だとばかりに、今日も手当たり次第に魔物を倒す。

 アイテムが出てくるが、持ち運ぶのも面倒なのでそのまま捨てておく。


 まさに、ゲーム感覚だった。

 だからこそだろうか、ヒルダさんに痛い目に合わされたのは。




「……子供…?」


 僕を押し倒して、青い目を驚きに見開く白い鎧を纏った銀髪の女性。

 押し倒された状態で馬乗りになっているので、彼女のお尻と太ももの温かさがもろに伝わってくる。


 当然、僕は勃起しそうになる。

 だが、それは出来ない。剣を突き付けられているのだ。普通に殺されかねない。


 なので、唇を噛みしめて痛みで性的興奮を抑えようとする。

 そして、彼女の豊かな胸から何とか目を離して、目だけ見つめるようにする。

 どうしよう、変な目になっていないだろうか?


 こんなことになるなら、久しぶりに見る女性の尻を盗み見しようしなければよかった。

 いや、でも、こんな高身長デカケツ美人の尻を見過ごすなんて、僕にはできない。


「おい、ヒルダ。そいつは子供か?」

「そうみたいね。でも……単なる迷子って訳じゃなさそう」


 そう言って、僕の服装を見つめるヒルダと呼ばれた女性。

 因みに、僕の服装はサバイバル知識によって作られた、ザ・野生児な服装である。

 もろに、森で暮らしてますとアピールしている服だ。


「ねえ、あなた。なんでこんな所に居るの?」

「……う、ああ」


 話そうとするが、ずっと1人で居た弊害か声が出てこない。

 人と話していないと喋れなくなるって本当なんだな。


「あんた、もしかして親が居ないのか?」

「ちょっと、アイリス!」

「子どもがこんな所で喋れなくなるまで、住んでるんだ。十中八九そうだろうよ」


 褐色のビキニアーマーを着た女性が僕を見下ろす様に近づいてくる。

 この角度だと、ビキニアーマーのパンツ部分が滅茶苦茶際どくて、中身が見えそうになる。

 当然、勃起しそうになるが、そういう訳にもいかないのでさっきと同じように、目だけ見つめる。


「そんなに睨むなって、自分以外敵だって気持ちはわかるけどよ」


 ダメだ。少し歳はいっているが顔も美人で、良い匂いもする。

 顔を見ているだけで下半身が熱くなってくる。


 仕方ないので、彼女達以外の物を、武器を見ることにする。


「……武器が気になるのね。いいわ、武器は置くわ。アイリスあなたもよ」

「ああん? まあ、いいけどよ」


 あ、違うんです。

 武器を怖がっているわけじゃないんです。

 仕方ない。ここは、彼女達から目線を外そう。


「怖がらなくていいわ、こっちを見て。私達は話を聞きたいだけなの」


 違う、そうじゃない。そう言いたいが、喋れないので当然伝わらない。

 ヒルダさんは、優しい声で話しながら僕の上から退いてくれる。

 大きくやわらかな、お尻から太ももにかけてのラインの感触が失われたのが、酷く名残惜しいが、これで勃起の危険は低くなったので良しとするしかない。


「喋れないなら、頷くだけでいいわ。分かる?」

「……う」


 優しい声で、僕と視線を合わせようと屈みこむヒルダさん。

 おかげで、豊かな胸が長い脚に潰されて、より強調される。

 尻派の僕でも、これはエロいと認めざるを得ない。

 再びの勃起の危機である。


「まず、あなたに親はいる?」


 首を横に振る。

 転生した時から、この森に居るのだ。

 親は居ないとみて間違いないだろう。


 なので、悲しそうな目で見ないでください。

 別に捨てられたとか死んだという訳じゃないので。


「どうして、ここに居るかは分かる?」


 これも首を横に振る。

 そもそも、ここがどこかも俺は知らないのだ。

 普通に生きてはいけるが、何で居るかといわれても分からない。


 いや、だからより悲壮な顔にならないでください。


「……次に、ここで魔物を殺したのはあなた?」


 これには頷く。

 すると、今度は一気に2人の顔が険しくなる。

 魔物を倒しただけなのになんで?


「どうして? ただ、殺すためだけのことをしたの? 食べるためでもないのに?」


 そこまで言われて、ハッと気づく。

 ゲーム気分で経験値の稼ぎにと魔物を虐殺していたが、現実で例えるとどうだろうか?


 ゲーム気分で小動物を殺して回る、ヤバい少年である。

 ゲームは有害だと、叫ばれる理由にもなる行動だ。


 流石に不味かったと思い、素直に頭を下げる。


「謝ってるの…?」


 頷き返す。

 冷静に考えると、間違いなく虐殺だ。

 ゲーム気分から、一気にここは現実だと冷や水を浴びせられた気分である。


「………最低限の倫理観はあるのに……どうして……」

「ああ……そういうことかよ」

「アイリス?」

「ヒルダ、こいつは臆病だ」


 アイリスさんの臆病という言葉に思わず頷く。

 だって、そうだろう。

 この森に残った理由は、パーティーが組めないかもしれないという怯えなのだから。


「臆病だから、怖いから、周りの敵を全部殺して、自分の安全を守ろうとする臆病者だ」


 けなされているような言葉だったが、どういうわけかそこには同情があった。

 まるで、かつての自分がそうだったとでも言うように。


「……そう。あなたがそう言うなら、そうなのでしょうね」


 何かを思案するようにヒルダさんが目を閉じる。

 そして、再び目を開いた時。



「ねえ、あなた。私達と一緒に来ない?」



 僕は抱きしめられていた。


「私ならあなたを守ってあげられる。だから、安心して」


 まるで、母親のような温かさと柔らかさで僕を抱きしめるヒルダさん。

 それに対して、僕は抱きしめ返すべきだろうかと思うが、それは出来ない。

 彼女にそれ以上近づこうとせずに、ただ、小さく頷くに留める。


「……うん」


 なぜなら――



「私はヒルダ。これからあなたの母親代わりになるわ」



 ―――抱きしめられたおっぱいの感触で、完全に勃起していたから。


 尻派失格である。

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