第2話 埃及組



ー「うああああああぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!!!」

 「…………」ー


まず愛里香が対峙したのは、比較的ガタイの良いナイフを持った男。

根性と力に任せて突撃してきたのに対し、距離が縮まったのを見計らって腰にローキックをお見舞いした。

さっき一目散に逃げてただけのことはある。

臆病で実力が無いんだね。


壁に体を打ちつけた男は、腰の骨をヒビが入る一歩手前まで傷めたことにも気付かぬまま、銃弾を喰らい絶命した。


そして愛里香は階段を駆けた。

仄暗い廊下で目を光らせて、暗がりにしゃがんで隠れていた一人を一撃で射殺した。


「…あと一人………」

もう一人は金髪白Tの細い男。

絶対逃さないもんね。

愛里香はフロアを全て見回り終え、階段を上がろうとした。だが、この上が屋上だということを思い出した。


「……てことは…、上じゃないな…。」

今廊下に隠れてた奴みたいにどっかで上手く撒いて、外に出ようとしてるのかもしれない。

このビルは4階建てだ。

今愛里香が居るのが4階なために、仮に2階に隠れていた場合足じゃ追いつけない。



さてどうするか。 



ここで彼女は、躊躇いも無く屋上に出た。

 


☆☆☆☆☆☆



少しぬるい風が吹いている。心地の良い風だ。

彼女は屋上の隅の一角に駆け寄って屈み、ギターケースを開けた。


その中身はスナイパー。

彼女が愛用している一番の得意武器だ。


実は昨日、建物の構造を知るために彼女はここにやってきていた。

その時ここに隠しておいたのだ。




取り出したその手の慣れた手付きで弾を詰め、殺意を込めてセーフティを外す。

そして柵に足をかけて下を見下ろした。


「…………ん、…ビンゴっ。」


すると丁度小さく見える黄金こがね色のケサランパサランが、大通りへ続く道へと移動しているところだった。



愛里香は容赦無く長細い銃口を男に向けた。

こだわりのスコープをあてに狙いを定め、静かに息を吐きながら引き金に手をかける。 



風は既にいでいた。


もう助かったも同然だと思っていた男は自分が死んだことにも気付かぬまま、見事心臓を撃ち抜かれて息絶えた。

数メートル先に人がいるような路上で力無く倒れる様は、踏み潰された道端の虫さながらだ。

 

こうして愛里香の仕事は終了した。





彼女は男の心臓部に穴が空いているのをスコープで認め、ふーっと息を吸った。




「…………お腹空いたなぁ…。」


今夜はどうしよっかな。

…餃子食べたいな。あ、カレーも食べたい。


愛里香はギターケースにスナイパーをしまって屋上を去った。


きゃあああああああああああっ!!!!!



「あ、やば。」


階段を降りていた彼女は外で叫び声がしたのを聞き取ったと同時に段飛ばしをはじめた。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「お疲れ様でした。」

「んー。」

「じゃあ、出発しますね。」



それから7分後、愛里香は黒いバンの後部座席に乗っていた。

このバンは『埃及あいきゅう組』という暴力団のもの。運転しているのはその組の人間だ。


「…大丈夫でしたか?」

「んー?大丈夫って?あー、私?」

「は、はい。」

「んー。やさしーんやねー。」



愛里香は席にもたれながら夕飯に何を食べるか考えていた。

彼女にとって運転手の男の声は、正直雑音でしかなかったし、そんな露骨な態度は既に読み取られていた。


「あ、あの…。」

「…ん?…よく喋るね君。」

「あの、〝エリーさん〟は、なんで俺たちの組に力を貸してくれるんですか?」

〝エリー〟というのは彼女の呼び名だ。

まさか敢えて本名からもじっているとは思わないだろう、と思いこの名前にした。

彼女からすれば自分がどう呼ばれてようが

どうでもよかった。


「…………、ごめんなんて?」


「だから、なんで貴方は、殺し屋なんてされてるんですか?

てか俺…何度も運転手させていただいてるんですけど………。」


「あー。そうなの。ごめん。

…人の顔覚えんのニガテでさ。

……んで、……なんだっけか?」


「だ、だからっ。どうしてエリーさんは、俺たちの組専属で殺し屋をしているのか、教えてもらいたいんです。」


「あー…………。それね。」


男が語った通り、愛里香は埃及組専属の殺し屋をしていた。

組の依頼と、組の人間や組員の身辺に被害が及ばない範囲で外部から依頼を受け、活動する。

約300以上の依頼を受けてきて、しくじったことは2回。

評判としては殆どよかった。


「秘密かなー。そういうのってぺらぺら喋るもんでもないと思うし。」

「……。」

「なんで気になるのさ?」

「…いや、ただの好奇心で…」

「ふうん。だったら、黙ってるね。」


そうして愛里香は指弄りを再開した。




この現代において殺し屋なんて存在が信じられているかと言われれば、無論そうではない。

だが復讐や利益を目論み誰かの死を望む者がいるというのは、いつの時代にも言えること。

『…彼女が寝取られましたっ…。』

『……詐欺の片棒を担がされて…』

『…あいつがいたら、僕は安心して生きられない…。』


依頼主の重たい口から語られる事情がどんなものでも、金が手に入るなら喜んで殺した。


そんな風に殺しを楽観できるようになったのはいつからだったっけな、


彼女は不意に思った。

というのも、彼女がこの界隈に身を投じたのには、埃及組に関する事情があってのこと。


だから埃及組専属の殺し屋になった。

そしてかくいう彼女も当初は、殺しに抵抗が無かった訳ではなかった。


「も、もうすぐ本部ですよ。」

「はいよ。」


埃及組のかしらとは14年の付き合いになる。

彼女は今年28歳。殺しを始めたのは14歳。


愛里香は久々に会う頭の無精髭姿を想像しながら14年前のあの日を、

初めて殺人に手を染め、頭と出会った日に

思いを馳せた。

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