スナイパー・エリー

ガノン

第1話 プロとしてー


ー 時は現代。蒸し暑い夏の暮れに。ー




高崎愛里香たかざきえりかは鼻歌を歌っていた。



曲はALIと般若の『Professionalism』

確か歌詞は別の方が書いたんだよね。

いつの曲かは覚えてないが、2024年の頭くらいに出た曲だと、彼女は認知していた。


「『理不尽な世界で唯一平等な命』を

 無駄にしたくなきゃじっとしろ。」



なんて的を得た歌詞なんだろうな、と初めて聞いたときは思った。


結局この世の中は堅実が一番。

それは彼女が人一倍理解していることの1つだった。


…実際は、堅実に生きてもお金持ちには到底なれないのが今の日本なんだけどね。




だからストレスが溜まる。

だから悪い事する奴もでてくる。

まぁそんな奴らがいるからこそ、は食っていけるんだけど……。


愛里香は目前に低くそびえるビルを改めて眺めた。仄暗ほのぐらく寂れており、いかにも廃墟といった様相をていしている。


見かけだけ近寄りがたいそこにがいるという話だ。

詳しくは知らないけど、仲間と人身売買に手を付けたんだって。

しかも誘拐してさらった子供が犠牲らしい。


…ホントなら文字通り最低だよね。


愛里香は一度足を止めた。

〝どうせ誰も入ってくるまい〟という魂胆からか、思わず笑えてくるくらい粗雑そざつな施錠がされた入り口がある。


「…プロとしてー。 ………なんちゃって。」



彼女はそこから、堂々と侵入していくことにした。



「Professional silent lier♪

don't chase me now♪

危ない態度 退路 純粋な世界♪

bye-bye Baby bye-bye♪

いつかは you're mine, you're mine♪


Professional idea my dear everyday life♪

危ない夜焦がしてくたばるくらい♪

狂った愛で繋いでてくれ♪甘い眩暈♪


Daylight and moonlight Let's paint with love♪ Heartaches and trouble are midnight's best friend♪ It's all right♪ It's all right♪

Your tears in my trap♪ Ohh Ohh♪

We need somebody♪」


「ー!……ー。……ー…く。」

「……ぁ!ーー……!!」

「…………ぃ……。……………!」




コンコンコンっ




愛里香は明かりとしょうもない馬鹿騒ぎが

漏れている部屋のドアをノックした。




中からの雑音が消え、代わりに椅子を引く音が聞こえた。明らかに部屋の中の人物数名は狼狽しているようだ。


「……誰だ…。」

「……、わっ…分からねえよ…。」

「……バレたんじゃねぇだろうな…?」

「…、……お、おめぇが行けや…」


なんて言葉が聞こえた気がした。



ドンッ!!ガァァンッ!!!


床に足を踏みしめた音が響く。

そして次の瞬間にはドアが勢いよく開き、丸々と肉づいた顔の男が現れた。

首元には厳つく黒光りするぞうの入れ墨が入っている。


「…っ誰だぁつ!?!!」

その男はハンドガンを握りしめていながらも恐怖と緊張で足が震えていた。


しかしそれらの感情は困惑と一層の恐怖に

置き換わることになる。


まず男の視覚は誰も居ない廊下を認識した。

だが、誰も居ないというのは大きな間違いであった。


「っ!?!!!!」






直後、

男は絶命に等しいダメージを受けていた。


男が勢いよく開けた扉の向かいに愛里香は

屈んでいた。

男が彼女の存在に気付いたのとほぼ同時、

愛里香は体を捻って男の顎を全力で蹴り上げた。

それによって男は海老反りになる程度後方に打ち上がり、思い切り小脳を床とぶつけることになったわけだ。

小脳は人間の平衡感覚を保つ箇所。

いわば最も直接打撃を受けるとまずい部位。

そこに大きな衝撃を受けた男は、愛里香の手に握られていたリボルバーの凶弾を頭に喰らい完全に絶命した。



「……………は……………?」


その場に居る男は象の入れ墨男の他に計5人。その全員が、まるで映画のワンシーンを観ているような気持ちで、仲間が死ぬの瞬間を目に焼き付けた。


それを受けてひたすら戸惑う者、

飛び散った血に畏怖して叫びだす者、

人の死という凄惨な場面に嘔吐する者、



今から自分もこうなると思っている者なんて一人もいなかった。

恐らくはそんなこと認めたくなかったんだろう。頭のどこかで分かってはいたものの。


男の屍をまるで段差のように跨いで部屋に入った愛里香。

…人身売買してる奴が吐いたりはしないな。

あれは単なるウワサだったか。


「大人しくしな。

一発でらくーに殺してあげるから。」

彼女は真顔のまま、威嚇を兼ねてその

ローボイスを響かせた。



全員は声も出ないくらい驚いた。



自分たちの前に現れた死神が女だったから。 


どんな屈強で恐ろしい奴が自分たちを追ってやってきたのかと思えば、その正体が女だったから。


全員が愛里香を直視した。

へそが見えそうなサイズのキャミソールに薄い黒のカーディガンを羽織っていて、白いミリタリーズボンを履いている。

身体つきはしっかりしていて顔は端正。

間違いなく美人の部類。

そこに拍車をかける膨れた乳に、極めつけのくびれから尻にかけてのカーブ。

どえろい女だな、と場面も弁えず思った。


だが乳よりも尻よりも何よりも、彼らが注視しなければいけなかったのは、彼女の手に握られたリボルバーだった。

西部劇にでてくるようなデザインだ。

それは大きさの割には重厚そうに存在し、発砲して使わずとも男たちの精神をゆっくりと追い詰めていった。



「う、うあああああぁあ゙ああ゙あ゙っ!!!」


それに耐えられなくなった最年少の男は後方の扉から場を離れようとした。

しかしそれを逃さない愛里香。

念の為2発放ったその弾は、男の肩とうなじ辺りに命中した。

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」


絶命には至らなかったが、男は膝から崩れ落ちて痛みに悶えた。これなら多少放っておいても芋虫程度にしか動けないだろう。


「大人しくしてってば。」

「…ひっ……」 


愛里香はすくむ男達を左から順に射殺していくことにした。

でも、愛里香は一番右の男をまず殺した。


今しがた脳に弾を喰らって倒れた右の男の手に、ピストルが握られていたからだ。

視界の端で上着から何かを取り出すのが見えたために直感的に殺した。


「あっ……、……もぉ………。」


しかしその隙に残りの3人はというと、一斉に後ろのドアから部屋を出ていった。

早撃ちで仕留めようとも思ったが無駄打ちになるのを避け、敢えて見逃した。


そしてその拍子に踏んづけられたりドアを

ぶつけられたりした最年少男。

彼は青くなった顔で涙を流していた。


「………めんどくさっ………」



そっちのドアから外に出るにはエレベーターを使わないといけないし、電気がとっくの昔に止まってるのは確認済みだ。


待ち伏せでもされるんかな。

………いい趣味してるね。



愛里香はのこのこと誘いに乗っていった。 


場数を踏んできた殺し屋である彼女が返り討ちにあう可能性など、ぜろに等しいと言えるだろう。

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