第3話

 学園にまつわる噂――

 その話は、昭和の頃まで遡る。当時、全寮制であった学園でちょっとした騒動があった。

 ある女子生徒と若い教師が恋仲となり、女子生徒が妊娠したというものだった。

 あろうことか、相手の若い教師は学園長の娘婿であり、妻は妊娠中であった。女子生徒とは妻の妊娠中の不倫であり、その話はすぐに学園長の耳へと入った。生徒と教師は学園長に別々に呼び出され、お咎めを受けた。その結果、女子生徒は退学処分を言い渡され、教師の方は減俸一ヶ月という処分だった。

 なぜ教師の処分が軽く、自分だけが退学処分を受けなければならないのか。女子生徒は憤怒した。そして、教師との関係をすべて暴露し、教師の処分の軽さに抗議をするといった態度を見せたが、その数日後に女子生徒は学園寮の自室で首を吊って死んでいるのが発見された。

 当時、この事件については報道されることもなく、学園側も一切を公表しないまま、闇へと葬り去られたのだった。

 女子生徒の死亡から数カ月後、学園寮で赤ん坊の泣き声が夜な夜な聞こえるといった噂が流れた。学園側も色々と調査などをおこなったが、赤ん坊などはどこにもおらず、なにか動物の鳴き声を聞いて勘違いしたのだろうと噂を消し去った。

 その後、時代と共に学園寮は閉鎖され、学園の校舎もすべて新しいものへと建て替えられた。元学園寮のあった場所には現在は体育館が建てられており、誰も過去にそんな噂話があったということなど忘れ去っていた……はずだった。

 先月、体育館の舞台裏にある奈落で、ひとりの女子生徒が首を吊った。その生徒は教師と不倫関係にあり、妊娠していたという噂が流れたのは先月のことだった。

 舞台裏にある奈落と呼ばれる場所は半地下となっており、体育館の舞台を使用する際に控室だったり、衣装チェンジをしたりする際に使われている場所でもあった。

 そこでひとりの女子生徒が首を吊った状態で発見されたのだ。彼女の姿を最後に見たという生徒によれば、彼女は奈落でバレエの練習に励んでいたという。奈落には光を取り込むための小さな窓が設置されており、それは外から見ると地面すれすれの場所にある窓だった。最後の目撃者となった生徒はそこから、彼女のつま先だけを見たのだという。

 まるでバレリーナが踊るかのように、つま先立ちになってクルクルと回ったりして見せていた。

 目撃者の生徒はそう語ったが、実際には首にロープを掛けてもがき苦しんでいる状態だったのだ。

 この事件をきっかけに、再び学園内でおかしな噂が流れ始めた。

 舞台裏の奈落で誰もいないはずなのに足音を聞いたとか、赤ん坊の泣き声を聞いたとか、放課後だれもいないはずの教室で女子生徒の影を見たとか……。

 もちろん、噂には尾鰭がついてまわるということは重々承知している。

 だが、噂が噂を呼べば、本物を呼んできてしまうということも確かだった。特に低級霊となると、そういった噂を聞きつけて集まってくるような連中も少なくはない。やつらは負のエネルギーが大好物なのだ。

 おそらく、学園内でおかしな現象が起きはじめているというのは事実だろう。それは集まってきた低級霊どもの仕業だと二階堂は考えていた。

 ただ、腑に落ちないこともあった。それは女子生徒の自殺について学園側が何も報告をしていないということである。自殺があったということは、このエリアを管轄している警察署に確認しているので、それは事実だった。しかし、学園側は自殺があったという事実は認めていないのである。そして、自殺した女子生徒の相手だったという教師も誰だったかはわかってはいない。

 なにか厄介なことを抱え込んでいるのではないか。二階堂はそんなことを思いながら、生徒たちがすでに帰宅した後の体育館へと足を踏み入れた。

 しんと静まり返った体育館というのは、どことなく不気味だ。普段騒がしい場所が静かだとここまで違う姿を見せるのかと思わされる。

「わあ、体育館広いですね、先生」

「そうだな。特にこの学園はスポーツに力を入れているらしいからな」

 体育館はかなりの広さがあった。天井には昇降式のバスケットゴールがあり、バレーボール用のネットはボタン一つでポールが床からせり上がってくるようになっている。また、二階、三階に客席があり、舞台を使う際には一階部分に席が下から出てくるようにもなっていた。

 ふと舞台の方に視線を向けると、そこには人影があった。

「誰だ、あんた」

 先に声を掛けて来たのは向こうからだった。体育館の正面にある舞台の上に立った若い男。金髪のマッシュヘアに丸いサングラス、右耳と右の鼻の穴の脇を繋いだピアスチェーン。服装は体のラインが分かるほどにタイトな黒のレザージャケットとレザーパンツで足元は編み上げブーツといった特徴的なファッションセンス。どこからどう見ても、この学園の生徒や関係者で無いことは確かだった。

「あんたこそ、誰だよ」

 いけ好かない男だ。二階堂はそう思いながら男に言葉を返す。

「学園の関係者……というわけじゃなさそうだな。とんでもないバケモノを連れやがって」

「バケモノ?」

 その言葉に反応したのはヒナコだった。

「そっちこそ、学園の関係者じゃないだろ。そんなチャラチャラした格好のやつ、学園内じゃ不審者にしか見えないね」

「おれはこの学園の生徒会に頼まれて、調査をしているんだ。お前みたいなバケモノを操って騒動を起こすようなやつがいるからな」

「なんだと。こっちだって学園長に雇われて調査をしているんだ」

「笑わせるな。バケモノを連れて調査だと」

 男はそう言うと舞台から飛び降りて、二階堂のところまで近づいてきた。

「そのバケモノ、祓ってやろうか」

「何だと」

 二階堂と男はにらみ合いになる。その様子をヒナコは近くでオロオロとしながら見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る