第2話
二階堂は探偵だ。フリーランスの探偵であり、個人でやっている私立探偵といったところだ。特に探偵事務所があるというわけでもなく、依頼があればこちらから出向いていって依頼を受けるという形式を取っている。また探偵としての宣伝はまったくしていなかった。そのためネットで検索しても二階堂の探偵業についての情報は何ひとつ出てこない。客は知り合いからの紹介や口コミのみでやってくるのだ。
そんな状態であるため、探偵だけの収入では生活することはできていない。そのため、二階堂は週5でアルバイトを行っている。ある時は飲食店の配達員、ある時はコンビニエンスストアの従業員、ある時は巨大倉庫の荷下ろし要員などなど。これではどちらが本業なのかわからなかった。
依頼は月に一回でも入れば良い方で、その依頼も大半は特殊なものだった。いや、特殊な依頼は、特殊なものだからこそ二階堂のもとへとやってくるのだ。
「先生、きょうはお仕事?」
姿見の前で二階堂が身支度を整えていると、ヒナコが話しかけてきた。
ヒナコは二階堂の助手だった。年齢はわからないが、見た目では十六歳くらいの少女に見えるときもあるし、二十歳を超えた大人の女性のように見える時もある。女性に年齢を聞くのは失礼である。そう考えている二階堂は、ヒナコの年齢を知らなかった。
「まあ、そんなところだ。恵比寿から連絡があった」
「じゃあ、ヒナコも行く」
ヒナコは嬉しそうに言うと、先ほどまで着ていた部屋着を脱ぎ捨て、出かける支度をはじめていた。
待ち合わせ場所は、いつも同じ喫茶店と決めていた。そこは駅から少し離れたところにある個人経営の喫茶店であり、レンガ造りの外装でレトロな雰囲気がとても良かった。二階堂もその店を気に入っており、足しげく通う常連客でもあった。
「いらっしゃいませ」
二階堂が店に入ると長髪の白髪頭のマスターが声を掛けてくる。マスターは白シャツに薄茶色のベスト、ループタイ、ジーンズといったウエスタン・スタイルであり、それがまたよく似合っている。
店の奥まったところにあるテーブル席。そこが二階堂の指定席だった。
「ホットコーヒーとサンドイッチを」
二階堂は自分の注文をマスターに告げる。ヒナコはメニューのドリンクと軽食のページを行ったり来たりさせながらまだ悩んでいた。
しばらくすると、
恵比寿は二階堂の前に勢いよく腰をおろすと、マスターにカルボナーラ大盛りを注文する。
「なあ、二階堂。面白い話を聞いたんだ」
「いつも言っているかとは思うが、俺は面白い話じゃなくて仕事の話を聞きに来たんだ」
「そう焦るなって。面白い話も結局は仕事の話なんだから」
二階堂に仕事を持ってくるのは、いつも恵比寿だった。口コミでやってくる客。それは恵比寿の知り合いだったり、その知り合いの知り合いだったりする。恵比寿の仕事は二階堂に仕事を紹介するということであり、依頼金の二〇パーセントを恵比寿が貰うことになっていた。
「なあ、恵比寿。お前、
眼鏡を掛け直しながら、二階堂は恵比寿に言う。
二階堂の眼鏡。それは不思議な力のある眼鏡だった。そのレンズは特殊なものであり、霊能力が無くても霊体が見えるという代物なのだ。二階堂はその不思議なレンズの眼鏡を使って探偵の仕事をこなす。だから二階堂に持ち込まれる依頼は特殊なものばかりであった。
「よせよ二階堂。それは冗談でも笑えない」
「そうか?」
悪びれた様子もなく二階堂は言うと、コーヒーをひと口啜った。
そんな会話を二階堂と恵比寿がしている間に、ヒナコは自分の食べたいものが決まったらしく、喫茶店のマスターに注文を伝えていた。
「私立M学園って知っているか?」
「学園?」
眉間に皺を寄せてよくわからないといった仕草を二階堂はして見せたが、その隣に座っていたヒナコは学園という言葉に反応したのか、チラチラと二階堂の顔を見ていた。
「まあ、知らなくても大丈夫だ。進学校としても結構有名な学園なんだがな。スポーツも盛んで野球やサッカーではそこそこの成績を出している学校だ。そのM学園に関してちょっとした妙な噂があってな」
まるで怪談話でもするかのように、恵比寿は声を潜めて二階堂に言う。
「その妙な噂話っていうのは、仕事に結びつくんだろうな、恵比寿」
「まあ、待てよ。二階堂、お前は気が短すぎだぜ。俺の話をちゃんと聞いてくれよ」
「聞いているじゃないか」
「わかった。わかったよ。ちゃんと仕事の話に結び付くよ」
そう言うと恵比寿はM学園にまつわる噂話を話しはじめた。
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