薄氷の上
何本かH形鋼を立て終えると、結構いい時間になっていた。
「あとは、コンクリが固まってからだね」
彼方がいった。
「斜めと横にも鋼材通して溶接して、床材と壁材、断熱材とかいれて。
あとは、内装か」
「いうだけなら簡単なんだがな」
恭介はいった。
「思ったよりも手間がかかる」
「家一軒作っているんだよ。
そんな簡単にはいかないよ」
彼方は答える。
「ぼくらの場合、重機を使う必要がないから、まだしも手軽な作業になっているし。
あ、コンクリが固まるのを待つ間、水回りの配管作業でもやっておこうかな」
この配管作業も、土魔法を使うとかなり手間が省けるのだった。
交代で汚れた作業服を脱いでシャワーを浴び、着替えてから夕食の準備をしていると、市街地に出ていた魔法少女隊の四人が帰って来た。
「やー、師匠」
挨拶もそこそこに、赤瀬が恭介に声をかけてきた。
「またまた、ご活躍だったそうで」
「あの件をもう知ってるのか」
恭介は、そう受ける。
「情報が早いな」
「っていうか、生徒会長と師匠のやりとり、会長のすぐそばで見てました」
時間的に、そんなもんか。
などと、恭介は思う。
「むこうの様子はどうだった?」
遥が訊ねる。
「ようやく本格的に動きはじめたかな、ってところですかね」
青山がいった。
「だいたいの人がどうにか現状を受け止めて、少しでも有利な位置につこうと動いている感じです」
「やっとというべきか、それとも、普通ならこれくらいの時間はかかるだろうと見るべきか」
彼方は、そう評する。
「いずれにせよ、本当に苦労するのはこれからだと思う」
「生徒会の人たちが昨日から指示を出して、瓦礫の撤去や今にも崩れそうな建物の解体作業をやっています」
青山は説明した。
「ほとんどのプレイヤーは、オーバーフロー期間以外は、やることがないですから。
これは、生徒会のCPをプレイヤーたちに回すための方便でもありますね」
「昨日はみんな、どこに泊まったの?」
遥が質問する。
「人数から考えて、生徒会だけで全員分の手配は出来ないと思うけど」
「女子に関しては、大きな建物を占拠して女子寮にしてました。
なんでも、元は宗教関係の建物ではなかったのか、といわれているものがありまして」
「なるほど。
男子は?」
「いろいろですね。
比較的状態がいい建物を見つけてそこに入ったり、野宿したり。
自前のポイントで毛布や寝袋を購入して対処していたようです。
今日のオーバーフローで稼げたプレイヤーも多いので、状況的には改善されていくとは思いますが」
「というか、すでに新しい家を建てはじめている師匠たちが異常」
緑川がいった。
「鉄筋が、何本か立っていた。
他のプレイヤーは、まだそこまで長期的な視野を持つ余裕がない」
「異常だって!
異常!」
宙野姉弟はそういってお互いを指さし合う。
「異常!」
「お家作るの、大変そうですか?」
仙崎が問いかけた。
「労力的にはともかく、手間はそれなりにかかるね」
彼方が答える。
「素人仕事で行き届かないところも多いだろうし。
まあ、気長にやるよ」
「うちらでも作れそうっすか?」
赤瀬が訊ねた。
「作れるとは思うよ。
工数はそれなりに多いけど、力仕事はレベルアップのおかげでハードルになってないし」
彼方はいった。
「なんだったら、重機とか買ってもいいし」
「あ、重機!」
赤瀬が反応する。
「いいですね、それ!
ここでは免許なんて関係ないですもんね!
特に必要がなくても買いたい!」
「そこに反応するのか」
青山は赤瀬が顔を輝かせるのを見て、引き気味になる。
「でもまあ、一台くらいはあってもいいか。
今日も、市街地までいく道、ガタガタだったし。
道の上に乗ってるあれこれは全部まとめて倉庫にでもつっこんでおけばいいんだけれど、あの道を整備するととなると、土魔法だけでは駄目かも知れない。
石材の扱いなんかもあるだろうし」
「道の整備をしてもいいけど、優先順位的にはまず自分らの家でしょ」
仙崎がたしなめる。
「師匠、わたしたちが家を作るとして、手順などをご指導としていただけますか?」
「別にいいけど」
彼方はあっさりと答える。
「ただ、こっちも素人だからね。
間違ったことを教えるかも知れないし、必ずうまくいくという保証もない。
それだけは頭に入れておいて」
「それでも十分ですよ」
仙崎は満足そうに頷いた。
「建築関係の知識なんて、わたしたち、皆無ですし」
「家づくりの工程に詳しい女子高生がいたら、それはそれで怖いしな」
遥がいった。
「それで、今日の夕食なんだが……」
「なんなんです?」
「まだ決まってない。
というか、途中まで作ったんだけど」
「カレーとシチュー、どっちがいい?」
二種類の市販ルウの箱を手にした恭介がいった。
「三人の中でも意見が割れていてね。
四人が帰って来てから意見を聞こうということになった。
土鍋でご飯も炊いているし、あとはルウを入れて溶かせば完成なんだけど……」
魔法少女隊四人の中でも、意見が割れた。
協議の結果、二種類を作ることになった。
「あたたかいご飯が食べられるだけでも、最高」
緑川は表情を変えずにいった。
「師匠たちは、神」
「カレーとかって、材料切って煮込んでルゥを入れるだけだから、誰にでも作れるはずだけど」
恭介は指摘した。
「代表的なキャンプ飯だろ」
「でもたまに、レシピ通りに作れない子とかおるよ」
遥がいうと、魔法少女隊の何名かが視線を逸らす。
「市街地に残った連中、食事とかちゃんと摂れているのかな?」
「マーケット、惣菜からレトルト、食材まで、そこいらのスーパーよりも品揃えがいいくらいだから、餓死はしないと思うけど」
「買うポイントがあれば、だけどね」
「ただ、加熱する方法がなあ。
カセットコンロ買って湯煎するか、レンチンしようにも電源がないだろうし。
生徒会、まだ電源のことまで考えてないよね」
「生徒会の執務室には発電機を使っていたようですが、全プレイヤーに配布するほどの余裕はないでしょうね。
その、ポイントではなく手数的な意味で」
「女子寮とか、一部のパーティは発電機買ってた様子だけど」
「今日あたりから、ポイントに余裕が出て来るプレイヤーも増えるでしょうから、徐々に改善していくんじゃないでしょうか?」
そんな感じか。
と、恭介は思う。
おおむね予想通り、ではあった。
「貧富の差が固定すると、ちょっと困るなあ」
口に出しては、そういう。
「プレイヤー間に上下関係が出来てしまう、というか」
「その点は、生徒会も警戒しているようでした」
仙崎がいった。
「今は、レベルの低いプレイヤーを救済することに注力しているようです」
まあ、そうなるよなあ。
と、恭介も思う。
生徒会のような調整機関は、この状況下では必要だな、とも思った。
そういう組織がないと、他人を自分の道具として使う、岡村のような性格のプレイヤーが力を持ち過ぎてしまう。
「蝿の王みたいな展開は、ご免だよなあ」
恭介は、口に出してそうぼやく。
「二年間の休暇ほど、品行方正でなくてもいいけど」
「確かに、今の状況っていうのはそっち系のシチュエーションですよね」
恭介としては小声で呟いたつもりだったが、耳聡く聞きつけた青山がそう応じる。
「子どもたちだけの集団が、未開の、大人たちが居ない世界に放り出されるって」
「青山さん、そういうの読む人?」
「最近はそうでもないですけど、中学のときまではいろいろ読んでいました。
児童向けの読み物がほとんどでしたけど」
「ね、なんのはなし?」
「うん、この場合、蝿の王のが重要かな」
恭介は説明した。
「船が難破して、子どもだけの集団が無人島に漂着する。
最初のうちはそれなりに秩序を保って動いていたんだけど、徐々に暴力とか権力に取りつかれた子が出て来て、暴走しはじめるって物語なんだけど」
「今の状況的に、わたしたちがそうなってもおかしくはない、と?」
「今のところ、そうはなっていないけれどね」
恭介はいった。
「大半、生徒会の人たちが頑張ってくれているおかげかなあ」
残りは、ポイントさえあればなんでも購入可能なシステムが使えるからだろう。
これがあるおかげで、多少の不満があるにせよ、ぎりぎりパニックが生じていない。
思い返してみれば、今のプレイヤーたちは、危ういところで秩序を保っている。
ように、見えた。
「師匠たち、明日はなにをする予定っすか?」
その手の話題に興味がないのか、赤瀬がいつもの口調で彼方に質問した。
「明日は、配管やる予定」
彼方は答えた。
「合弁浄水槽っていって、下水を処理するものがあるんだけど、それを地面に埋めて。
キッチン、風呂場、洗濯機置き場の排水をその浄水槽まで流すパイプを設置する。
まあ、土魔法を使えば、そんなに大変な作業でもないんだけど」
「お風呂!」
「洗濯機!」
特定の単語に反応して、魔法処女隊がどよめいた。
「師匠!
お願いだから、せめて洗濯機だけでも!」
赤瀬が泣きついてくる。
「洗濯機なんかはうちらで用意します!
野外にその浄水槽まで排水出来る場所を、一カ所でもいいから作ってください!」
「あ、ああ」
一瞬気圧された彼方は、すぐに頷いた。
「それくらい、ついでだからやるけど。
昨日の結城さんたちみたいに、今後、別のゲストが来るかも知れないし。
そうだね。
野外の洗濯機置き場も、作っておこうか」
今の時点では、彼方たちトライデントは、汚れた衣服などは倉庫の中に放り込んだまま放置している。
魔法少女隊とも、おそらくはそうしているはずだった。
「手伝います!」
赤瀬が張り切った声で宣言した。
「ねー彼方」
遥が訊ねてくる。
「その配管作業、今日みたいに人数いるかな?」
「んー、多分、いらないかな?」
彼方はいった。
「今日みたいに、重量物も扱わない予定だし」
「そんじゃ、うちらは二人で外回りの続きやっているね」
遥はいった。
「罠設置の続きと、それに、今日設置した罠にかかっている子がいたら、それの始末」
「はいよ」
彼方は頷いた。
「お願い」
「あ」
恭介が、小さな声をあげた。
「どうした?」
遥が、代表して訊ねる。
「CPポイントが、振り込まれてた。
その、二百万ほど」
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