生徒会の対応(二)
今回のオーバーフローがはじまる前に、生徒会はいくつかの手を打っていた。
土魔法を取得したプレイヤーを集めて街路の閉鎖をおこない、モンスターの退路をある程度制限した。
この際、生徒会は協力して貰ったプレイヤーに対して相応のCPを報酬として支払っている。
その上で、退路の両脇の建物屋上にレベルアップ未経験のプレイヤーたちを配置し、会長直伝の「スクラップアタック」をかまして貰う。
中継の際に示したように、密集したモンスターの上にスクラップを落とせば、ポイント換算で10万はかたい。
CPとPP、両方ともに10万ポイントを獲得出来れば、初期の立ち上がり準備の用途としては、まず上々だろう。
スクラップは、生徒会が購入して希望者に貸与していた。
ある程度の大きさと質量があれば落下させる物質はなんでもいいのだが、回収と使い回しの容易さで、スクラップが採用されている。
生徒会の主目的は「死者を出さないこと」なので、低レベルプレイヤーの救済は優先された。
質量と重力加速度の合わせ技は、単純で効果的だった。
それ以外に、昨日の時点である程度レベルをあげることに成功していたプレイヤーに対しては、特に「なにをしろ」的な指示は出していない。
ただ、他のプレイヤーとの衝突を避けるため、オーバーフロー開始時までには、プレイヤー間で十分な距離を空けること、などの注意は再三、広報している。
そうしたプレイヤーの中には魔法を使う者、それに資金的に余裕があり、すでに火器など入手している者も含まれていたため、こうした注意は必要だったのだ。
そうした遠距離攻撃手段を持つプレイヤーは、スクラップアタックを狙う例レベル組の配置場所から少し離れた、比較的外側の建物屋上に居ることが多かった。
「達成率四十パーセントを超えました」
オーバーフロー開始後二十分を経過した頃、筑地副会長が告げる。
「順調な経過、というより、出現したモンスターがほぼ全滅している状態です」
「あれだけ準備して、しかも、今まで出て来たモンスターはまだまだ小さいのばかりでしょ?」
小名木川会長は不機嫌な顔をしている。
「本番はむしろ、大きいのとか強いモンスターが出るようになってからよ」
ここまでお膳立てを整えて成果を出せなかったら、そちらの方が情けない。
というのが、小名木川の本音だ。
「昨日と同じパターンですと、三十分を超えたあたりで少しサイズが大きいモンスターが混ざりはじめて、四十分を超えたあたりから本当に大きなモンスターが出ています」
横島が指摘をする。
「昨日と同じパターンで出てくれるという、保証はないのですが」
「前半でちっこいのがわらわら出てくれただけでありがたいよ」
小名木川はいった。
「こっちはまだまだ、大半が低レベルプレイヤーなんだ。
難易度が低いに越したことはない」
「三十分経過。
達成率五十を超えました」
「ちょっと待った!」
ドローンを操作して各所をモニターしていた常陸が、大きな声をあげる。
「昨日と違った反応です。
鳥?
コウモリ?
ええと、正体がよくわかりませんが、とにかく空を飛ぶモンスターが中央広場から多数出現。
四方に散って進行中です」
「小橋ちゃん、総員に通達。
遠距離攻撃可能な者は、空のモンスターを落とせって」
「全プレイヤーに通達します」
書記の小橋が通信モードにして、全プレイヤーに告げる。
「中央広場より、飛行型モンスターの出現が確認されました。
遠方への攻撃手段を持つプレイヤーは、速やかに迎撃にあたってください」
「空飛ぶやつの正体は?」
「多種多様、としか。
ワシとかフクロウっぽいのも居れば、キメラっぽいのまで様々です。
ドローン全機で追って録画していますんで、詳しい分析はあとにしましょう」
「そのドローンを落とされないように注意しておけよ」
「了解」
「流石に、毎日同じパターンの繰り返し、ってわけでもないのか」
小名木川は小さく呟く。
「今の時点でも、昨日よりも多くのポイントが、大勢のプレイヤーに行き渡っています」
筑地は、そういう。
「悲観するべき要素はない、かと」
「わかってる。
空への対策は、どんな感じ?」
「いくらかは落とせたようですが、大半は逃げられていますね」
横島がいった。
「銃も魔法も、使い慣れていない人が大半ですし。
距離が空くと、ほとんど当たらなくなります」
「素人集団だもんね」
小名木川は頷く。
「そこまで便利に即応出来るもんでもないか」
四十五分を経過したとき、異変が起こった。
「なんだ、ありゃ」
常陸がいう。
「巨大ロボか!」
「サイズ的には、昨日のオオコウライグアナに匹敵しますね」
筑地が冷静に指摘をした。
「目測で、全長六メートル以上。
肌合いの質感からして、なんらかの鉱物。
つまりは、ゴーレムの一種ではないかと」
「なんだかわからんけど、低レベルのプレイヤーはあれから離れろと通達」
小名木川は即断する。
「あんなもん、倒れた場所に居合わせただけでぺちゃんこだ」
小橋はその旨を、つまり、低レベルプレイヤーの待避を全プレイヤーに通達。
「攻撃力に自信があるプレイヤーに、あの巨人を攻撃するよう通達してください」
筑地が、そうつけ加えた。
「全員で攻撃すれば、倒せるかも知れない」
小橋は横目で小名木川を確認、小名木川が小さく頷いたので、「攻撃力に自信があるプレイヤー」に呼びかけた。
「現状では、トライデントや魔法少女隊ほどレベルをあげているのはいないのか」
全プレイヤーのステイタスリストを表示させ、小名木川はそれに目を走らせる。
「参加している人数が増えた分、一人当たりの取得ポイントは減っている、ってか。
巨人退治の参加希望者は何名くらい来ている?」
「ざっと、十五名ほどですね」
現場をドローンでモニターしていた常陸がいった。
「ほとんどが魔法使いで、銃使いも少し混ざっています。
あ」
「どうした?」
「剣士も一名、参加確定です。
ええと、奥村清人です。
巨人の背後から近寄っています」
「あいつか」
小名木川は目線を上にむけた。
昨日の決闘騒ぎでボロ負けした剣士、だった。
「まあいい。
ここまで来たら自己責任だ」
いざとなれば、聖女がこっちに向かっているっていったしな。
と、心の中でつけ加える。
「では、奥村に通信。
巨人に一撃与えたあと、彼方エリアまで連れ出してくれ」
「彼方エリアに、ですか?」
小橋は一瞬怪訝な表情になったが、すぐに頷いた。
「了解。
奥村にそう伝えます」
「くらえ!」
ジョブ剣士の奥村清人は、今取得している中で最上の攻撃力を持つスキルを解放し、灼熱の光を放つ刀身を振りかぶって巨人のくるぶしに叩きつける。
「クリムゾンブレイド!」
剣術、というより、野球でバットのフルスイングでもしているかのようなフォーム、だった。
刀身は、鈍い音を立てて巨人のかかとに当たったもののそこで止まり、一ミリも巨人を傷つけることは出来なかった。
遥か頭上、巨人が顎を引いてこちらを見るのを、奥村は確認する。
「よし、こっちに来いや!」
奥村は駆けだした。
幼少期からサッカーをやっていた奥村は、走ることには慣れている。
加えて、レベルアップによって身体機能はかなり向上している。
とはいえ、この巨人も意外に素早く、なにより、一歩が大股で、かなり大きかったが。
「逃げ切ってやるよ!」
背後に巨人を引き連れて、奥村は疾走する。
彼方エリア、つまり、昨日、彼方が大量の落とし穴を作ったまま、放置されていたエリアへと。
「うまくいきますかね?」
「やってみないとわかんない。
回収班の状況は?」
「スクラップはすべて回収済み。
巨人のあとを追わせてます」
生徒会室は生徒会室で、忙しかった。
やってみないとわからない。
しかし、出来ることはすべてやる。
そのための生徒会、でもあった。
「奥村選手、順調に逃げてますね。
結構ギリギリですが」
ドローンで状況を見ていた常陸がいった。
「奥村選手、わりと巨人の足元近くに居ますが、いまのところ踏み潰されていません」
「追撃組は?」
「順調にあとを追ってます」
「今、奥村選手が彼方エリアに到着しました」
「ギリギリまで巨人を引きつけた上で、手近な建物に逃げ込ませて」
「成功しました」
「巨人、落とし穴の直前で少し体勢を崩しましたが、どうにか持ちこたえています」
「追撃組、一斉攻撃開始。
魔法だろうが火器だろうが、なんでもいいからありったけの攻撃を巨人にぶち込んで」
総勢十五名による総攻撃が巨人の背に炸裂する。
その攻撃自体で巨人にダメージが入ったのかどうか、定かではなかったが、巨人は大きく体勢を崩して前に倒れた。
そしてそこは彼方エリア。
深さ五メートルはあるといわれる落とし穴が放置されている場所である。
前のめりに倒れた巨人は、落とし穴に前半分で埋める形に形になった。
「回収班、スクラップを投下。
ついでに、土砂や廃材もどんどん乗っけて。
重しを置いて、巨人が身動きできないようにして」
昨日のオーバーフローが終わったあと、生徒会は低レベルプレイヤーへの救済策として、「倒壊しかかっている建物の残骸を倉庫に格納する仕事」を発注していた。
あとで、彼方エリアの落とし穴を埋める資財にでもするつもりだったが、それがこんなところで役に立つとは。
「巨人の様子はどう?」
「土砂とか石材とかスクラップに埋もれて、身動きが取れなくなっていますね。
おそらく、自重よりもずっと重い物体が上から降ってきている状態なので」
「身動きできないのなら、脅威にはならないね」
小名木川はため息をついた。
「魔法使いには攻撃を続行させて。
いずれは、息絶えるでしょう」
数分後、その言葉通り、巨人の体は消失した。
山となった土砂や石材が一気に沈み込み、プレイヤーたちはその事実を確認する。
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