市街地への帰還

 かなり歩いてようやく半ば崩れかかった防壁にたどり着いた。

 元は門があった、と思われる場所は、門扉もすでに朽ちていて、単なる通路と化している。

「なんだか騒がしいですね」

「昨日は、こんなことはなかったんですけど」

 市街地のそこここから、歓声、みたいな声が聞こえている。

「これは、あれだな」

 赤瀬がいった。

「今回のオーバーフローは、上々の結果だったんじゃない?」

「そういうことですか」

 仙崎が頷く。

「昨日はなにもかもが突発的すぎて、なにも出来ずに終わった人がほとんどでしたそうですから。

 自主的に動いてそれなりの成果を出せたのなら、浮かれるかも知れませんね」

「というか、故意に戦勝感を煽っている可能性あり」

 緑川が指摘をする。

「一体感を演出するために、生徒会あたりが」

「やりそうですね、それ」

 青山が頷く。

「別に悪いことでもないですけど、ベタというか見え透いているというか」

「こんな状況なら、ベタでもなんでも浮かれたくもなるでしょう」

 赤瀬もいった。

「その逆に、意気消沈して沈みこんでいく一方よりは、いくらかマシってか。

 集団心理も使いようだよ」

 魔法少女隊四人の生徒会に関する感情は、どちらかといえば「同情寄り」だった。

 ただし、全面的にその動きに賛同する、ということもなく、多少の隔意、距離感も、当然あるわけだが。

「お二人は、疲れてないっすか?」

 赤瀬は結城姉弟に問いかける。

「ええ、大丈夫ですよ」

 紬が答える。

「お構いなく」

「ここまで来れば、もうすぐっすから」

 赤瀬はいった。

「生徒会の本拠地がある中央広場まで、まだちょっと歩きますが」

 まだレベルアップを経験していない結城姉弟は、昨日今日と不整地を歩きづめであったわけで。

 赤瀬としては、それなりに気は遣っている。

 現状、徒歩しか移動手段がないので、仕方がない部分はあるのだが。

「大丈夫です」

 口数が少ないただしが、珍しく口を開く。

「これだけ大勢の人が頑張っているし、こんなところで立ち止まるわけにはいかない」


「あんたたち、さっきのオーバーフローで見かけなかったな」

「ちょっと町の外に用事があってね。

 外に出てた」

「町の外だって?

 物好きなこった。

 外は、どんな感じなんだ?」

「まあ、森だよ。

 原生林っていうの?

 長いこと人の手が入っていない森」

 途中、何人かの生徒たちに声をかけられる。

 四人で同じような格好をして固まって動いている魔法少女隊は、結構人目に立つようだ。

「やっぱ全般に、みんな浮かれてるね」

「まあね」

 防壁から市街地の中央広場まで、二キロ強。

 恭介たちの拠点から防壁までの距離より少し短くくらいだったが、歩きやすさは格段に違った。

 多少風化して痛んでいるとはいえ、枝葉などの余計な夾雑物がほとんどなく、まがりなりにも町中で石畳も比較的マシな状態を保っていたので、かなり歩きやすく感じる。

「舗装されている道を歩くのって、こんなに楽だったんだ」

「文明って、ありがたかったんだねえ」

 そんなことをいい合いながら、ひたすら歩いて行く。


「それで、ここが中央広場、っと」

 赤瀬が結城姉弟に案内をする。

「それで、あそこに見える大きな建物が、生徒会の本拠地」

「生徒会の反対側にある、あの建物は?」

 紬が質問してきた。

「随分と、賑やかなようですが」

「聖堂だか教会だか、ってやつかな。

 昨日、こっちを出るとき、そこを女子の宿泊所にするとかいっていたような気がする」

 実のところ、魔法少女隊も昨日の午後から市街地をあけているので、最近の動向にはあまり詳しくはない。

「なんか、浴場をつくるとかいってますね」

 ただしがいった。

「そんなことを、通りすがりの人たちがいっていました。」

「マジか」

 赤瀬は目を見開いた。

「今日のオーバーフローで、頑張ってポイント稼いだ人が居たんだな」

 そのポイントを稼いだ人というは女子寮チーム(仮)というパーティであり、彼女たちは稼いだポイントを費やして自分たち専用の大浴場を購入していた。

 かなり値は張ったが、自衛隊が被災地などで使用する、簡易式の大浴場がマーケットで売りに出ていたのだ。

 徐々に、ではあるものの、パーティ単位で自分たちの住環境を整えようとする動きが目立ちはじめていた。


「で、ここが生徒会の本拠地。

 の、はずなんだけどなあ」

 一行は、かなり大きな建物のまで立ち止まる。

「勝手に入っていいんでしょうか?」

「いや、生徒会の誰かに連絡して、案内して貰えばいいんじゃね?」

「それもそうか」

 赤瀬は頷いて、システムの機能で生徒会パーティを呼び出す。

「あー、どうも。

 魔法少女隊というパーティのもんですけど。

 トライデントさんか引き継いだ、要救助者のお二人をお連れしました。

 そうです。

 結城さんのお二人です。

 ええ、はい。

 わかりました」

 通信を切った赤瀬は、他の面子に告げる。

「すぐに案内の人が来るって」


「やあ、どうもどうも」

 いくらもしないうちに女子生徒がやって来て、大きな門扉を開けてくれた。

「皆さん、どうぞおはいりください」

「ああ、はい」

 赤瀬が代表して応じて、全員でぞろぞろ門の中に入る。

「随分と立派な建物ですよねえ、ここ」

「うちの副会長は、大きな商会かなにかの跡地ではないかといっております」

 横島と名乗った女子生徒は、そう説明してくれた。

「ここを抜けて裏手に回ると、ちょっと広めの場所に出まして、そこで運搬用の家畜を世話していたのではないか、と。

 馬車っぽいなにかの残骸もありましたし、それに、ここの一階部分は天井が高くて、どうやら大半、倉庫として使われていたようですね。

 生徒会の執務室は、最上階になります」

 その言葉を裏付けるように、この建物は市街地の他の建物とは違い、かなり立派だった。

 他の建物は木造部分の比率が多かったが、この建物は大半が石造りになっている。

 火事対策、でもあったんだろうな。

 と、赤瀬はそんな風に予想する。

 そのせいもあって採光には問題があり、横島は手にLEDランタンを掲げていた。

 こちらでも、どこかに発電機を設置しているらしい。

 横島の案内に従って、やはり石造りの階段をかなり長くあがり、ようやく最上階にたどり着く。

 きれいに清掃された廊下を抜けて、両開きの大きな扉を開けると、そこが生徒会の執務室だった。

 そこで小名木川会長に挨拶をして、結城姉弟を引き渡す。

 仕事としては、ここで終わりだった。

 この仕事をトライデントから引き継いだ、ということは、事前に連絡して生徒会の了解も得ていたので、なんの問題もなく報酬も振り込まれた。

 結城姉弟は、小橋という女子生徒が別室に連れて行った。


「それで、どうよ」

 室内の真新しい応接セットに案内された四人は、勧められるままにソファに腰掛けて小名木川会長と対面する。

「例の、トライデントの連中は。

 またなにか、いってたんだろ」

「はあ、まあ」

 赤瀬は頷き、昨日知ったばかりの「チュートリアル期間仮説」を披露する。

「もちろん、あちらは、あくまで仮説に過ぎないしなんの確証もないって、念をおしていましたけれどね」

「……どう考える、副会長」

 一連の仮説を聞いたあと、小名木川会長はしばらく黙考したあと、背後に控えていた副会長に意見を求めた。

「現状が全プレイヤーにとってのチュートリアル期間であり、そのあとに、本番の敵対者が用意されているとのことですが。

 そうですね、筋は通っていると思います。

 むしろ、われわれとしては、そのつもりで準備を整えていくべきでしょう」

 無難というか、具体的な対策とかは、まったく提示しないんだな。

 と、赤瀬は感じた。

 やはり昨夜聞いた「副会長=NPC」仮説が、脳裏をよぎる。

 やけに整った顔立ちをして長身の副会長は、人造物であるといわれても頷きたくなる容姿をしていた。

 また、これだけ容姿に恵まれた生徒が、校内であまり有名ではない、ということにも不自然さを感じる。

 ただ、今の状況には、あまり関係がない。

 副会長がNPCであっても、普通の生徒でも、赤瀬たちを取り巻く状況にはほとんど関係がないのだ。

 だからここは、放置しておいた方がいいな、と、赤瀬は判断する。


「しかし、本番の外敵か」

 小名木川会長は顔を天井に向けた。

「次から次へと。

 難題ばかり」

「なにかあったんですか?」

「先のオーバーフローにおいて、不測の事態がいくつか生じまして」

 筑地副会長は即答した。

「達成率は七割に迫り、二日目にしては十分な成績を収めているとは思うのですが。

 会長は、どうも別のご意見をお持ちのようでして」

「だって、課題ばかりだろう」

 小名木川会長はそうこぼした。

「雑魚には対応出来るが、ちょっと強いのが出て来るとすぐ腰砕けになる。

 対空戦力も全然足りないし、なにより大きくて硬いやつが出て来ると対抗できるやつがほとんどいない。

 この分だと、そのチュートリアルとやらを終えるのにも、かなり時間がかかるかなあ」

 なるほど。

 と、赤瀬は納得する。

 この会長さんは、このチュートリアルというゲームを、本気で攻略しようと、そう思っているわけだ。

 ぎりぎりまで引き延ばして、システムからポイントを可能な限り引き出す。

 そういう戦略もあるはずなのだが、そちらにはまるで思考が向いていない。

 この人が会長というユニークジョブを与えられたのは、おそらくは、この性格のせいではないか。

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