森と道
魔法少女隊の四人と結城姉弟を送り出したあと、残った三人は周囲の見回りを兼ねて罠設置に出た。
ここを拠点に定めたのが昨日の今日であり、まだじっくりと周辺状況を確認する機会がなかったため、慎重を期してまずは三人で、というわけである。
現状でも、一応、最低限の衣食住は確保出来ている。
やるべきことは多かったが、あとは現状をどれだけ確実、充実したものに出来るのか、という作業であり、火急の問題、というわけでもない。
それよりも周辺の森がどのような状況にあるのか、確認する方を優先した。
長く人手の入っていない森は荒れていて、あちこちに大小の折れた枝が落ちている。
三人でそれを拾って片っ端から拾って倉庫に収納した。
乾燥の度合いを見ながら、薪にするつもりだった。
「結構寒いね。
虫が少なくて助かったけど」
「季節的には秋、なんかな」
「しばらく様子を見てみないと断言出来ないけど、どうもそうっぽい」
「これから寒くなるのか?」
「雪が積もるとすると、家の方も補強とかしないと」
「日本の豪雪地帯ほどに積もらない、と思いたいなあ」
そんなことをいい合いながら、三人は枝を集めては罠を設置していく。
従来の落とし穴に加え、檻罠とか括り罠とか、知っている限りの罠を仕掛けておいた。
周辺の野生動物の生態などを調べることも兼ねているので、種類によってかかりやすい罠なども調べておきたかったから、である。
多分、ではあるが、野生動物への備え、という点では、拠点の周辺に巡らせた深い空堀だけでも十分なはずだった。
「植生なんかも、日本とはだいぶ違うからなあ」
「異世界だしねえ」
「おれとしては、この世界の動物が消化できるタンパク質で構成されているのか、とか、そういう点が気になるかな」
「今晩、料理してみよう。
食肉なら倉庫の中にいくらでもあるし」
「いつまでもマーケット頼りでもねえ。
安全で清潔かも知れないけど、味気ないというか」
「長期的には、栄養バランスの問題なんかもあるしね。
現地で食糧調達が可能なら、徐々にその比率を増やしていこう」
三人とも、「この場に居を構える」ことを前提に考え、行動していた。
別に日本に帰りたくないわけではない。
しかし、帰還する方法がわからない以上、当面はここで生活するしかない。
と、そう腹をくくっているからだ。
「敵とか遠い未来のことよりも、こっちの気候とか動物とか植物とか、もっと身近な情報を知らせて欲しいよなあ。
こんな場所にいきなり放り出すくらいなら」
彼方はそう愚痴る。
「スキルとかジョブでいくら能力を底上げしても、まともなメシ食わないとじり貧だぞ」
この三人の中で一番食にうるさいのが、この彼方だった。
というより、他の二人は基本、「食えればいい」系であり、味への関心が滅茶低い。
恭介は、味はともかく栄養バランスに関してはうるさかったが。
遥は、味にも料理にも興味がなかった。
「最悪、虫食も視野に入れる?」
「養殖に向いた品種がうまいこと見つかれば、それもいいな」
などという会話をしている二人を見ると、彼方としてはどうしても危機感を抱いてしまう。
「あとは、糖質になりそうな穀物類が欲しいかな」
恭介は渋い顔をしてそういった。
「マジで、この世界で食用になりそうな動植物の図鑑とか、欲しい。
よっ!」
恭介は、細身のナイフを投げる。
ナイフは草むらの中に潜り、小さな断末魔をあげて五十センチほどのウサギっぽい物体が転がり出た。
「っぽい」とつけるのは、そのウサギは額から長大な角が生えていたからだ。
少なくとも三人が知る「ウサギ」そのもの、ではない。
「マップで獲物を見つけて、レベルアップした筋力で倒す」
恭介はいった。
「この程度の相手なら、割とイージーだな」
「イッカクウサギ、だって」
鑑定スキルを持っている彼方がいった。
「ちょうどいい。
これ、今夜にでも料理してみよう」
いいながら、彼方は、イッカクウサギを倉庫に入れる。
倉庫は、血抜きとか解体などの面倒な作業もやってくれるので、動物の死骸さえ確保出来ればすぐに食肉が入手可能だった。
「狩りはイージーでも、足元は悪いねえ」
遥はいった。
「視界も、ほとんど効かないし」
大小樹木の枝が、茂りすぎている。
まっすぐ進める場所は、ほとんどなかった。
「余裕が出来たら、木を少し間引いた方がいいかもなあ」
鬱蒼、という表現そのままの、森だった。
長く人の手が入らないと、こういう状態になるのか。
「道、というか、元道、だよね、これ」
同じ頃、赤瀬はぼやいていた。
「石畳、下から根っこが持ち上げて、ボコボコになっているし。
道の上も、葉とか枝が積もって道が見えてない」
「マップで確認する限り、ここまっすぐ進めば市街地に着くはずだから」
仙崎は、そういう。
「転んで怪我してもつまらないし、ここは慎重に進もう」
市街地もいい加減に廃墟だったが、この森はそれに輪をかけて野生化していた。
あの市街地を作った連中がここを放棄して、いったいどれほどの時間が経つのか。
魔法少女隊の面々には想像もつかなかったが、この様子だと数十年といった生やさしい単位ではないらしい。
そんな、気がした。
「もうこの世界の人、いや、人じゃないかも知れないけど、あの町を作った誰か、絶滅しちゃっているんじゃない?」
「その可能性もあるけど、なんともいえない。
疫病かなにかで、この地方だけこんなんなっているって可能性もあるし」
「そういうのは、さ。
この世界の住人さんと出会ってから、改めて考えればいいよ。
正直、今はもっと優先することがあるし」
「とりあえず、町に着かなけりゃな。
ここからだと、三キロってところだけど、道がこんなんだと、普通の倍以上時間がかかりそう」
「二時間、いや、三時間ってところかな」
「軽く半日仕事だ」
「別に急ぐわけじゃないから、休み休み進もう」
「賛成」
魔法少女隊の四人は、浮遊魔法が使える。
その気になれば移動時間はかなり短縮出来るのだが、今は護衛対象である結城姉弟が同道していた。
そちらの足に合わせると、どうしても移動速度は制限される。
「速度よりも安全重視だよねえ、今は」
「たまには運動もいいんじゃない」
別にジョギングしているわけではなく、ゆっくりと歩いているだけだ。
時間はかかるが、極端に疲れるわけでもない。
「市街地では、そろそろ今日のオーバーフローが終わる頃」
誰にともなく、緑川がぽつりと呟いた。
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