恭介の仮説
「おはよーっす!」
欠伸を噛み殺しながら、遥が部屋から出て来た。
スパッツにオーバーサイズの長袖Tシャツという、ラフな服装だった。
「スープの用意しておくから、さっさと顔洗ってきな」
「ういっす」
彼方にいわれ、遥はそのまま外に出る。
「おはようございます」
「すいません、ちょっといいですか?」
入れ替わりに、魔法少女隊の四人がぞろぞろと入って来る。
全員、学校指定のジャージ姿だった。
マーケットには衣服類も豊富に売られているのだが、学校指定の制服とジャージはなぜだか安い。
たぶん、昨夜は疲れていただろうし、部屋着兼寝間着として適当に購入した、と思われた。
「はい、おはようございます」
彼方が代表して挨拶を返し、他の三人は黙礼した。
「で、なに?
わざわざ挨拶をしに来ただけ、ではないようだけど」
彼方は続けた。
「いや、それなんですけど」
赤瀬が代表して口を開いた。
「今日、そちらのお二人を市街地にお連れする予定なんですよね?
その仕事、うちらにやらせてもらえませんか?」
「どうする?」
彼方が、恭介に顔を向けて確認する。
「別にいいんじゃね。
絶対におれたちでやりたい仕事ってわけでもないし、生徒会にしてみれば、連れていくのが誰でもかまいやしないだろうし。
それに、おれたちはおれたちで、やりたいことは山ほどある」
「まあ、そうだよね」
彼方は恭介の言葉に頷いた。
「それじゃあ、そういうことで。
あと、お願いしますわ。
生徒会からの報酬は、そっちの全取りで構わないから」
「いや、そりゃまずいっしょ。
仮にも、ここまでお二人を連れてきたのはトライデントさんんなわけで」
赤瀬は慌てて反駁した。
「せめて、折半ってことにしませんか?」
「どうする?」
「別にそれでもいいんじゃね」
「それでは、お願いします」
彼方は魔法少女隊の四人に頭をさげる。
「で、今もこちらのお二人にはなしてたんですけど、出発を少し遅らせた方がいいかな、って。
っていうのは、オーバーフローの時間帯は避けた方が、お二人にとってもいいんじゃないか、って……」
などという相談をしているところに、遥が帰ってくる。
「で、なんだって?」
「魔法少女隊の人たちが、お二人を送る仕事を引き継ぎたいって」
「別にいいんじゃないかな。
こっちとしても、生徒会に頼まれただけで是非ともやりたい仕事ってわけではないし」
遥もあっさり頷く。
「お二人にしても、こんな野郎どもよりは女の子たちに囲まれて帰る方が、ずっと気楽でしょうし。
結城さんたちも、それでいいですよね?」
「こちらとしては、どちらであってもよろしくお願いするだけですね」
紬が、ゆっくりとした口調でいう。
「あ、あの!」
ただしが、珍しく大きな声を出す。
「もう一度、ここに戻ってきてもいいでしょうか?」
「え?」
恭介は首を傾げる。
「ここって、ここ?
別に戻ってくる必要なんか、ないんじゃないかな。
見ての通り、なにもない場所だし」
「皆さんが、います」
ただしはいった。
「ぼく、勇者っていうのがなにかよくわからないし、自分がこれからなにをするべきかもよくわかっていないんですが。
でも、そんななにもわからない状態から真っ先に動いて成果を出したのが、皆さんなんでしょ?
でしたら、そこから学んだ方が、なにかと都合がいいと思います」
「……と、いわれてもなあ」
しばらく絶句したあと、恭介は助けを求めるように左右を見回す。
「キョウちゃんの好きにしていいよ」
ハンドタオルを首にかけて外から戻ってきた遥がいった。
「だよね」
彼方も、その言葉に頷く。
「この手の判断に関しては、恭介に任せるよ」
「まず、ね」
恭介は、考え考え、言葉を出す。
「最低一度は、市街地に行って貰わないといけない。
お二人をそちらに合流させるってのが、生徒会から受けた仕事だから。
さらにいうと、しばらくはそっちで、地道にレベルをあげて貰った方がいいと思う。
単純なレベリングならどこでやっても同じだし、むしろ毎日モンスターのオーバーフロー現象が起こる向こうに居た方が、なにかと都合がいいから。
で、ええと。
まず、勇者の役割がわからない、ってのは、だいたい、おれたちにとって情報が決定的に不足していることに起因しているわけで。
ひょっとしたら、もう少し時間が経てば、もう少し情報が集まって、事情が変わるかも知れない。
たとえば、システムからとか、あるいは外部から、なんらかの情報が来て、勇者がやるべきことがはっきりする可能性も、ないわけではない。
ああ、もう!
不確定な要素ばかり多くてなにもわからん!」
考えながら、その思考を整理つつそのまま言語化して口にしていた、ようだった。
「ともかく、しばらくは生徒会に身を寄せて、あっちでレベリングにいそしむこと!
とりあえずはレベルをあげておけば、たいていのことには対応出来るようになるし!
ってか、勇者がどうのこうのなんて、こっちが聞きたいくらいだし!」
恭介の目は泳いでいた。
自分のいっていることがどこまで当を得ているの、自信がないのだ。
「ははは」
遥が、笑い声をたてる。
「キョウちゃんが取り乱している。
珍しい」
「恭介、誰かに頼られるとこうなるのか」
彼方がいった。
「ぼくたち以外の人から頼られるのって、多分、これがはじめてじゃないかな?」
「お前らなあ」
恭介は、露骨に不機嫌な表情になる。
「わからないものは、わからない。
そういうしかないだろ」
「まあ、誠実ではあるね」
魔法少女隊の青山が、恭介の言葉に頷く。
「で、師匠。
さっきの言葉でちょっと疑問に思ったことがあるんで、聞いてもいい?」
「なにかな?」
「外部から情報が来る可能性って、どういうこと?
この場合の外部って、なに?」
「ああ、ええと。
どこから説明すればいいのか」
恭介は、椅子から立ちあがる。
「まず、事実として、市街地の建物とか、あるいはこの村でもそうだけど、建築関係に違和感なかったでしょ?」
「違和感?」
緑川が首を傾げる。
「サイズ的な意味で」
恭介は説明を続ける。
「それと、椅子とか机とか、家具の残骸みたいなのもときたま見かけたけど、ああいうの見ても、あちこちの遺跡を使っていた何者かは、おれたち人間とそう違わない存在だと思うんだよね。
体のサイズが違えば建物や道具のサイズも違ってくるし。
家具なんて、特に椅子なんて、それこそ直立二本足歩行の生物にしか使えない形状になっているわけで。
滅んだのか別の土地に去ったのかまではわからないけど、かつてここに居た何者かは、そういう存在であった、と。
まずこれが前提ね」
恭介がここで言葉を切って周囲を見渡すと、その場に居た全員が軽く頷いた。
おおむね、首肯できる見識だった。
「次に、おれたちをここまで連れてきた存在が居る。
ひょっとしたら、マーケットとかの便利機能をおれたちに提供しているやつと同一の存在かも知れないけど、そちらの事情に関しては今の時点では不明。
ただし、わざわざ百五十名もこんな場所に放り込んだんだ。
なにかしらの意味、狙いはあるんだろうな、と、推測は出来る。
おれたちが今ここに居るシステムの便利機能を使わせているだけでも、その存在は少なくはないエネルギー? みたいな代償を支払い続けているはずで。
だとしたら、なにかしらの目的があること自体は、疑わなくてもいいと思う。
で、百五十名の人間にスキルとかの特殊な能力を与え、使いこなせるようにしているその目的ってのを推測すると、どう考えてもなんらかの戦力として、だよなあ」
「師匠は、さ」
赤瀬が質問した。
「市街地のオーバーフロー現象、あそこで出現してくるモンスターを退治すること自体が、プレイヤーに課せられた目的だとは、考えてないのかな?」
「その可能性もあるとは思う。
ちょっとは、そう考えた。
けど」
恭介は首を振った。
「でも、あのオーバーフロー現象、ちょいと都合がよすぎるんだよね。
つまり、おれたちにとって、ってことだけど。
一日一回、しかも短時間で終わるとか、最初に雑魚っぽいのが大量に出て、終盤だけ強めのモンスターが出て来る、とか。
まるで、こちらが対処法を学んでレベリングするための教材、みたいに感じないか?
オーバーフローのモンスターは、おれたちの目的というより、おれたちを強化するための材料、素材だと思う」
「人為的、いや、人、ではないかも知れないけど」
緑川は、そう要約した。
「何者かが、意図的にそうした調整を行っている。
と、師匠は考えている?」
「それで間違ってない」
恭介はいった。
「だって、CPって餌までぶらさげて、こちらのモチベーションをコントロールしているんだぜ。
おれたちを育てて、その上で、育ちきったおれたちになにかをやらせようとしている。
そうとしか、思えないよ」
「その本番の敵が、外部ってわけ?」
彼方が、確認してくる。
「外敵かも知れないし、別のなにかかも知れない。
おれたち、この世界のことなにも知らないからな」
恭介は頷いた。
「この森の外になにがあるのか、なにが居るのか。
いや、すでにこの世界の知的生命体は滅んでいて、おれたちみたいに別の世界から敵として何者かが召喚されて来るのかも知れないけど。
おれは今の状態をゲームに慣れるためのチュートリアル期間だと思っているし、ずっとこのままの状態が続くとも思っていない。
タイミングまではわからないけど、いずれは本番の敵が来るんじゃないかと思っている。
勇者とか聖女とか、なにやら有力そうなユニークジョブも、その敵に対抗するのために存在するんじゃないかなあ、と」
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