二日目の朝

 トイレの問題は重要だった。

「清潔なのは衛生問題に直結するしね」

 などとうそぶきながら、彼方はストーブをつけてマーケットの画面を広げ、必要な資財を物色する。

「この、合併浄化槽ってやつを使えばいいのかな?」

 下水処理用途、車一台分のスペース、定期的なメンテナンスが必要。

 などの説明文を読みながら、彼方は気軽に購入ボタンをチェックする。

 CPポイントはあまり気味なくらいなので値段を気にかけることもなかった。

 消毒用の薬剤なんかも必要なんだろうなあ。

 その辺は、メンテナンスに必要な作業とかを調べる際、いっしょにチェックすりゃいいか。

「はよー」

「はよー」

 いかにも眠そうな顔をした恭介が、自分の部屋から出てくる。

 学校指定のジャージという、ラフな格好だった。

「ねーちゃんは?」

「まだ寝てる」

「起こす?」

「寝かしておいていいよ」

 ふぁ、と、恭介はあくびをした。

「おれ、外で顔洗ってくる」

「はいよー」

 この建物は個室が二つしかなく、その一方を結城姉弟に、もう一方を恭介と遥にあてがっていた。

 彼方自身は、入口直通のだだっ広い土間に寝ていた。

 恭介と遥が同じ部屋で寝るのは今にはじまったことではないので、問題にはならない。

 というか、恭介に依存気味の遥が、いっしょに寝ることを熱望しているので、引き離そうとするとかえって問題になる。

 恭介も彼方も、遥を説得することが面倒なので、これまで好きにさせている感じだった。

「おはようございます」

「……おはようございます」

 紬とただしの結城姉弟が、顔を出した。

 ただしの顔色は、昨日よりはずっと血色がいい。

 もうかなり本調子に見えた。

「顔を洗うのなら、外でお願いします。

 タオルとか水とか歯ブラシとかは……」

「自前でなんとかします」

 紬はそういって、丁寧にお辞儀をする。

「それくらいなら、自分たちで支払えますので」

 昨日、なにからなにまでこちらが負担していたので、心苦しい部分もあるのだろう。

 彼方としては、

「そうですか」

 と頷くしかない。


 三人が外から帰ってきて、遥を除く四人でストーブを囲んで朝食を取ることになる。

 今、ここの季節はどうなっているのか、そもそもこの世界に季節は存在するのか、まだ調べてもいなかったが、とりあえず朝晩は肌寒い。

 結城姉弟は、室内に戻った時点で菓子パン、サンドイッチ、ペットボトルのミルクティなどを手にしていた。

 どうやら、自分のポイントで購入したものらしい。

 恭介は、椅子に座るなり無言でマーケットからおにぎりと缶入りのお茶を購入して取り出す。

「遥さんは起こさなくてもいいんですか?」

「あの駄目姉は朝に弱いんです」

 紬に問われたので、彼方はそう返しておく。

「無理に起こそうとすると逆ギレするんで、放っておいてください」

 結城姉弟は夕食後、早めに与えられた部屋に引き込んだので、恭介と遥が同じ部屋に去ったところを目撃していない。

 この二人の関係を見ず知らずの他人に説明するのは面倒なので、彼方としてはこのままスルーしていくつもりだった。

「今日は、市街地とかいう場所までいどうするのですよね」

 紬が確認してくる。

「一応、そのつもりですが」

 彼方はいった。

「ここを発つのはもう少しあとにした方がいいかな、って」

「理由をお伺いしても」

「市街地では、十時から一時間か二時間ほど、モンスターのオーバーフロー現象というのが起こるようなんです」

 彼方は説明する。

「着いた途端にそれに巻き込まれても、混乱するだけでしょうし。

 出来れば、それが終わるくらいに到着するよう、調整しようかな、と」

 ただしも恭介も、どちらかといえば口が重い方だったので、どうしても紬と彼方が会話しがちになった。

「そういうこと、ですか」

 紬は思案顔になった。

「そうですね。

 ただしも、まだ本調子ではないようですし。

 無理をしない方がいいですか」

「おふたりは、ユニークジョブを持つ貴重な人材です」

 彼方はいった。

「そのおふたりを無事に送り届けるのが、生徒会から受けた仕事になりますから。

 急いだおかげで怪我などされたら、ぼくたちの責任になります」

「あ、あの!」

 サンドイッチを食べ終えたたかしが口を開いた。

「モンスターとか、本当に居るんですか?」

「居ますね」

 彼方は真面目な顔をして頷く。

「そのうち、いやというほど目にすることになりますよ。

 はやいとこ復調して、ポイント荒稼ぎしてください」

 たかしは、かなり若く見えた。

 若い、というより、幼い、か。

 彼方や恭介と同じ学年とは、思えない。

 背の高さは恭介と同じくらいだったが、恭介の方は落ち着き払っていることもあって、実年齢よりもずっと老成した雰囲気がある。

 その後、ただしが訊ねてくるので、昨日の出来事を恭介と二人がかりでかなり詳細に説明するはめになった。

「まるでゲームですね!」

 一通りの説明を聞いたあと、たかしはそういった。

「ゲーム的なことも多いが、そうではないことも多々ある。

 スキルとか、マーケットでポイントと交換してその場で買い物出来るところとか、かなりゲームっぽいな」

 恭介は真面目な表情を崩さずにそういった。

「全般に、泥臭いというか。

 画面の中ではなく自分の体でやるとなると、目に埃がはいったり全身よごれたり、そういった不都合も多い。

 なんというか、スマートなだけではないってことは、断言が出来る」

「しばらくやっている、すぐに慣れるけどね」

「あの、いいですか?」

 たかしがいった。

「ぼくのユニークジョブについて、どう思いますか?」

「どう、とは?」

 恭介が訊ね返す。

「具体的に、どういうことを聞きたいの?

 聞かれても、おれたちとしては、漠然とした想像しか答えられないけど」

 恭介や彼方も、ここでの立場はたかしや紬と同じく、単なる「プレイヤーのひとり」でしかない。

 さらにいえば、ユニークジョブを持つたかしや紬の方が、重要度としては上だろう。

「えっと」

 たかしは、思案顔になる。

「勇者って、なんなんでしょうね?」

「一般的には、魔王とか竜王とか、とにかく悪くて強い敵をやっつける役回り、だよな」

 恭介は即答する。

「そういうイメージを逆手にとって、勇者をあえてヴィランにしている作品も増えているけど」

 彼方がつけ加える。

「それ、要らん情報だよな」

 恭介が彼方の意見を論評した。

「それで、ですね」

 たかしは、二人の様子に構わず続けた。

「なんでそんなたいそうな役割が、ぼくに与えられたのかな、って。

 いや、違いますね。

 ぼくの心情としてはそれで合っているんですけど、それ以上に疑問なのは、この世界における勇者とは、なにをなすべきジョブなんでしょうか?」

「はっきりいって、まったくわからん」

 恭介の答えは端的だった。

「まだ、ゲームのルールを手探りで確認している段階だしなあ。

 そのゲームの最終目的なんて、いつ判明することやら」

「まずは、ヘルプにある情報を片っ端からさらってみるしかないね」

 彼方は、そう答えた。

「それでもわからなかったら、そりゃ、今の段階ではシステムが開示するべきではないと判断している情報なわけで。

 ええと、ジョブの説明文には、なにが書いてあった?」

「成長が早く、苦手なことが少なく、オールマイティに近いジョブ、としか」

「性能とかの情報だけかあ」

 彼方はそういってから、少し考え込む。

「うーんとね。

 ヘルプに書いていないということは、それなりの自由度が保証されている、ってことだと思う。

 つまり、行動については、だけど」

「好きに動いてもかまわない、ってことですか?」

「いやもちろん、誰かに迷惑かけたり、反社会的な行動は慎んで欲しい、ってのは前提だけどね」

 彼方は、そう続ける。

「さっきの説明と勇者のイメージからの予想だけど、成長するととっても強くなるジョブだと、思うんだ。

 それが好き勝手に暴れ出したら、たぶん、ぼくらでは太刀打ちできないし、抑えられない。

 まあ、たかしくんなら、いらない心配だとは思うけど」

「なんというか、今の時点では情報が少なすぎるんだよな」

 恭介はいった。

「説明書は不親切で肝心な情報を伏せている節があるし、おれたちはまだはじまりの町から一歩も出ていない段階だし。

 この世界について、まだなにもわかっていない。

 ひょっとしたら、いずれ勇者が倒すべき悪くて強いやつが出て来るのかも知れないけど、今はまだその兆候すらない」

 どう取り繕ったところで、

「わからないことは、わからない」

 としか、いいようがない。

「その点、わたしのジョブは、やるべきことがはっきりしていますね」

 紬が、口を開いた。

「死者の蘇生が、条件つきで出来るそうですから」

「生徒会ってパーティの目的は、全プレイヤーを無事にしておくことだと聞いている」

 彼方はいった。

「聖女のジョブ持ちは、なにがなんでも手元に置いておきたいでしょうね」

「まあ、そうでしょうね」

 紬は、その言葉に頷く。

「いざというときの保険として」

「死者を蘇生する聖女のスキルがあるのとないのとでは、難易度がまるで違ってくるしなあ」

 恭介は続けた。

「つまり、全プレイヤーを守るって生徒会の目的にとっては、ってことだけど」

「いっておくけど、生徒会の人たち、決して悪い人たちじゃないからね。

 今までの感触からすると」

 彼方は紬に向かって、そうつけ加える。

「あの人たちも、いきなり妙な役目を押しつけられて困っている部分はあるし、お世辞にも手際がいいとはいえないけど、とにかく悪気はない」

「褒めているのか貶しているのかわからんな、それ」

 恭介が突っ込みを入れた。

「おれたちゃ自分らのことだけを考えてりゃいいけど、あの人たちはいきなり百五十名全体の安全を守る立場に立たされたわけでな。

 同情の余地はあるし、今は行き届かない部分が多いとしても、じきに慣れるんじゃね」

「お二人とも、随分と率直な物言いをなさるのですね」

 紬は感想を述べた。

「ただ、こちらとしては、その方がわかりやすくはあります。

 わたし自身、この環境にも自分のジョブ、ですか? そういうのにも不慣れなわけですし、当面は生徒会の人たちに協力しようかと思います」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る