生徒会の事情(二)
「……疲れた」
小名木川宵子は、生徒会室、ということになっている大きな部屋の執務机の天板に突っ伏して、ぼやいた。
「ってか、なんでわたしがこんな苦労しないといけないわけぇ」
「お疲れ様です」
書記の小橋美紀が、声をかけてくる。
「ようやく、一段落ついたようですね。
プレイヤーからの問い合わせも、ようやく止まってくれました」
書記である小橋には、生徒からの問い合わせ対応を担当して貰っていた。
なにせ、こんなの事情事態である。
生徒会から「ステータスオープンしてみろ」的な同報連絡を入れてからこっち、絶え間なく問い合わせが来ていた。
その大半は実質、クレームとか愚痴だったが。
なんでこんなことになっているのか。
ふざけるな。
受験が将来が。
どうすれば元の世界に帰ることが出来るのか。
などなど。
いい分としてはもっともな内容だったが、同時に、生徒会の業務とはまったく無関係であり、こちらにはどうにも解決できないことが大半だった。
というか、まったく同じことを、小名木川会長をはじめとした生徒会メンバーも愚痴りたいくらいだった。
理不尽、なのである。
生徒会をはじめとする、百五十名の全プレイヤーが置かれている、現在の境遇は。
異世界だかなんだか知らないが、実質的には、強制的に拉致されているのと変わりがない。
人権が、まるっきり無視されている。
書記の小橋は、逐一相手のいいぶんを聞いたあと、諄々とそうした内容をしゃべり倒し、
「大変ですが、お互い頑張りましょう」
と締めくくった。
口調に本音がダダ漏れだったので、相手の方もそれ以上に言葉を強くするわけもいかず、なんとなく了解して通話を終える。
そうこうするうちに、その手のクレームは段々減っていった。
他のプレイヤーたちも、時間が経つにつれて冷静になり、しぶしぶ、ではあるが、現状を受け止めはじめているのだろう。
そんなクレーム処理をほぼ一日中繰り返していた小橋書記は、柔和な雰囲気に関わらず、根本的な部分でタフなんだろうな。
などと、小名木川は思う。
誰にでも出来る仕事ではなく、得がたい人材、ではあるのだろう。
「あ、会長」
なにもない空中に、ということは、自分のシステム画面に視線を固定していた会計の横島が、声をかけて来た。
「お茶、いれます?」
「真昼ちゃんがそういってくるってことは、またなにか問題が発生したのね」
小名木川は軽くため息をついた。
基本、真面目な横島会計は、なにか相談したいことがない限り、自分から休憩を提案することはない。
「この時間に、ってことは、おそらく、トライデント絡み?」
「はあ、その、お察しの通り、トライデント絡み、です」
横島は、申し訳なさそうな表情を作って頷いた。
「例によって、彼ら自身が問題をつくっている、というより、彼らが他のプレイヤーよりもだいぶ先行して動いているので、問題になりそうな案件を片っ端から踏み抜いている感じですが」
「それは、理解している。
考えようによっては、あの連中が先に問題提起をしてくれるから、こちらも対処法を考える余裕が出来ている、という面もあるし」
小名木川は、横島の言葉に頷いた。
「で、今度は連中、なにをしでかしたの?」
「土地を買おうとしています」
「土地を?」
小名木川は、軽く顔をしかめる。
「そいや連中、拠点を作るとかいってたか。
土地って、買えるもんなんだ」
「ええ。
システム上は、問題なく売買出来るようです」
横島は、説明する。
「この周辺、マップでいう、三重の同心円の内部は、生徒会の領地ということになっています」
「領地、ねえ。
それで、どこの、どれくらいの土地を買いたいって?」
「北側に延びている街道と真ん中の同心円が交差する近くで、どうやら、村の廃墟を丸ごとぐるっと買い取るつもりのようです。
面積は、約五十ヘクタールになります」
「五十ヘクタール」
小名木川は、あっけにとられた表情になる。
「といわれても、いまいちピンと来ないかなあ。
いや、広いということは理解出来るけど」
「東京ドームがだいたい四・六ヘクタールだといわれていますから、その十倍強になりますね」
小名木川は、数秒ぽかんと口を開けていた。
「……想像よりも、広大だった。
で、その土地を売ると、なにか問題が起きそうなの?」
「こちらとしては、特になにも。
ただ、土地の所有権を譲渡すると、その内部で起きた問題に対して、生徒会は干渉出来なくなると思います」
「そうなの?」
「ええ。
問題を解決するのは、領主様の権限になるわけですから」
「そうか。
土地を譲るってことは、統治権の問題になってくるのか」
小名木川は考え込む。
「責任が分散されるんなら、こっちとしてはむしろ歓迎したいくらいだけど。
で、売った土地は、連中が統治することに、と」
「トライデントの方たちとは昼に一度面会だけですが、悪い感触ではなかったですね」
横島は意見を述べた。
「彼らが責任者になるのなら、治外法権の場所が出来ても特に問題はないかと」
「人柄に問題がないって点は同感だけど、人格的に、あー、三人とも、かなり風変わりだからなあ」
小名木川はいった。
「方向性は違うけど、他の生徒たちとはズレている部分がある」
小名木川も、トライデントの面々とは、横島と同じく、昼に中央広場に一度面談しただけの関係だった。
それでも、それだけは実感させられている。
思考や行動原理の方向性が、どこか他の生徒たちと違っている。
そういう感触を得ていた。
人格や倫理面ではなにも問題を感じなかったが、やり取りをしていると微妙に居心地が悪く、ある種の異質さを感じてしまったのだ。
そういう三人が揃っていたからこそ、あれだけのスタートダッシュを決められたのかも知れない。
「今は、先方の申し出を保留している形ですが、どうしますか?」
横島が、確認してくる。
「統治権以外に、こちらにデメリットはないってことだったよね?」
「ない、はずです」
「じゃあ、売っちゃお。
こっちとしては、領土なんかにまったく執着ないし」
「では、そのように処理をします。
今日はもう遅いですし、明朝でもいいですよね?」
「いいんじゃない。
なんだったら、副会長の意見を確認してからでも構わないし。
あ、そういえば、その土地、売るといくらくらいになんの?」
「五億CPになります。
どうやら、マーケットに査定させた額をそのまま提示してきたようですが」
「十ヘクタールあたり一億ポイント換算になるわけか」
小名木川がいった。
「ものが土地だしな。
高いような気もするし、そんな額の気もするし。
はっきりいって、ピンと来ない」
ひとつ断言できることは、そんな額のCPをこの場でポンと出せるパーティは、トライデント以外にはいないだろうということだ。
強いていえば、魔法少女隊がそれに迫っている。
純粋にモンスター討伐報酬の額だけで比較すると、魔法少女隊の方が若干、トライデントよりも上をいっている。
だが、トライデントは、魔法少女隊とは違って、無数のボーナスポイントを得ていた。
あの三人だけ、「はじめてなにかを成し遂げた」事例が多いのだ。
だから、取得したCPの総額では、結果として、トライデントが勝っている。
なんとも奇妙な連中だ。
と、小名木川は、改めてそう思う。
「ちーっす!」
外に見回りに出ていた、築地と常陸の男子組が帰って来た。
「お疲れ様でーす。
異常は、特にありませんでした。
ただ、設置したトイレ、いくつのタンクがもう溢れてました。
もっと増設しておいた方がいいと思います」
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