あなたは誰?
「皆さん、随分と落ち着いているのですね」
わいわいと食事を摂る中、紬がそんなことをいい出した。
「わたしたち、今、かなり異常な事態に巻き込まれていると思うのですが」
「あー」
赤瀬が、答える。
「パニックになってもよかったんだけど、わたしらの場合、転移してきて最初にあったのが師匠だからなあ」
「そうそう。
妙なことなにもいわず、すっと具体的な対策だけを教えてくれたから、こっちも落ち着けたというか」
「異常というのなら、真っ先にこの事態に対応して動けているトライデントの三人が一番の異常」
緑川が、そう結論した。
「わたしたちは、そのあとを追っていただけ」
「そうなの?」
「そうなのか?」
遥と恭介は、ほぼ同時に首を傾げている。
「いや、ぼくは、このふたりのフォローしているだけだからね」
彼方は、ぶんぶんと顔の前で手を振って、そう断言した。
「異常なのは、この二人だから」
「こちらから見ると、三人とも同類、というか」
仙崎までもが、ダメ出しをする。
「転移して十分もしないうちに有効なスキル構成を考えて実践して、他人にも教えてるって、どれだけですか?」
「スキル構成については、彼方が一番巧いと思うけど」
「だよねえ。
わたしら、結構行き当たりばったりだし」
恭介と遥は、そんなことをいって顔を見合わせた。
「ジョブなんかも、彼方はあえて戦闘職以外から選んでいるし」
「え?
でも、その方が効率的じゃない?」
彼方は、驚いた顔を見せた。
「だって、ポイントを集めるのが当面の目的になるわけでしょ?」
「これだから、天然は」
「天然だよねえ、こいつ」
恭介と遥は、ほぼ同時にそういって軽くため息をつく。
「あのー、いいっすか?」
赤瀬が片手をあげて、恭介と遥に確認した。
「お二人、つき合ってるん?」
「そーでーす!」
遥はそういって、恭介の腕を取って抱きつく。
「この二人、腐れ縁の共依存バカップルだから」
彼方が静かな声で説明する。
「変に割り込もうとしない方が身のためかと」
「だよねー」
「そうでしょうね」
魔法少女隊の面々は、普通に頷いている。
「市街地の中央広場で、膝の上に座ってたし」
「あの距離感の近さには、誰も入り込めないなと」
「さりげなく牽制されていた疑いあり」
「で、そっちの彼方くんの方は、フリーなんだよね?」
「あ、こっちはいくらも持っていってください」
彼方自身がなにか返答する前に、遥がいった。
「なんだったら、複数でおつき合いしても問題ないです。
よ、ラノベ主人公!」
「ねーちゃんさー」
彼方はそういって、半眼で自分の姉を見つめた。
「また、そういう誤解を招くようなことを。
ええと、マジレスすると、こんな異常事態に巻き込まれている今、そんなことを考えている余裕ないっす。
他に考えたり行動したりすること、いくらでもあるし」
「そういう冷静な判断力が、一番の魅力」
緑川が、彼方の顔をまともに見据えていった。
「特に、こんな状況の中では」
「お、みどりん、ここで取りにいくか!」
「取りにはいかない。
今のはあくまで一般論」
赤瀬の突っ込みに、緑川は冷静に答える。
「今後、彼方くん狙いの女子は増えると予想させる」
「あー」
青山も、大きく頷く。
「彼方くん、優良物件だよねえ、普通に。
師匠みたいに決まった相手がいないとなると、色目使ってくる子も出てくるかなあ」
「そういう女子、いるからね、実際」
仙崎も、そういった。
「自分でなんとかするよりも、誰かに頼ってその相手になんとかさせようって子。
彼方くんは遥先輩に似て、ルックスもかなりいいから、それなりに警戒しておいた方がいいかも」
「まるで実感がわかないけど、一応、肝に銘じておくよ」
彼方は頷いた。
「せっかくのアドバイスだしね」
「ルックスがいいっていえばさ」
遥が、紬にはなしかけた。
「紬さん、三年生だったよね?
築地徹也って子、知っている?
かなりのイケメンで、背がこう、シュッと高い」
「築地さん、ですか」
紬は思案顔になった。
「ちょっと、記憶にないですねえ。
それだけ目立つ方なら、名前くらい存じあげていてもおかしくはないと思うのですが」
「わたしも、全校生徒の顔と名前をおぼえているわけではないんだけど」
遥はそう続けた。
「あれくらい目立つ子だと、今までに知っていない方がおかしいくらいかなあ、と」
「それ、今回の転移で、うちの学校の生徒以外が混ざっているってこと?」
彼方が、遥の疑念を確認する。
「すぐにそうとは断言出来ないけど」
遥は、言葉を濁す。
「ただ、わたしは、あの子とはこちらに来てからはじめて顔を合わせた。
他の三年生に連絡を取って、確認を取ってみるつもりだけど」
「可能性としては、いくつか考えられるかな」
恭介はいった。
「さっき彼方が指摘したように、学外の人が紛れ込んでいる。
同じ学校の生徒でも、時間軸が違う」
「時間軸?」
「五年とか十年とか、あるいは、もっと昔の生徒。
あるいは逆に、未来の生徒とかだと、おれたちが顔を知らなくても無理はない」
「あ」
青山は、驚きの声をあげた。
「異世界に転移してきている、今の事態がかなり異常なわけだし。
さらにそういう異常が起こっていても、おかしくはないか」
世界の壁を越える機序がはっきりとしていない以上、転移元の時間軸が同一であるという保証もない。
「君たち、よくそこまで頭が回るよな」
赤瀬は、単純に感心している。
「特に、トライデントの三人。
なにか問題が起こると、すっと他の二人から有用な意見が出て来る。
真っ先に先行して同行してたのも、納得出来るっていうか」
「そうですねえ」
紬が、おっとりとした口調で同意した。
「わたしたちなんて、半日くらいぼうっとしていたくらいですし」
「あともうひとつ、思いついた可能性があるんだけれど」
珍しく、恭介は口を濁した。
「どうしたん?」
遥が先を促す。
「なんで躊躇っているのかわからんけど、ここまで来たら最後までいっちゃえよ」
「じゃあ、いうけど」
恭介は、背筋を伸ばして、いった。
「その人が、システム側が用意した、NPC的な存在である可能性」
「は?」
「あ!」
赤瀬が驚いた声を、彼方は納得した声をあげた。
「スキルとかジョブとかステータスとかマーケットとか。
もう十分にゲーム的な要素てんこ盛りだしな」
彼方はなにやら考え込む顔になっている。
「それだけのお膳立てを整えられる存在が、NPCだけを避ける理由もないか。
役割的に見ても、全校生徒の安全を向上させる生徒会が、あまり頼りないと困るはずだし」
「いやだって、あの副会長でしょ?」
赤瀬は、そんな彼方に抗弁する。
「確かにイケメンだったけど、普通に生身の人間にしか見えなかったよ」
「それはそうなんだけど」
彼方は、赤瀬に答えた。
「それはあくまで、ぼくらにはそう感じられた、という主観でしかないから。
ぼくらの感じ方に、なんらかの干渉を受けている可能性もあるし」
「詳しく」
緑川が、さらに詳細な説明を求める。
「えっとね」
彼方は、数秒、頭の中で説明する順番を整理してから、口を開いた。
「ぼくはね、この世界が丸ごと、ヴァーチャルな仮想空間であっても驚かないよ。
だって、スキルとか使えているってことは、それだけこの世界にぼくらが干渉をしているってことで。
そんな能力をぼくら普通の人間に持たせるより、仮想的な空間にぼくらの意識だけを移した方が、ずっと簡単なはずだからね。
ええと、技術的にもそうだし、エネルギー収支的に考えても」
「どちらにしたって、おれたちの立場は変わらないだろう」
恭介が指摘した。
「ポイントを稼いで自分の生活環境をよくする。
ここがヴァーチャルな世界であれ、本当の異世界であれ、当面、おれたちがやるべきことは変わらない。
さらにいえば、実際的な問題として、おれたちにはここがなんであるのか、検証をする手段がない」
「うん。
確かに、そこは別に置いててもいいんだ」
彼方は、頷いた。
「恭介がいうように、差し迫った問題でもないしね。
ぼくがいいたいのは、ぼくたちをここに置いた存在は、それだけ、ぼくたちから隔たった存在であるってことで。
そんな超越的な存在なら、ぼくたちかみれば普通の人間にしか見えないなにかを、自分の都合で作って配置することも出来るんじゃないか、ってことで」
「あの、ちょっとよろしいでしょうか?」
紬が、片手をあげて発言した。
「その、築地くんという方が、NPC、というのですか?
人間にとても似ていて、でも人間ではない存在であったと、そう仮定して、ですね。
それで、なにか困ることがあるのでしょうか?」
「……そういわれると、別になにも困りはしないかな」
少し考えてから、遥が答えた。
「そのNPCが、他の生徒たちに害を与えるような存在であったのならともかく、筑地くんの場合はそうでもなさそうだし」
「というか、あの会長の子よりも、よっぽど頼りになりそうに見えたんだけど」
青山も、そう指摘をする。
「仮に、あの人がNPCであったとしたら、他の生徒会メンバーだけでは心細かったから、それを補佐するためにあの子を配置したんじゃない?」
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