新しい拠点(二)

「ええと、トイレはこの建物の、入口から出ると反対側、裏側にあります。

 それと、シャワーは、向かい側の家の中に作りました」

 全員が揃ったところで、彼方が説明をはじめる。

「今日のところは、どっちも仮設です。

 工事現場なんかで使うものをマーケットで買って、ポンと置いただけです。

 下水とか排水の整備をするのにちょっと時間が掛かるので、本格的なものは明日以降にする改めて設置する予定です」

「仮設だろうがなんだろうが、すぐに使えるものがあるだけマシだろ」

 恭介はいった。

「むしろこの短時間で、よく準備してくれたよ」

 彼方がこの拠点に来てから、わずか数時間しか経っていない。

 それを考慮すると、彼方はかなり効率よく動いている。

 気が、する。

「贅沢いいだしても、際限がないしね」

 遥も、その意見に同意する。

「こっちはともかく、人数が居る市街地はどうやってるんだろ?」

「何人か送っていくときに確認した範囲では」

 仙崎が疑問に答える。

「細かいところまでは手が届いていない感じですね。

 仮設トイレはあちこちに置いてありましたけど、お風呂とかシャワーは今日中には無理とかいってましたし」

「あと、教会? 聖堂?

 みたいなだだっ広い建物があるんだけど、希望する女子はそこに寝泊まり出来るようになってた」

「転移してきたのは全部で百五十名っていってたか。

 その半分としても、七十名以上」

 恭介が、疑問を口にする。

「その聖堂らしい建物って、そんなに入るのか?」

「別に中に入って確かめたわけではないけど、外から見た感じでは、十分入る大きさに思えたかな」

 青山がいった。

「それに、女子の全員がそこにいくってわけでもないし」

 実際、ここにも数名の女子生徒が来ている。

「いずれにせよ、生徒会の連中も苦労してそうだな」

 恭介は感想を述べた。

「食事は、マーケットがあるから各自で調達しろ、でもいいけど、それ以外はね」

 遥も、恭介の言葉に頷く。

「お風呂とか泊まる場所とか、自分でどうにかしろといわれたら、暴れるやつが出て来るよ」

「治安は確実に悪化すると思われ」

 緑山が、例によって淡々とした口調で続ける。

「女子だけでも真っ先に隔離したのは、正解」

「何か問題が起きたら、みんなが胸くそ悪い思いをするだけだしね」

 彼方はそういって頷く。

「手が回らない部分もあるだろうけど、生徒会の人たちもよくやっている方だと思うよ」

「それで、明日はその生徒会の方々のところまでいくのですか?」

「ただしくんの体調次第ですが」

 紬の問いに、恭介が答える。

「おふたりを生徒会のところにまで送り届けるのが、一応、おれたちの受けた仕事になります」

 紬にしてみれば、この場の雑談も情報を集めるいい機会ではあるんだろうな。

 と、恭介は思う。

 もう一方の当事者であるただしは、紙コップを抱えながら船をこいでいた。

「ただしくんは、もう休んだ方がいいのかな?」

 遥が確認してきた。

「夕食、どうします?

 レトルトでよければ、お粥でも暖めますが」

「えっと、はい」

 ただしが、首を横に振ってから答える。

「昼も抜いているんで、お粥ではなく、普通の食事がいいです。

 食欲は、普通にあるんで」

「それじゃあ、早めに食事にしますか」

 遥はそういって、まわりを見渡す。

「で、食事、どうしよう?」

「こんだけ人数居るし、キッチンとか水回りの整備もまだしてないから」

 彼方が提案する。

「外に出て、バーベキューとかどうっすか?」

「なるほど」

 赤瀬がいった。

「火元さえあれば、あとは食材さえあればいいし」

「マーケットがあれば、食材も選び放題だし」

「バーベキュー用のコンロとか炭とか、マーケットにある?」

「マーケットには、たいてのものはある。

 ポイントさえあれば、なんでも手に入るよ」


 外に出るとすっかり日が落ちていていて、暗くなっていた。

 人工の光源が乏しいせいもあり、想像以上に暗い。

「その代わり、星が」

「ああ。

 多いし、きれいだ」

 LEDランタンを掲げた彼方と恭介が、上をみあげながらそんなやり取りをしている。

「この世界、ってか、ここも惑星なんだよな?」

「確証はないけど、おそらくは。

 ことによっては、真っ平らな大地の上かも知れないけど。

 しばらく天体観測でして、星の運行とか記録してみないと、検証は不能だね」

「しばらくの間は、そんなことをしている余裕もないか。

 月があれば、比較的簡単に検証出来るんだが」

「今のところ、月は見当たらないね」

「まあ、月はなあ。

 元の地球みたいに、肉眼で確認出来るような、まん丸で大きな衛星を持っている惑星のが珍しいくらいだし」

 そんな理屈っぽいやり取りをしながら、恭介と彼方は手際よくバーベキューの用意をしている。

 マーケットで購入したコンロを設置し、豆炭という比較的着火しやすい炭を中に置く。

「なんか手慣れてない?」

「少し前にアニメで観たから」

 恭介も彼方も、この手の野外活動を経験しているわけではない。

 というか、両者とも、家庭環境的にそんな経験をしているわけがなかった。

「ああ、キャンプのアニメ」

「で、あとは、着火用のライダーで、と。

 こんなもんかな?」

「換気なら任せて」

 緑川が、風魔法でコンロに微風を送って、炭火を大きくする。

「いや、この魔法の使い方って」

「実用的でいいじゃないか」

「炭に火がついたら、あとは適当に好きな物買って、コンロの上で焼いて。

 あ、そちらのお二人は、好きなものとか食べたいものあったら遠慮なくリクエストしてください」

 結城姉弟は、これまでのいきさつからして、ほとんどポイントを所持していなかった。

 それで食費まで徴収するのは気が引けたし、なにより、彼方たちは使い切れないほどのポイントをこの時点で所持している。

 一食や二食分奢る程度のことに、なんの問題も感じていなかった。

「なにからなにまで、お世話になりまして」

 恐縮した様子もなく、しかし丁寧に、紬は礼を述べる。

「いえいえ、お構いなく」

 彼方が応じる。

「さっきまで救助される側だったんですから」

 本音をいえば、変に恐縮されるよりは、淡々と受け止めて欲しかった。

「気になるなら、あとで別の形で返してくれれば」

 恭介は、そんなことをいう。

「なにしろお二人は、二人ともユニークジョブの持ち主だ。

 少しレベルアップすれば、ポイントなんていくらでも稼げるようになる」

「え?

 そうなの?」

 赤瀬が、大きな声を出す。

「ユニークジョブとか、聞いてないんだけど!」

「あれ?

 いってなかったけ?」

 遥は、そういって首を傾げる。

「でもまあ、助けた人のジョブなんて、どうでもいいじゃん」

「生徒会の人以外では、はじめて見た。

 ユニークジョブの人って、他にも居るのかな?」

「居るのかも知れないけど、誰がそうであるかは調べられないんじゃないかな?」

「鑑定ってスキルがあったけど、それを使えばワンチャン?」

「あ、ぼく、その鑑定スキルも取っているよ」

 彼方が、片手をあげる。

「結論をいうと、条件が揃えば他人のジョブとかも見えます。

 ただし、自分より高レベルの人とか、その人が鑑定を阻害するスキルとか持っていたら、見ることは出来ません」

「そういう設定かあ」

「まあ、そういうのも個人情報のうちだしね。

 変に詮索しすぎるのもアレだし」

 そんなことをいい合いつつ、出来合いの焼き鳥とか、串焼きセットとかをマーケットから購入して、コンロの上に食材を並べていく。

「ちょっと、野菜を焼く場所も空けておいてよ」

「えー!

 青山さんは真面目だなあ」

「真面目とかそういう問題じゃないし。

 健康とか栄養バランスを軽視すると、あとで詰むよ」

 そいって青山は、自分で切ったピーマンや輪切りにしたタマネギをコンロの上に置いた。

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