新しい拠点(一)

「マップによると、ここ……の、はずなんだけど」

「壁が出来ておるね」

 恭介と遥は、そういって顔を見合わせる。

「壁はまあ、土魔法があれば作れるとは思うけど、それにしてもデカくね?」

「あいつ、凝り性だからねえ」

 遠目から見ても、大きい。

 百メートル以上は、囲っている。

 高さも、三メートル近くはあるのではないか。

 壁もここまで来れば、もはや、防壁といっていい。

「ここまでくると、拠点というより要塞かなあ?」

「物々しいというか、あ、堀まで掘ってる。

 かなり深い」

「というより、この堀を掘った分の土を、上に積んでいる形だろうなあ、これ」

 そんなやりとりをしながら、彼方に連絡すると、

『そこから右手にしばらく移動したことろに、入口があるから』

 と、いわれた。

「二時間かけてようやく着いたら、これかあ」

 遥がぼやく。

 実際には、紬姉弟の足に合わせているため、二時間以上かかっている。

 足場の悪い森の中を、病み上がりのただしに強行させていたのだから、仕方がないのだが。

 四人は重たい足取りで、防壁沿いに歩く。


 さらにしばらく歩き、四人はようやく入り口、らしい場所にたどり着いた。

「ちょっと待ってね」

 そこだけぽっかりと防壁が三メートルほど途切れており、堀の向こう側に、彼方が待っていた。

「今、板渡すから」

 彼方は、LEDランタンを持っていた。

 ぼちぼち日が暮れかかっており、あたりが暗くなりはじめている。

「お、おう」

「ここは、最終的には跳ね橋を設置する予定なんだけど、流石に今日はそこまでやる時間がなかったよ」

「そりゃ……そうだろうな」

 結城姉弟も、目を丸くして左右を見渡している。

「中は流石に廃墟だね」

「そりゃそうだろ」

 彼方ひとりでは、出来ることに限界がある。

 実際に使えた時間を考えると、拠点の候補地を絞り、ここまで立派な防壁を築けただけでも、十分上等といえた。

 分厚い板の上を歩いて囲いの中に入ると、囲いの外と同じような景色が広がっている。

 強いて違いを探すとすれば、ところどころに、どうやら元はなにかの建物であったらしい、と予想出来る、崩れた壁面が散見しているくらいか。

 どうやら防壁は、村ひとつの残骸をぐるりと囲んでいるようだった。

「大昔に、ここに集落があったみたいなんだけどね」

 彼方は、そう説明をする。

「いくつか、状態が比較的ましな建物がまだ残ってたんで、簡単に補修しておいた。

 今夜はそこに泊まることになると思う」

「拠点をここにしたのは、いくつか建物が残っていたからか?」

「それもあるけど、それ以上に重視したのは、地の利かな」

「地の利って?」

 遥が首を傾げる。

「森の中にあって、他の場所とたいして変わんないように見えるけど」

「そこの入口からしばらくいったところに、道だった跡があるんだよ。

 すっかり風化してボコボコになって、そのままでは使えないけど」

「おれたちが来た、市街地から伸びている道か?」

「そう。

 そのままではどうにもならないけど、手を入れればまた道として活用可能になると思う」

 彼方は簡潔に説明する。

「今すぐにどうこうってのはないにせよ、もう少し時間が経ったら、生徒会あたりが人手手配してやるでしょ」

「市街地から森を抜けて外まで伸びていく道、か」

 恭介は考え込んだ。

「森の外に誰か居るのかな?」

「それについては、なんともいえないね」

 彼方はいった。

「ぼくらが目撃しているのは廃墟だけ。

 つまりは、この世界にもかつて誰かが居たって証拠だけ。

 市街地やこの村を作った人たちが、なんらかの理由でここを去っただけなのか、それとも絶滅したあとなのか。

 今の時点では、どちらともいえないよ。

 そのどちらにせよ……」

 事態が落ち着いてくれば、生徒会としても外部に誰か居るのかどうか、探しにいくしかないはずであり、そのためにも道は必要となる。

 と、いうのが、彼方のいい分だった。

「そうなったときに、この村は外部との中継地点になる、と」

 遥はなにやら思案顔になった。

「いずれにせよ、ずいぶんと先のことだよねえ」

「そうですよねえ」

 紬が、感心したような声をあげた。

「皆さん、かなり将来のことまで見据えていらっしゃるのですね」

「いやそれ、この愚弟だけだから!」

 遥が即座に否定する。

「おれも、そこまで考えてはなかったな」

 恭介も、頷いた。


「で、ここが、一番まともな建物になります」

 彼方はそういって、恭介たち四人を建物の中に誘う。

「壁とか修繕して中を軽く掃除して、各部屋にベッドとか簡単な家具を入れておいた。

 細かいところは、明日以降の課題、と」

 中は、明るい。

 彼方によると、外に経由で動く発電機を設置しており、家電も使える状態だという。

「ってか、これ、薪ストーブ?」

「ん」

 恭介の疑問に、彼方が答える。

「どうせ手を入れるんなら、と思って、天井に穴空けて煙突通しておいた」

 その薪ストーブを囲むように、折りたたみ椅子がいくつか置かれている。

「ひとりで高所作業したのか?」

「あ、脚立とかは使ってないから、そんなに危なくはないよ。

 あれ、適当な高さに結界を張って、それを足場に使ったから」

「その手があったか」

 恭介は素直に感心する。

「お前、妙なところで発想が柔軟だよな」

「皆さんお疲れでしょうから、まずは暖かいスープとかどうですか?」

 彼方はそういって、ストーブの上に置いていた、かなり大きな缶を示す。

「コーンスープ、ですか?」

「ですです。

 マーケットの画面を広げればわかると思いますが、レトルトとか加工食なんかも豊富に扱ってます。

 ポイントさえ稼いでいれば、飢えることはないかと」

 紬の疑問に答えながら、彼方は紙コップに缶の中身であるコーンスープを注いで、全員に配った。

「あ。

 はいはい。

 そうです。

 壁に囲まれた場所があるでしょ?

 その中に、灯りがついている建物があるから、そこに来てください」

 そしてやおらに、ひとりでしゃべりはじめる。

「魔法少女隊のみんなも、こっちに来るそうです」

「来るのはいいけど、場所あるの?」

「壁の補修だけが終わっている家が、何軒か。

 内装とか掃除とかはやってないけど、一晩泊まる程度なら問題ないでしょ」

「ここは、かなり広い建物ですよね」

 紙コップを両手で抱えながら、紬が周囲を見渡していった。

「なんに使ってたんでしょうか」

「入口から入ってすぐのここは、かなり広い土間。

 倉庫代わりか、もしかしたらここで家畜を飼っていたかも知れません」

 彼方は即答する。

「ここ、一戸一戸の間がかなり離れていたでしょ?

 たぶん、建物の間が農地だったんじゃないかな、と。

 そのあたりは、あまり大きな木が生えていませんでしたし」

「ここが放棄されてから、かなり経つのかな?」

「少なく見積もっても数十年。

 下手すれば、数百年単位で人の手は入っていないようで」

 これの疑問にも、彼方は即答した。

「基本的には、ぼくらが来た市街地と同じだと思う。

 もちろん、ぼくは専門家でもなんでもないんで、どこまで正確な予想かはなんとも保証出来ないわけなんだけど」

 そんなやり取りを続けていると、入口の扉がノックされた。

「来たかな?」

「ちーっす!」

 赤瀬を先頭に、魔法少女隊の四人がぞろぞろと入ってくる。

「お邪魔しまーす!」

「そっか。

 この子らは、短時間なら飛べるから」

 遥は、そういって頷いた。

「わたしらみたいに、壁の外で案内を乞う必要もないわけか」

「そういや、彼方。

 あの大仰な防壁は、なんなんだ?」

 改めて、恭介が疑問を口にする。

「あんなものを作る必要、あったか?」

「対人用って意味合いも、多少はあるけど」

 スープの紙コップを魔法処女隊の四人に配りながら、彼方が答える。

「それ以上に重視しているのは、野生動物対策だね」

「野生動物?」

「落ち着いたら、畑とかやる予定だったでしょ?

 野生動物による食害は、シャレにならないよ」

「長いこと、この周辺に人間が居た様子はない」

 緑川が、淡々とした口調でいう。

「それだけ、野生動物も、強い。

 というより、この辺も、彼らのテリトリーの中にある。

 と、そう見るべき」

 それなら、壁で囲って防備を固めるのも、仕方がないのか。

 恭介は、そう納得した。

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