森の中

 マップ上の一番内側の同心円、つまり、市街地を囲む円形の壁を抜けると、しばらく人の手が入っていないように見える森に出る。

「あの子らは、空を飛べていいなあ」

 足場も視界も悪い中、手にした鉈で進行方向の枝を払いつつ、遥はぼやいた。

「浮遊魔法、ね」

 恭介は、そう返す。

「短時間しか浮いていられないし、運動性能はほとんどないしで、見た目ほどの自由度はないそうだけど」

 二人は、マーケットでカーゴパンツと長袖の上着、頑丈なブーツを入手して着用している。

 どんな野生動物が潜んでいるか不明だったため、せめてもの備えだった。

 ヒルや毒蛇が潜んでいる可能性があると指摘すると、遥もその地味な格好に着替えることに抵抗はしなかった。

「そんでも、こんな藪だらけの中を突破していくよりは、ずっとマシでしょ」

 遥は、さらにぼやく。

「なんだかよくわからない虫も多いし」

「ワイルドだよなあ」

「ワイルドだよねえ」

 人の手が入らない土地、というのは、おおむねこんなもんだろう。

 恭介としては、そう思っている。

 生えている木なんかも、日本で見た覚えがないものがほとんどだったが、これがこの世界における原生林。

 に、近い形なのだと、そう思う。

 ぼやいている割には、遥は休むことなく鉈を振りおろしては前進していた。

 その速度は、不整地を通り越して道さえない土地を切り拓きながらにしては、かなり速い。

 レベルアップの恩恵により、基礎体力その他の身体能力が格段に向上しているから、だった。


「疲れたら、おれが前に出るよ」

「まだいいよ」

 恭介が進言すると、遥は即答する。

「わたしの方が、遠くまで察知出来るし。

 その分、なにかあったら先に気づくし」

 これは、どうも「斥候」と「狩人」という、ジョブに由来する性能差であるようだ。

 斥候は、探知、察知、速度や移動能力に秀でていて、索敵と一撃離脱に特化している。

 対して狩人は、狙撃能力に優れ、自身の気配などを遮断しての待ち伏せを得意とする。

 性能的に一部被っている部分もあるが、当然のことながら、異なる部分もある。

 探査能力に秀でた斥候が前に出るというのは、それなりに理にかなっていた。

「あとどれくらい?」

「あと五キロってところかな」

「普通ならあっという間だけど、森の中だときついかも」

「舗装された道があれば、今のおれたちならあっという間だよな、確かに」

「あ、二時の方向に、なんか居る」

「ほい」

 恭介はそちらに銃口を向け、バードショット弾を装填した散弾銃の引き金を引く。

「命中。

 仕留めた」

「彼方、倉庫に小動物送ったから」

『了解』

「どんなんだった?」

「タヌキかハクビシン、みたいな?」

「まあ、小動物だな」

 この世界の動物について、恭介たちはほとんど情報を持っていない。

 子細な検証や検分は、とりあえずもっとあとに、余裕が出来てからやる予定だった。

 ただ、彼方は早めにそうした検分をしておきたいと希望していたので、こうして道すがら、遭遇した獲物を仕留めて倉庫に送り込んでいる。

「彼方、そっちはどうだ?」

『今、第一候補地に着いたとこおろだけど、ここはどうも駄目みたいだね。

 ほとんど、森に帰っている』

「そうか」

『壁や建物とまではいわないけど、せめて植物に浸食されていない土地があったら、こっちとしても都合がいいんだけどね。

 ま、次の候補地に向かいます』

「頼むよ」

 彼方は他の人員とは違い、ひとりだけ、単独行動をしていたが、誰も心配していなかった。

 彼方は、今の時点でプレイヤー全体からみても、抜きん出た高レベルのプレイヤーなのだ。

 たいていのことはひとりで遂行できるはずだし、性格からしても、手に負えない事態に遭遇したら、即刻逃げ出すだろう。


「一番遠くに飛ばされた、今から迎えにいく人たちって、どんな人たちなの?」

「三年生の姉と、一年生の弟。

 たまたま弟が病欠で自宅療養していた日に、この転移事件に巻き込まれたらしい」

「三年の姉と一年の弟。

 うちらと同じ」

「そういや、そうだな。

 注意事項として、二人ともユニークジョブの持ち主ということだ」

「それって、会長たちと同じってこと?

 なんていうジョブなの?」

「姉が聖女で、弟が勇者」

「は?」

「だから、姉が聖女で、弟が勇者」

「いや、だから、そういうことじゃなくて、ね。

 なんでそんな強そうな子たちが、遠い森の中で途方にくれているのよ!」

「ジョブはともかく、二人ともレベル1だというしなあ。

 町中とは違って、森の中だとモンスターに遭遇する機会もほとんどないだろうし」

 恭介にいわせれば、立ち往生していても、別段、不思議はないのだが。

「生徒会としては、早めに合流させてレベルアップを図りたい人材、ってことか」

「そういうこと、なんだろうな。

 おれんたちには、あんま関係ないと思うけど」

 聖女だろうが勇者だろうが、ジョブがなんであろうが、相手には自分と同じプレイヤーだ。

 今後、自分たちに関わってくる機会はそんなにないだろう。

 と、この時点の恭介は、そう楽観していた。

「このうち、勇者の方は特性がいまいちわかっていないんだが、聖女の方はなにがなんでも連れ帰ってくれと会長から厳命されている」

「そりゃ、なんで?」

「現在知られている限りでは、聖女のジョブが唯一、死人を生き返らせるスキルを行使可能だから。

 だ、そうだ」

「……は?」

「そんな馬鹿なと、そう思うだろ?

 おれもはじめて知ったとき、そう思った。

 でも、ヘルプにもしっかり明記されているそうだ」

「いよいよもって、ゲームっぽさが全開になってきた」

「同感だ。

 ってか、ハルねー。

 生徒会から回ってきた報告書、ちゃんと読めよ。

 おれにばかり読ませてないで」

「いやだって、面倒臭いし」

 いずれにせよ、「全員生存した状態にする」のが生徒会の目的のひとつ、である以上、聖女という駒は、なにがなんでも確保しておきたいのだろう。

 その、はずだ。

 いや。

 生徒会の都合や目的はともかく、死んでも生き返られる可能性があるのとないのとでは、恭介自身にとっても、今後の難易度が大きく違ってくる。

 保険というか、安心のため、というか。

 聖女の存在は、かなり重要だった。

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