決闘(デュエル)
「もう、はじまっているのか?」
恭介は、周囲をざっと見渡してから、首を傾げる。
「はじまっているよ」
同じテーブルに腰掛けている彼方がいった。
「会場は、この円形広場全部。
仮想空間だから、こっちのぼくたちには物理的な干渉は出来ない」
恭介は立ちあがり、身を乗り出して、彼方に腕を伸ばす。
恭介の腕は、彼方の体がある空間をすり抜けた。
なるほど。
恭介は納得する。
他の人物には干渉不可能、と。
「いちいち緊張感のない野郎だな」
抜き身の剣を手にした奥村が、声をかけて来た。
「そっちから攻撃しかけてこいよ」
「遠慮しておきます」
いって、恭介はいくつかのスキルを発動させる。
気配遮断と、感知遮断。
ハンターというジョブにとっては、必須といってもいい基本スキルだ。
獲物待ちをするときに使用するスキルであるため、今まで使用する必要性はなかったが。
「……はぁ?」
奥村が、驚愕の声をあげる。
「おま、どこへ消えた!
卑怯だぞ、出てこい!」
こちらのジョブが狩人であると把握しておいて、その狩人が高頻度で使用するスキルについて調べていないとは。
恭介は、「この奥村という先輩は、根本的な部分で抜けているのではないか?」という疑念を抱く。
あるいは、他人を見下し、過小評価するのが癖になっているのか。
どちらにせよ、恭介が手を抜く理由にはならない。
そのまま恭介は、すたすたと歩いて奥村の目前まで移動する。
このまま仕留めてもいいんだけれど。
恭介は、少し考えた。
それでは、対人戦の練習にはならないか。
ここは、適当にこの奥村先輩に攻撃をさせてから、応戦する形にしよう。
奥村先輩のジョブ、剣士は、素早さと体力があがりやすい、近接戦闘に適したジョブ、ということだった。
加えて、剣を装備時にのみ発動可能な、特有の攻撃スキルも存在する。
対して、恭介の狩人は、別に素早くもないし体力もない。
あがりやすいのは、攻撃の命中率などに影響する「器用さ」というパラメーターのみ。
剣を装備した剣士に近接戦闘で対抗するのは、無謀といえる。
通常ならば、ということだが。
以上、すべて、彼方経由で聞いた情報になる。
ただ、今回の場合は。
「はぁ!」
恭介が気配遮断と擬態のスキルを解除すると、奥村先生は驚愕の声をあげて手にしていた剣の束を両手で持ち、振りかぶる。
「遅い」
恭介は左手一本で、奥村先輩が両手で握っていた剣の束の部分を無造作に、握る。
ただそれだけの挙動で、奥村先輩は身動きが封じられてしまう。
「お前、どこにこんな力……」
奥村先輩は、脂汗をかきながら、間近に迫った恭介の顔を見据えた。
「お前、狩人のはずだろ!
なんで狩人が、剣士以上の力を持っているんだよ!」
「おれ、狩人になったのはついさっきで、オーバーフローの終盤までノービスだったんですよ」
恭介は涼しい顔をして説明した。
「それに、これだけレベル差があると、ジョブによる有利とか不利も、あまり関係ないっていうか」
「お、おれは、レベル15の剣士だぞ!」
奥村が振りあげた剣の刀身には、赤いエフェクト光を纏っている。
おそらくは、なんらかのスキルを発動中で、それは、刀身が対戦相手に命中することで発動するのだろう。
その攻撃力は絶大で、多分、今の恭介程度の体力だと、瞬間にやられてしまう。
まあ、攻撃が、命中さえすれば、ということだが。
どうするかなあ。
と、恭介は考える。
「先輩」
一応、声をかけてみた。
「実際に死ぬのと、死なないけど苦しい目にあうの、どっちがいいですか?」
「ふ、ふざけやがっ……」
奥村先輩は、その言葉を最後までいい終えることが出来なかった。
恭介が、空いている右手を握りしめ、拳を奥村先輩のみぞおちにのめり込ませたからだ。
技もなにもない、力まかせの一撃だった。
「がっ。
はっ」
奥村先輩は白目を剥いて、掲げていた剣を手放した。
乾いた音を立てて、剣が地面に転がる。
刀身に纏っていた赤いエフェクト光は、当然、消えていた。
恭介はその剣を蹴って、遠くへ移動させ、奥村先輩の体を地面に横たえる。
奥村先輩は、体をくの字型に折って悶絶していた。
「あー、先輩。
まだ、やりますか?」
恭介はしゃがんで奥村先輩の顔を覗き込み、一応、そう声をかけてみた。
「いくらやっても結果は同じ、だとは、思いますが」
「ふ、ふざけやがって」
奥村先輩は荒い息をつきながらどうにか身を起こし、まともに恭介の顔を見据える。
「お、お前なんかなあ!」
いつの間にか、右手に短剣が握られていた。
その剣の切っ先が、最短距離で恭介のこめかみを捕らえる。
しかし、その途中で。
「ぐ……ぐがぁ!」
短剣を握った奥村先輩の手首を、恭介の左手が握りしめていた。
少し力を込めると、奥村先輩の手首の骨が、砕ける音がする。
ここまでするつもりはなかったんだけどなあ。
恭介は、そんなことを思う。
ま仮想空間ということだし、相手がこちらを殺すつもりで来ているから、これくらいでちょうどいいのか。
砕けた右手首を左手で握って、奥村先輩は地面を転げ回っていた。
おそらく、ここまで肉体的な苦痛に晒されたことは、ないのだろう。
その奥村先輩の首元を掴み、恭介は強引に立たせる。
「先輩」
恭介は奥山先輩の目をまともに見据えて、確認する。
「まだ、やりますか?」
「や、やらない」
奥村先輩は、涙目になりながら首を横に振った。
「っていうか、ふざけやがって!
てめえ、レベルいくつだ!」
「今、三十二、ですね」
恭介は素っ気なく答える。
「先輩の、二倍強です」
「お、おま……」
奥村先輩は一度絶句し、何度か口を開閉させてから、いった。
「そんなこと知ってりゃ……決闘なんて、しかけなかった」
知らんがな。
と、恭介は、白けた気分になる。
そんなの、そっちの調査不足じゃないか。
「先輩」
恭介は、奥村先輩の目を見据えながら、もうひとつ、確認した。
「おれはもちろん、おれのパーティや知り合い連中にも、今後干渉しないでください。
対応が、面倒臭いので」
紛れもなく、恭介の本音だった。
「や、約束する!」
奥村先輩は叫んだ。
「っていうか、頼まれたって、関わり合いになりたくない!」
これも、奥村先輩の本音だろう。
「それでは」
と、いいかけて、恭介はこの決闘の終わらせ方を知らないことに気づいた。
「なあ、彼方。
この決闘って、どうやったら終わるの?」
「片方が戦闘不能になるか、降参するかだね」
「だ、そうです。
先輩、降伏してくださいますか?」
「す、する!
ギ、ギブアップだ!」
「おつかれー」
「まあ、師匠が負けるわけないですよね」
「お見事でございました」
決闘を終え、元のテーブルまで戻ると、口々にねぎらってくれた。
ちなみに、発言者は順番に、彼方、青山、築地副会長になる。
奥村先輩は、元居た場所に蹲ったまま、右手の手首を左手で押さえていた。
決闘中の負傷はその場限りであり、決闘終了後まで持ち越すことはない。
骨折も痛みまいはずだが、まだ精神的には立ち直っていないのだろう。
「思ったよりもあっけなかったねえ」
遥はそういって、恭介の肩を叩く。
「もっと派手なことになると思ってたのに」
「レベル差が、二倍以上あるから」
恭介は、素っ気なく答える。
「こんなもんでしょ」
恭介にいわせれば、まったく意外性のない、順当な結果でしかなかった。
無駄な手間だった、としか、思えない。
「レベル差、かあ」
いわれて、遥は思案顔になる。
「そうだ!
それならさあ、わたし、今レベル14だから、ちょうどいいんじゃない?
奥村、今度はわたしと決闘しない?」
「勘弁してくれ!」
奥村先輩は、覿面に泣き顔になった。
「お前、斥候だろ?
同じようなレベルなら、おれの攻撃なんかまともに当たらないだろ!」
「それじゃあ、ぼくなんかどうですか?」
今度は、彼方がにこやかな表情で名乗り出る。
「ぼくなら罠師で、そもそも戦闘職でもないわけだし……」
「いや、マジで許してください」
奥村は、その場で土下座しはじめる。
「もう、そちらの皆さんには、いっさいご迷惑をおかけしませんから」
「……あんたら、みんな、いい性格しているわ」
その様子を横目で見ていた小名木川が、感想を述べた。
小名木川は生徒会専用の画面で、彼方のレベルが五十三であることを知っている。
たとえ戦闘職ではないにせよ、三倍近いレベル差があれば、まともな勝負にすらならない。
「あ」
例によってなにもない空間に目を走らせていた築地副会長が、ぽつりと呟いた。
「Sソードマンの他のメンバー、全員、自主的に脱退していますね。
現在、Sソードマンのパーティメンバーは、奥村くんただ一人です」
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