生徒会の事情(一)

 一日目、Am10:00。


 小名木川(おなきかわ)宵子(よいこ)は授業中、目眩にも似た感覚を味わった次の瞬間、薄暗い、未知の室内に居ることに気づいた。

 え?

 と、戸惑う。

 直前まで、いつものように、普通に授業を受けていたはず、なのに。

 なに、ここ。

 というか、これ。

 戸惑いつつ、小名木川は首を左右に巡らし、周辺に視線を走らせる。

 小名木川と同じ、学校の制服に身を包んだ、数名の男女が同じ室内に居た。

 顔見知りの生徒は、いない。

 誰もが、小名木川自身と同じように、困惑した表情で左右を確認している。

 どうも、誇りっぽい場所だな。

 同室の男女が、どうやら小名木川と同じような立場であると確信した。

 小名木川は、ただそれだけのことでなんとなく若干の心理的な余裕を得る。

 別に、そのことで小名木川自身の立場が有利になるわけではない。

 だが、自分だけがまったくなにも知らない状態よりは、ここに居合わせた全員が、等しく無知な状態の方が、幾分か、気分的に救われた。


「自分がなんでこんな場所に立っているのか、まるでわからないのですが」

 背の高い、妙に端正な顔立ちをした男子生徒が、片手をあげて発言した。

「どなたか、詳しい事情を説明出来る人は居ますか?」

 その疑問への返答は、なかった。

「確認、なんですけど」

 その男子に倣って、小名木川も片手をあげてから発言する。

「ついさっきまで普通に授業を受けていた。

 で、つい今し方、気がついたらここに立っていた。

 全員、そういう立場ってことでいいのかな?」

 全員が無言のまま、その場で大きく頷く。

「これ、異世界転生ってやつじゃね?」

 ずんぐりとした体格の男子生徒が、そんなことをいう。

「いや、転生じゃなくて、この場合は転移になるのか」

「この現象に、なにか心当たりあったりする?」

 小名木川が問い返すと、

「いや、常識でしょ、これくらい」

 と、即答してきた。

「そういうラノベとか深夜アニメ、見たことありません?」

「フィクションのことを引き合いに出されても」

「でも、今、こういうことになっているのは事実だし」

 口々に、室内に居た生徒たちがしゃべり出した。

 埒があかないな、と、小名木川は思う。

「ええと、ちょっといいかな?」

 小名木川が、片手をあげて発言した。

「ラノベでもなんでもいいけど、こういうときに行うっていう、決まりきった行動とかあるの?

 それ、試してみたいんだけど」

「そりゃ、あれですね」

 なぜか、機嫌がよさそうな様子の先ほどのずんぐりした体型の男子生徒が、そんなことをいった。

「ステータスオープン、っていうと……わっ!

 本当に出た!」

「ステータスオープン、っていえば……ああ、こういうこと」

 なるほど。

 これは、ラノベチックだわ。

 目の前に出現した半透明、いたじょうの物体を見て、小名木川はそう納得する。

「リアルでは、こんなの出ないしなあ」

 横目で確認すると、他の生徒たちもおのおので「ステータスオープン」と口にして、目の前に出現した表示を見ている、らしい。

 らしい、というのは、小名木川自身は、自分の分のステータスしか確認出来ず、彼ら全員がなにもない空中に視線を走らせているようにしか、見えなかったからだ。

 このステータスなんちゃらは、どうやら本人の目にしか見えないもの、であるらしい。

「ここが異世界であるかどうかはまだ判断出来ませんが」

 最初に発言した端正な顔の男子生徒が、発言する。

「われわれが非現実的な、異常な事態に巻き込まれているのは、確実なようですね」

「あなた、なんとお呼びすれば?」

 小名木川は、その男子生徒に確認する。

「これは、申し遅れました」

 その男子生徒はいったあと、芝居がかった動作で一礼して、名乗った。

「三年C組の、築地徹也といいます。

 このステータスによると、副生徒会長、というユニークジョブになるそうです」

「こっちは、小名木川宵子。

 二年A組、ユニークジョブは生徒会長。

 ちなみに、リアルでは小学校からこっち、生徒会になんか関わったことないんだけどな」

 なんで自分が生徒会長なのか。

 小名木川自身が、一番聞きたかった。

「では、ぼくは小名木川会長をサポートする立場というわけですね」

 築地という男子生徒は大きく頷いた。

「具体的には、なにをすればいいのかわかりませんが」

「それなんだけどね」

 小名木川は、白状した。

「わたしのステータスに、生徒会ミッションってのが表示されているんよ。

 これ、開いちゃっていいのかな?」

「むしろ、開かないでどうしましょう!」

 ずんぐりした体型の男子生徒が、何故だか勢い込んだ口調でいう。

「ぜひ、開いてください!」

「いや、これ開いたら、もう後戻り出来なくなるんじゃないかなあ、って」

 小名木川が視線を逸らしてそういうと、何名かの生徒が大きく頷いた。

「でもまあ、ここに至っては、そんなこともいってられないか。

 で、君、名前を教えてくれる?」

「はい!

 おれ、じゃなかった自分は、常陸(ひたち)誠といいます!

 一年D組、ユニークジョブ庶務です!」

 勢いよくそういってから、常陸は首を傾げる。

「ところで、庶務ってなにすりゃいいんですか?」

「なにをすればいいのか、ここに居る全員がこの段階ではわかってないから、心配しなくていいよ」

 小名木川はそういった。

「じゃあまあ、いつまでなにもせずに立ってても仕方がないから、このミッションってのを表示してみるね。

 ええと、それと同時に、手が空いている人は窓、開けて。

 この部屋、暗いし埃っぽい」

 がたがたと何名かの生徒が部屋の外側、壁方向に動き出すのを見ながら、小名木川は「生徒会ミッション」と表示された部分を、指先で押す。

 なんとなくスマホのタッチパネルを連想したから、だが、どうやらそれで正解であったらしい。

 びゅん、と、目の前に大きな、新しい表示が展開した。


「生徒会の目的。

 この場に転移した全百五十名生徒の生命を損なわないこと。

 全百五十名生徒の自助活動を促すこと」

 小名木川は、「生徒会ミッション」とやらを読みあげていく。

「会長、この窓、建て付けが悪くて開かないんですけど、壊しちゃってもいいですか?」

「ああ、大分古くて、壊れているっていうより、朽ちかけているのか。

 いいんじゃない。

 壊したあとで、新しいのつければ」

 小名木川は、声をかけてきた生徒に、おざなりに答えておく。

 どうやらこの部屋、というより建物は、もう長いこと放置されていた、らしい。

 石造りの壁や床はまだしも、木製の鎧戸は、一目でわかるほど腐りかけていた。

 なにより、光源が足りなくて室内が暗い。

 方法はどうあれ、さっさと明るくして欲しかった。

 小名木川の了解を得た男子生徒が、床に転がっていた木材、おそらくは、家具かなにかの残骸を拾いあげて、二度三度と鎧戸に打ち付ける。

 鎧戸はそのままばらけて、破片を外に落としながら壊れた。

 室内が、一気に明るくなる。

「よく晴れてる、ね」

 小名木川が、窓の外を一瞥して感想を述べる。

「うお!」

 鎧戸を壊した男子生徒が、そのまま窓から身を乗り出し、下の方を見ながら報告した。

「下、通路、路上いっぱいに、なにか動くものが集まって移動しています!

 ええと、どうやら、町の中心部から、外に向かって!」

「それが、モンスターってやつになるのかな。

『モンスターとは、異界から召喚されたモノの総称です。

 この町では一日に一回、一時間から二時間程度、町の中心部にある召喚門から、無数のモンスターが出現します。

 そのモンスターは、基本的には異界の動物に過ぎませんが、時間が経過すればするほど成長し、強力な存在へと変化します。

 プレイヤーは、協力してこのモンスターを可能な限り早く駆逐するといいでしょう。

 駆逐したモンスターは、その数や強さに応じてポイントやアイテムという形でプレイヤーに還元されます。

 プレイヤーが獲得するポイントは、マーケットで売買に使用するCPとプレイヤー自身の成長に使用するPPとに別れ、モンスターを倒せばその両方を一度に獲得出来ます。

 このCPは、モンスターを倒す以外の方法でも得るられます。

 また、モンスターから採取される各種素材も、プレイヤーの役に立つかも知れません。』

 ……だって」

「その辺は、まるっきりRPG的なんだ」

 小名木川が生徒会ミッション内部にある「詳細情報」を読みあげると、常陸が感想を述べる。

「わたし、ゲームとかやらないからよくわからないんだけど」

 小名木川は、そう返す。

「それよりも、会長」

 築地が、小名木川に質問した。

「先ほど出た、プレイヤーというのが、われわれこの場に転移して来た生徒たちの総称、ということでいいんですよね?」

「どうやら、そういうことみたい」

 まだまだ長々と続く説明テキストに素早く目を走らせながら、小名木川は生返事をする。

「生徒会メンバーもプレイヤーではあるみたいだから、下に降りてモンスターを倒せばポイントをゲット出来るみたいよ」

「いずれはそういう作業をするのもいいでしょうが、今の時点ではわれわれ以外の生徒たちに任せておきましょう。

 なにせ、百五十名が転移して来ているそうですし、われわれには、われわれの立場でしか出来ない仕事があるように思いますし」

「まあ、そうね。

 ええと、プレイヤー個々に与えられる初期ポイントは、CPとPP、それぞれ5000ポイントずつ。

 と、これは、生徒会ではなく、プレイヤーが持っている情報に記載されている内容ね。

 ……に、しても。

 これ、ステータスオープン出来る人とそうでない人に、大きく差が出来る仕様なんじゃない?」

 それに気づくかどうかで、情報格差が発生する。

 不公平だなあ。

 と、小名木川は思う。

「会長先輩ほどゲームに疎い人も少ないと思うから、そんなに心配することはないと思いますが」

 すかさず、常陸がいい添える。

「でも、プレイヤーを助けるのがわれわれ生徒会の役割だというのなら、注意を喚起しておく方がいいかも知れません。

 まだステータスオープンしていない生徒たちに、ステータスを開くように促すことは可能でしょうか?」

「ええと、先ほどから確認していたのですけど、一応、可能なようですね」

 おずおずと片手をあげて、それまで口を開かなかった女子生徒が発言した。

「音声とテキスト情報、両方を送ることが可能です。

 まだステータスをオープンしてない人、みたいに条件をつけて、とか、特定個人に向けて連絡をすることも出来るみたいです。

 えっと、二年D組、ユニークジョブ書記の、小橋美紀、です」

「では、書記さん。

 まだやっていない人に、ステータス画面を開くように一斉通達しておいて」

 小名木川は即答する。

「他になにか、今の時点でわたしたちに出来ることはない?」

「出来るってこというか、一部生徒に動きがありますねえ。

 ああ、ユニークジョブ会計、ってことになってるっぽい、横島真昼っていいます」

「動きって、具体的には?」

「二名ほど、がんがんポイント稼いでいる生徒が居ます」

「はや!

 こうなってから、まだ……」

「五分も経っていませんね」

 小名木川があげた疑問の声に、築地が応える。

「即応性というか、適応性に優れた人が居たみたいで」

「あ、今、この二人、パーティ組みました。

 最初にパーティ組んだってことで、ボーナスって形でCPをかなり稼いでますね。

 モンスター狩り以外でポイントを稼ぐ方法があるって、こういうことか。

 もう一人、合流して、今は三人パーティですね。

 そのうち二人が同姓なんで、親類かなんかだと思いますが」

「その三人、なにをやっているのか、こっちでわかる?」

「こっちでモニター出来るのは、ポイントの増減とパーティの存在くらいです。

 あと、マップって機能を使えば、全プレイヤーの所在地を確認出来るそうですが」

「マップって……これか。

 マップ情報を、生徒会全員で共有する。

 これも、オンにしておくね」

 おお!

 と、生徒会全員が小さな歓声をあげた。

「この緑の点が、われわれ生徒会メンバーの現在地。

 道沿いに密集している赤い点が、モンスターの所在地。

 あっちこっちバラバラに点在しているのが、プレイヤー、つまり、転移してきた生徒たち、と」

 小名木川はマップに表示された情報を確認していく。

「われわれが居るこの町は、どうやら円形で、わたしたちが居るのはその中心地に近い建物の階上。

 モンスターは、中心部から発生、いや、出現して、外側に向かって移動している。

 町の外には、もう二つ、同心円状に防壁があるみたいだけど、一番内側の壁を抜けるともうほとんど森。

 で、モンスターは、そこまで出ると四方に散っていって、急速にまばらな状態になる。

 狩るなり駆逐するなりするのには、密集している内側の壁内のが都合がいいわけか」

 段々と、この状況を支配するルールが明確になって来た。

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