合流直前

 一日目。AM10:45。


「生徒会の方々にもそれなりのご苦労がありそうでしょうが」

 一通り、情報を交換したあと、彼方はいった。

「こっちはこっちで勝手に動きますんで。

 もちろん、こちらの方針に反さない範囲内で協力することに、やぶさかではないですが」

 正直、なにもわからずいきなりこんな場所に転移させられ、細かいルールを手探りで理解しながら行動しているのは、こちらも同じなのだ。

 無理に反目する必要もないが、逆に、下手に出る理由もない。

 CP、コミュニティポイントという設定がある以上、利他的に動いた方が得策だ、というのは前提にしても、だからといって、トライデント三人の利益に反することまでして、生徒会や他の生徒たちに奉仕するべき義理はなかった。

 自分たちの利益を最重視する。

 これは、彼方個人だけではなく、トライデント三人全員が、暗黙の了解として規定している最重視ルール、でもある。

 この世界に強制的に転移させられる以前から、この三人は少し濃すぎる、独特の関係を築いていた。

 他の生徒たちと比べ、真っ先に素早く行動に移れたのも、この要因が大きい。


『もちろん、無理にそちらを従わせようだなんて思ってはいないけどて』

 通話相手、生徒会長というユニークジョブを押しつけられたという小名木川という女子生徒は、ゆっくりとした口調で確認して来る。

『この時点で、こっちはまともな情報が足りない。

 判断基準もない。

 正直、どっから手をつけていいのやら、途方にくれているところもあってね。

 もちろん、思いついたことは片っ端からやっているけど、それでも足りない部分は多々あると思う。

 そこで……』

「オブザーバー?

 ですか」

 打診を受けた彼方は、軽く眉根を寄せる。

 正直、まったくの想定外だった。

『いったとおり、そちらの三人は目下、全プレイヤーから見ても完全に独走状態だ。

 その君たちから出遅れたプレイヤーに向けて、実のあるアドバイスなりなんなりを提供していただけたら、と思ってね。

 そうすると、全プレイヤーの生存率が飛躍的にあがる。

 もちろん、差し障りがない範囲内で構わないので』

 要は、現状で「うまくいっている」トライデントのノウハウを提供しろ、ということらしかった。

 彼方が戸惑ったのは、いきなりそう切り出されるとは想定していなかったから、でもある。

 彼方はもっと即物的な、トライデントがこれまでに取得してきた素材や、ときおり混ざっているドロップしたアイテム類を生徒会によこせ、とかいわれるものだとばかり、予測していた。

 モンスターの肉や毛皮にはそんなに価値はないが、魔石やドロップした各種回復ポーションには、相応の利用価値がある。

 そうした物理的な援助を期待されていたら、彼方としては即座に生徒会の活動全般から距離を取っていたはずだ。

 結構頭が切れるんじゃね? この会長。

「そういうことなら、ですね」

 彼方は思考をフル回転させながら、やるべきことの優先順位をつけていく。

「まずやらなければならないのは、情報の共有ですね。

 おれたちに以外にも、有用な情報を持っているプレイヤーが居てもおかしくない。

 そうした成功事例を集めて、全プレイヤーが参照出来る環境を整えてください」

 もちろん、トライデントの成功事例も、素直に提供するつもりでいる。

 誰にでも真似できるものとして、最初に結界術レベル1を取ること。

 それと、魔法用の杖の作成方法なんかが、有用だろうか。

 そんなやりとりをしている間にも、彼方はせっせと落とし穴を作り続けている。


「ああ、もう!」

 同じ頃、彼方の姉の遥は、例によって景気よく手榴弾を進行方向にばら撒きながら、進み続けていた。

「邪魔邪魔邪魔!

 なんだってこう、次から次へと沸いて来るかなあ!」

 マップ情報によると、目当ての恭介はすぐそこ、二つ先の角を右に曲がったところに居た。

 距離にして数百メートル、ではあったが、その途上には無数かつ大小のモンスターがひしめいている。

「このう!」

 遥は慣れた動作で手榴弾から生き残ったモンスターに向け、散弾銃を放つ。

 数秒で撃ち尽くしたあとは、弾丸を装填し直して、再び撃つ。

 弾丸を装填し直す一連の挙動に、今ではすっかり慣れてかなり円滑になっていた。

 斥候というジョブの「素早さ」が、こんなところで役に立ってもな。

 とか、思わないでもなかったが。

 モンスターも全長一メートルを超えると、手榴弾の一発くらいでは消えてくれない。

 続けて、散弾銃で追撃することで、ようやく倒せるのだった。

 それでも駄目な、倒れないモンスターが居た場合は、弾丸を別種の物に換える。

 普段、遥が使用しているのは「バードショット」と呼ばれる散弾だった。

 細かい、無数の球状の弾丸を炸薬で打ち出し、この弾丸は空中で散らばりながら前に進む。

 精密な狙撃には向かないが、代わりに、円状の範囲攻撃が可能だった。

 このバードショットでも倒れない、しぶといモンスターに対して、遥は「スラッグショット」と呼ばれる弾を使用していた。

 このスラッグショットは、発射した時点ではまとまっていて、獲物に命中してからその内部で分解し、破片がそのまま内部を破壊していく。

 という、ある意味かなり凶悪な代物だった。

 バードショットと比較すると有効射程距離が少し伸び、それになにより、命中した際に与えるダメージが段違いといえた。

 シカ型とかイノシシ型とかクマ型とか、かなり大型のモンスターも、このスラッグショット弾を何発か命中させると、倒すことが出来る。

 これまでの経験から、遥はそう学んでいた。

 雑魚狩りは手榴弾で、それでは倒れない大物は個別に適した弾丸で、と、遥は、かなり効率的な殲滅戦を執行している最中である、といえる。

 遥が通ったあとは、もうもうと煙る土煙と硝煙しか残っていない有様だ。

 かなり初期の段階でゴーグルを購入、着用して目を保護していた遥は、かなり賢明であったともいえる。

 他のプレイヤーたちも、その大きくかつ物騒な物音を聞きつけると、本能的にその音がする方から離れていった。

 これもまた、賢明な態度といえた。

 ともあれ、爆発音と銃声を響かせつつ、遥は進み続ける。

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