宙野彼方

 一日目、AM10:24。

 

「ああ、そういうこと」

 恭介からの連絡を受けた彼方は、そういって頷く。

「ちょうどこっちでも、似たような相談されてたところでさあ。

 結論をいうと、魔法系のスキルを取得して使う方がいいね。

 遠距離での攻撃も可能だし、なにより体を使わずに済む。

 それで、魔法系のスキルっていうのは、戦用の杖を使った方が威力があがる。

 この杖、そのままでは売ってないから、少なくとも魔石は自分で作らないといけない。

 倉庫に貯めておいたモンスターの死骸、解体すると毛皮と肉と魔石になって、このうち魔石だけを取り出して。

 ああ、いいよ、全然。

 すぐに溜まるし、ある分全部あげちゃって。

 で、今手元にあるのは、砂みたいな細かい魔石だから、これを錬金術スキルで合成する。

 倉庫中で、属性別に保管されているでしょ?

 その属性ごとに取り出して、合成して。

 うんうん。

 錬金術はレベル1でOK。

 余裕で間に合うから。

 で、ある程度の大きさの魔石が出来たら、今度はそれをはめ込む杖を錬成して。

 これも、適当な材料があれば錬金術レベル1で作れるから」


 恭介と別れた直後、彼方も悩んだものだった。

 せっかく取得した土魔法も、実際に使ってみると、そんなに威力がない。

 使ってみると、せいぜい地面に半径三十センチほどの半球状の窪みを作る程度、だった。

「これ、なんか、もっと効果的な使い方があるんじゃないかな」

 とそう思い、さんざんヘルプを参照した結果、

「自前の杖を作成する」

 という方法を見つけることが出来た。

 疑問に思わなければ、ここまで隅々までヘルプを見て探すこともなかっただろう。

 多分、この手の「痒いところに手が届かない」問題は、無数にあると見なすべきである、とも思った。

 彼方たちをここまで送り込んで来たやつらは、そこまでユーザーフレンドリーではない。

 ともあれ、この杖は、持っていさえすれば魔法系スキルの威力を何倍も増幅することが出来た。

 というより、よくわるゲームでいうMPに該当する存在が、この魔石なのだ。

 実際、魔法を使うと、杖につけた魔石は小さくなる。

 倉庫にある魔石をそのまま合成すれば、杖の魔石は大きさを取り戻す。

 魔石は、消耗品なのだ。

 ただし、モンスターを倒し続けている限りは、その魔石も入手し続けることになる。

 だから、消耗品であっても大きな問題にはならない。

 要は、消費する以上のスピードで補充すればいいのだ。

 実際に彼方は、こうしている間にも魔石をはじめとする資源を回収し続けている。

 各所に設置していた落とし穴、土魔法で作った深度五メートル以上の穴、その底部に剣山もかくやという鋭利な槍状の物体をびっしりと設置したもの、を無数に設えており、放置しておいてもあとから無数、大小のモンスターがその落とし穴に落ちて勝手に素材と化す。

 地味だし直接モンスターと接することこそ少ないが、罠師とはその分、効率がいい職業だ。

 というのが、この時点での彼方の評価になる。

 モンスターを倒すことで自身のパラメータを底上げしていく、という、現在判明しているシステムは、至るところに「穴」が存在し、それを見つけ利用していくのが攻略の近道になるのではないか、と、彼方は考えていた。

 今、彼方がたまたま声をかけられた女子生徒に対して丁寧に対応しているのも、その「穴」を探す行為も兼ねて、ということになる。

 無論、彼方にしても、相応の親切心はあるわけだが。

 この仙崎千尋という女子生徒は、ネクタイの色から察するに、どうやら一年先輩の二年生らしかった。

 転移時、ただ一人で誰もいない廃墟の中に出て、困惑していたところに彼方が通りかかったので、声をかけてきた、ということだった。

 土魔法で落とし穴を作る際、どうしても多少の物音は発生する。

 その物音で、彼方の存在に気づいたらしい。

 そりゃ、

「なんの説明もなくこんななにもない場所に連れてこられたら、困るし途方にくれるよなあ」

 と、彼方も思う。

 彼方たちのように、即座になんらかの行動に移ることが出来る人間の方が、どちらかというと少数派だろう。

 仙崎千尋は、彼方のいうことに対して素直だった。

 従順というより、突然非常識な状態に放り出され、まともな判断力が麻痺しているだけかも知れなかったが。

 彼方に指示されるままに手持ちポイントを消費して結界術レベル1を取得し、彼方から受け取った魔石とモンスターの角を受け取り、錬金術レベル1も取得して、即座に自分用の魔法の杖を作成する。

 適当な木材があればそれでもよかったのだが、彼方が利用可能な倉庫には、倒したモンスターから採取した素材くらいしか、杖の材料になりそうなものがなかった。


「こう、ですか?」

 仙崎千尋は、錬金術で作成したばかりの、全長三十センチほどの小さな杖を彼方に示した。

「そうだね。

 その杖を握ると、使い方も頭に浮かんでくるでしょ?」

「あ、はい。

 ええと、雷の魔法っぽいですね」

「呪文の詠唱は、ぼくが離れてからにしてね。

 で、その前に、倉庫の設定で、倒したモンスターをすぐに倉庫にしまう、の項目にチェックをいれて」

「はい。

 入れ終わりました」

「あとはもう、魔法でガンガンモンスターを倒していくだけだね。

 倉庫に入ったモンスターを解体する、の項目にチェックを入れておけば、勝手に魔石が貯まっていくし」

「杖につけている魔石が小さくなってきたら、その魔石を使う、と」

「そうそう。

 今この周辺にいる小型のモンスターからは、どうも砂みたいな小粒の魔石しか出てこないみたいだけど、錬金術で属性ごとに分類して錬成すれば、それなりの大きさの魔石に出来るから。

 で、その属性ごとに違った魔石を、あとから杖につけ替えることも出来るし」

「便利ですね、錬金術」

「ヘルプをよーく読み込まないと、そんなことが出来るってこともわからないんだけどね」

「ちょっと試してみていいですか?

 ええと、スパーク!」

 窓際によって杖をかかげ、躊躇いがちに呪文を唱える。

 すると、轟音をたてていくつかの紫電が出現した。

「わ!

 ちょっと、威力強すぎ……あ、止まった」

「魔石、魔力を使い果たしたみたいね。

 すぐに倉庫の中のクズ魔石を使って、錬成し直してみて」

「あ、はい。

 ええっと……こう、かな?

 あ、出来た出来た」

「あとはこれの繰り返し、だから。

 ポイントさえ稼いでおけば、システムを通じて水や食料も買えるし、あとは自分で出来ると思うよ」

 ここまで出来るようになれば、あとは自力でどうにでもなるはず、だ。

 その時、彼方の脳裏に「ピロリン」とかいうどこかコミカルな音が聞こえた。

 あ、またボーナスだ。

 と、その音から彼方は判断する。

 最初は、恭介たちとパーティを組んだ時、魔法の杖を自作した時、はじめて大規模な落とし穴を作った時。

 どうやら彼方は、今回のプレーヤーの中では「はじめて」そうした行為を成功させた、ということで、決して少なくはないCPを取得している。

 魔法の杖の作成に成功したことで、CP10000ポイント取得。

 今回は、「杖の作成方法を他のプレイヤーに伝授することに成功」で、取得CPは100000ポイント。

 どうやら、個人的な体験を成功させることより、他人になんらかの働きかけを行うことの方が重要と、このポイントを設定した何物かは判断しているらしかった。

 いずれにせよ、「モンスターを倒す」以外でも、こうしたCPの取得方法が設定されている以上、積極的にいろいろ試してみるべきだろう。

 単純に、ポイントとして「おいしい」し。


「もういっちゃいます?」

「もっと罠を増やしておきたいしなあ。

 なにせ重要な収入源だし。

 あ、ここから西、こっちの方角にはあまり行かない方がいいよ。

 ぼくが目一杯罠をしかけているから」

「あ、はい。

 行かないようにします。

 今日はありがとうございました。

 落ち着いたらまた連絡します」

 この仙崎千尋とは、すでにフレンド登録を済ませている。

 なんだよ、フレンド登録って。

 SNS的な機能パーティ作成機能、倉庫、つまりはマジックバック的な機能。

 それに、ポイントを物品に、それも食料や水、衣料から武器まで、かなり幅広い物品を扱っているマーケット機能。

 システムによってプレイヤーに与えられている機能は、いたれりつくせりといえた。

 反面、ポイントがなくなると「なにも出来なくなって詰む」、のであるが。


「さて、お仕事お仕事」

 仙崎千尋と別れた彼方は、そんなことを呟きながら新たな罠をしかるため、先に進んでいく。

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