宙野遥

 一日目、AM10:02。

 

 突如、教室内の景色が切り替わり、机も椅子も消えた。

 その場に尻餅をつく生徒が多数、発生する中、運動神経がいい宙野(そらの)遙はどうにか踏みとどまり、そのまま勢いよく直立する。


「なん?」

「え?」

「なにこれ?」

 周囲を見渡して、ざわつく生徒たち。

 なんか、かび臭い部屋に居る。

 全員、というわけではなく、教室内で授業を受けていた生徒のうち、おおよそ三分の一ほどが、半ば朽ちかけたこの室内に居た。


 どういうこと?

 と、遙も首を捻る。


「異世界転移、キター!」

 空気を読まないことで有名な宇田佐吉という生徒が、一人ではしゃいでいる。

 異世界転移、か。

 遥は考える。

 深夜枠のアニメとかでよくある、あれ?

 実際に体験してみると、なんとも微妙な気持ちになって来る。

 進路もほぼ決まり、卒業までの約半年を待つだけの学生生活の最中、よくわからん世界に飛ばされてはしゃげるほど、遥は現実世界に絶望していなかった。

 廃墟、だよね。

 と、周囲を見渡した遥は、自分たちが居るこの場所について、そう判断する。

 壁が、おそらく粗末な土壁なのだろうが、ところどころ破れて蔦が這っていたりする。

 朽ちかけ、半ば野に帰ろうとしている、建物の中。

 なのだろう。


「ステータスオープン!

 おお、ちゃんと出る!」

 宇田くんだけが、大声でそんなことを喚いていた。

「ええと、とりあえず、モンスターを倒せばいいのか!」

 それまで自失してぼんやりしていた生徒たちも、口々に「ステータスオープン」とか呟き、なにもない空中に視線を這わせている。


 例のアレ、ね。

 と、遥は心の中で頷く。

 でもあれ、恥ずかしいキーワードをわざわざ口に出さなければいけないものなんだろうか?

 と思った瞬間、遥の目の前に半透明のボードが出現し、膨大なデータ群を表示する。

 自身のステータス情報はもとより、周囲のマップ画面や多数のヘルプテキストなど、とてもではないが短時間に読み込めないない、膨大な情報量だった。


『宙野彼方から音声通信が届いています。

 通信を受けますか?


 YES/NO』


 膨大な情報群の上に、そんなメッセージが浮かんだ。

 弟からの通信。

 そんな機能もあるのか。


「受けるよ」

『あ、ねーちゃん? おれおれ。

 いや、おれにもよくわからないんだけど、モンスターってのを倒せば倒すほど有利になるみたい。

 今、キョウちゃんと一緒にいるんだけど』

「今すぐそっちに合流するから最適の方法を教えろコラ」

『あ、はい』

 結界術を取得する。

 これは当面、レベル1で間に合うらしい。

 それから、申請があったので、二人のパーティ「トライデント」に登録した。

 名前からいっても、彼方はこの三人でパーティを組むことを前提と、考えているらしい。

 それから、マップの表示を頼りに弟たち二人が居る場所まで移動する。

 他にもゴチャゴチャ注意事項を伝えられたが、遥は適当に聞き流した。

 細かいことは、二人と合流してから考えよう。

 二人はすでにモンスター潰しを実行しており、パーティ保有のポイントと素材は潤沢であり、こうしている間にも増え続けていた。


「えっと、わたし、外に出て弟たちと合流するから」

 遥は周囲に向かって、そう宣言した。

 黙って立ち去って、余計な心配をかける必要もない。

「ハルちゃん外に出るの?

 窓の外見たら、道にいっぱい動物が溢れているんだけど」

「みたいだね」

 声をかけてきた女子生徒に、遥は頷く。

「でもまあ、なんとかなるでしょ。

 あ、みんなも外出るときは、あらかじめ結界術取っておいた方がいいよ!

 なんか、ちっちゃいやつ弾くバリヤーみたいなのが使えるらしい」

 その程度の情報は開示しておいても問題ないだろう。

 遥は結界術レベル1とランニングシューズを、ポイントを消費して取得した。

 空中に出現したランニングシューズを受け取って上履きから履き替え、遥はその部屋から出る。

 もともとは扉があったのであろう出口から廊下に出て、勘を頼りに廊下を走る。

 つまりは、左右を見渡して明るい方へと進んだ。

 システムのマップ機能は、建物の中までは案内してくれなかった。

 しばらく進むと階段があったので、そこをくだった。

 階段部分は石造りであり、風化があまり進んでいない。

 このまま地上階まで降り、そこに朽ちかけた木材が折り重なっていて、出口を塞いでいた。

「邪魔!」

 遥はそのまま木材の山を蹴ろうとしたが、足が触れる前に木材が吹き飛ぶ。

 あ、そうか。

 バリヤーに触れて。

「てやぁー!」

 そう納得した遥は、来た階段を少し戻り、残った木材に向かってドロップキックをかました。

 落下エネルギーも加わった勢いで、積み重なっていた木材は一気に吹き飛び、遥は建物の外に放り出される。

「うおぅっ!」

 ただしそこは、まだ二階部分だった。

 地上二メートル強の空中に放り出された遥は、なす術もなくそのまま落下した。

 その下の地面には、モンスター群が密集しており、その頭上に遥の体が落ちる。

「おごっ!」

 結界術レベル1のバリヤーは、衝撃までは吸収してくれなかった。

 しかし、遥の体が直接モンスターを押しつぶすことはなく、バリヤーに潰されたモンスターたちは素材とポイントとなってその場から消失して「トライデント」の資産倉庫へ収納される。

 背中から地面に激突した遥は、しばらく動けなかった。

 ええっと。

 回復は……これか。

 遥は取得可能なスキルの中から「回復術」というものを見つけ、PPを消費して即座に取得する。

 レベル1で50ポイント、レベル2で500ポイント、レベル3で50000ポイント。

 インフレひどくない?

 とか思いつつ、遥はレベル3まで取得した回復術を、早速自身に使った。

 5000ポイントというのは初期状態でプレイヤー各員に配布されているポイント数と同額であり、バリヤーごと落下アタックによって遥が数十のモンスターをポイントに変えていなければ、当然この買い物も不可能だった。

 二種類あるポイントのうち、CPはパーティで共有だが、PPは文字通り個人でしか使用出来ない。

 CPで買えるアイテムや物品はともかく、個人で使用するスキルは、自分の稼ぎでしか賄えないシステムであるらしかった。

 回復術によって息を吹き返した遥は、すぐに立ちあがる。

 みっしりと、小型モンスターが路上に溢れていた。

 全部、特定の方向に走っている。

「この町の外に、出ようとしているのか」

 システムのマップとモンスターの進行方向を確認して、遥はそう判断する。

 モンスターたちは、遥が展開している見えないバリヤーに突撃して自滅する個体も居た。

 そういうのも遥が倒したことになるらしく、がっつり減った遥のPPは微増している。

 こいつら、あまり頭はよくないのかな。

「で、あいつらがいる方向は、っと」

 遥は、マップで自分の現在位置と二人の位置を確認する。

「直線距離だと、おおよそ二キロ。

 でも、間にごちゃごちゃと建物があるからなあ」

 おおよその方角に進んでいって、時折目的地を確認しつつ進むしかないな。

 遥は念のため、レベル1の結界術をかけ直してから、だいたいの方角へと走りはじめる。

 宙野遥は、陸上部に所属する中距離走者でもあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る