第11話
(十一)
枯れすすきが風に揺れている。三人は峠に差し掛かる。左ノ介はここが以前自分が晒し首を見掛けた場所であることを思い出す。そう云えばあの時の自分は、安蔵と同い年ぐらいだったろうと思う。左ノ介は二人には何も告げず、そこを通り過ぎようとする。その時、すすき原の向こうから人の声がする。三人は思わず歩を緩め、そちらの方に注意を向ける。どうやら誰かが怒っている声のようだ。同時に泣き声も聞こえる。左ノ介は兄弟の方を一度向き、それから立ち止まる。
「ちょっと私が見てくる」
そう言って左ノ介がすすき原に近づこうとすると、思いがけず安蔵が左ノ介の袖を取った。
「ん?何だ」
見ると安蔵が首を小さく横に振る。
「大丈夫だ。様子を見るだけだから」
左ノ介は落ち着いた口調で言うと、そのまま二人を残してすすきを掻き分けていく。乾いた枯れ草の音に混じって、不穏な人の声が切れ切れに聞こえてくる。どうしたものだろう?左ノ介は立ち止まりしばらく様子を窺う。
「誰だ、そこにいるのは?」
その緊張に満ちた声に、左ノ介も思わず身構える。
「怪しい者ではない」
そう言って、相手の気配に全身を研ぎ澄ませながら近寄る。やがて職人の身なりをした男と、その傍らに子どもの姿を捉える。男はすすきの中、仰向けの恰好で倒れている。左ノ介が近づいたことで思わず身を起こしたのだろう。その痛みに表情を激しく震わせている。
「いかがした?」
そう声を掛けた時、すでに左ノ介は男の胴体に異変を見て取っている。男の藍色の服が違う色に滲んでいる。そんな左ノ介の顔を、今さっきまで泣いていたであろう子どもがじっと見つめる。
「悪いようにはしない。ちょっと失礼」
左ノ介が傍らに跪こうとすると、男がまた身を固くし、同時に止むない悲鳴を上げる。
「じっとして」
左ノ介は男を刺激しないよう、慎重に衣の合わせを解く。
「これは…」
男の横腹には小さいが深い刺し傷のようなものがあり、長いこと放っておかれたせいで傷口が黒ずみ、血と体液の混じった、独特の異臭を放っていた。
「早く手当てをしないと、とんでもないことになるぞ」
左ノ介は男に言う。しかし男はその痛みに顔を引き攣らせるだけで返事をしない。
「捕り方にやられた」
子どもが左ノ介に訴えるように言うと、
「余計なことを言うな」
男が咄嗟に子どもを叱った。左ノ介は再び泣き出す子どもの頭を撫でながら
「大丈夫」
そう声を掛ける。
「安心しろ。立ち入ったことは訊かぬ。ただ私が放っておけぬだけだ」
すると男はじっと左ノ介の顔を見、それから小さく、「すまん」と応えた。
左ノ介はすすき原の外で待っている兄弟に声を掛ける。すると二人はすぐさま傍らまでやって来、即座に状況を納得した様子。
「この辺に休めるところはないか?なるべく人目に付かないところがいい」
すると安蔵が山の方を指差した。
「あっちか。よし、二人とも手伝ってくれ」
左ノ介が言うと、兄弟と子どもは一緒になって、左ノ介が男をおぶうのを手伝った。その間男はさっき以上のうめき声を上げる。身体の震えもひどい。
「しばらく堪えてくれ」
左ノ介は背中の男に声を掛ける。それにしても何故ここまで放っておいたのだろう?よくは分からないが、傷口からして十日にはなるはずだ。
もしかして…。その時、左ノ介の頭の中で、例の噂の盗賊の話が甦ってくる。まさか、この二人が?
すすき原を抜け出ると、安蔵が先頭になって颯爽と歩き始める。その歩みには迷いがない。時々子どもが心配げに男の顔を見上げる。
「そなた、名前は?」
しかし子どもは左ノ介の顔をじっと見るだけで何も応えない。
「そなたの父上か?」
すると子どもはコクッと頷く。もう男はそれに反応もしない。左ノ介は子どもに微笑みかける。すると子どもも笑顔を浮かべるが、男のうめき声にすぐさま表情が強張る。
「安蔵、まだか?」
左ノ介が言うと、安蔵は小走りに前方へ行き、やはりすすきの蔭になっている右手を指差す。左ノ介らがようやくそこまで行くと、奥狭ったところに朽ちた祠のような建物を見つけた。
「有難い。これで少し休めるぞ」
左ノ介は男に声を掛けるが、すでに男は気を失いかけている。
「おい、しっかりしろ。もう少しだ」
左ノ介はそう言ってから、兄弟と子どもを見た。町に戻ってみてもおそらく医者を連れてくるのは難しいだろう。この親子が例の盗賊かどうかは別として、抜き差しならぬ事情があるのは間違いなさそうだ。では、どうすべきか?
安蔵は男の傷口をじっと見ている。そして安吉は子どもの方を。
「お前たち、知り合いに手当てのできる者はいないか?」
すると安蔵が左ノ介の顔を見、それから安吉に何かを言った。
「兄ちゃんが、家に戻ってお父うを連れてくるって」
「今から?」
「間に合うって言ってるよ」
すると安蔵は懐から小さな袋のようなものを出すと、それを左ノ介に差し出した。
「お父うが持たせてくれた薬だ」
安蔵はその中から黄色い粉包みと塗り薬を出すと、そう言う弟に水筒を催促した。
「これで時を稼げってことだな」
左ノ介が言うと、安蔵は後ろに向き直り走り出していた。見る間にその姿は小さくなっていく。
「まるで猿飛佐助だな」
左ノ介はその後ろ姿に呟くと、早速男の手当てに取り掛かる。まずは男を祠の奥に寝かせ、腹の傷口を水で洗う。男はうめき声を上げるが、もうはじめの勢いはない。急がねば。子どもたちに近くの小川まで水を汲みに行かせ、次に男の腹に水で溶いた塗り薬をゆっくりと擦り込ませていく。薬が傷口にまんべんなく行き渡った頃、子どもたちが戻ってきた。
「この子、わたりって云うんだって」
安吉が言った。
「そうか」
左ノ介は返し、「わたり。今、父上の腹に薬を塗った」
そう言いかけた時、突然男の身体が跳ねた。全身が痙攣している。
「粉の方」
安吉が叫んだ。左ノ介は慌てて粉薬を男の口に入れようとするが、なにぶん男の震えがひどく、手元が定まらない。すると安吉が男の頭の方に回り込み、首筋に手を強く押し当てた。すると急に男の動きは緩くなり、しまいには寝静まってしまった。
「安吉…。お前、何をした?」
「お父うの塗り薬は強いから、粉薬の方を先に飲ませるんだ」
呆気に取られながらも、左ノ介は言われるがまま薬を男の口中に入れ、少しずつ水を含ませていく。後は楽だった。わたりもひと安心したのか、大きく深呼吸するとようやく落ち着いた表情になる。
気がつくと小雨が降っている。途端に一人で行かせた安蔵のことが気になった。
「大丈夫かな、安蔵は」
左ノ介は安吉に言ってみた。
「あんちゃんは足が速い。山じゃ犬も付いて行けない」
「そうか。お前のところは犬も飼っているのか」
安吉は頷く。
「じきにお父うを連れて戻ってくるよ」
一方、わたりは二人の様子をじっと眺めている。
「わたりは父上とずっと二人か?」
左ノ介の問いに、わたりは頷く。
「どこから来た?この辺の者ではなかろう」
しかしそれにはわたりは応えない。父親の言いつけを守っているのだろう。
「すまん。訊かぬ約束だったな」
三人はそれぞれ無言になる。これで今日の予定は流れた。辺りは雨のせいもあってすでに暗くなりかけている。あとどれくらい待つことになるか…。
その時、外で物音がした。
「戻ってきたか」
左ノ介が立ち上がりかけた時、それが何人かの男の声であることに気づく。思わず様子を窺う。向こうはまだこちらに気がついていないようだ。もしかしてこの二人を追ってきた者らか?
「わたり、連中に覚えは?」
するとわたりはこくんと頷く。
そうか。このまま捨ておく手もあるが、へたに見つかったら何かと厄介だ。左ノ介は一計を案じる。
「二人はここで待ってなさい」
左ノ介は立ち上がり、祠を出て表の通りに出ていく。
最初に目についたのは、いかにも番所勤めらしい男の姿。他にも数人いるらしい。どう声を掛けたものか?左ノ介はゆっくり歩きながら思案を巡らす。真っ直ぐに男の方まで歩き、角で町の方角に曲がった。そして男の脇を無言で通り過ぎる。
「あ、これ。待たれよ」
相手はすぐに反応した。左ノ介はなるべく平静を装って振り向く。
「武家の御子息とお見受けする。失礼とは存ずるが、どちらから参られた?」
「いかにも。秦野の親類を見舞っての帰りでござる。何事ですか?」
「昨晩城下で窃盗がありまして。噂は耳にしてござろう?」
「ああ、確か二人組の」
左ノ介は相手の反応を見ながら言った。
「左様。その二人を当方の手下が見つけ、この辺にまで追い込んだのですが、あと一歩のところで見失った次第です」
「なるほど」
「誰か、怪しい者を見掛けませんでしたか?」
男は初老に近い歳であろうが、年若い左ノ介にも丁寧な物腰を崩さない。左ノ介は自分の中に緊張が高まるのを感じる。
「私は親類先から戻ってくる途中腹の具合がおかしくなり、そこの脇道で用を足しておりました故、そのような者には気づきませんでした」
「左様か。奴は子どもと二人連れの為、そう遠くまで行っておらぬと思うのですが…。いや、結構。あなたも早くお帰りなさい。この雨、ひどくなるやも知れません」
そう言うと、番所勤めは離れていた仲間の者と共に、そのまま山の方へと去っていく。その後ろ姿を見送りながら、左ノ介は少し心が痛む。この小雨降る中、彼らは自分の持ち場である職務に誠心誠意奉職しているのだ。左ノ介はそれでも周りを窺いながら、再び祠の方へと引き返す。
「父上の具合はどうだ」
安吉とわたりは同時にこちらを見る。二人の瞳は同じように揺れている。左ノ介はそのそばに座り、男の様子を確かめる。
「町方だった。まだこの辺を探しているようだ」
わたりは父親の顔を覗いたまま黙っている。
「今夜はこのまま、ここに身を隠しておいた方が良かろう。もうじき安蔵とその父親が来て傷の手当てをしてくれる。そのあとは…」
左ノ介はわたりの肩にそっと手を乗せる。
「悪いことは言わない。盗みはやめて何処か遠くへ去れ」
するとわたりは一度目を伏せると、すぐにまた左ノ介の顔を見上げる。
「おいらたちは盗みをやってるんじゃねえ」
その声には、幼子とは思えない力が籠っている。
「どういうことだ?他所の家から黙って物を盗るのは盗みに違いなかろう」
「…元々はおいらたちの物だ」
「おいらたち?」
左ノ介は返す。
「おいらたちはいつも一所懸命に働いてきた。お侍たちにこき使われてきた。でもその働いた分を商人が掻っ攫っていく。お侍は貧乏になってまたおいらたちをこき使う。だから商人の持っている物を少しばかり返してもらうだけだ。ちっとも悪くなんかねえ」
わたりは言い切る。「盗みじゃねえ」
詭弁だ。左ノ介は思う。確かに藩の統制は下々の者に至るまで厳しい。それは年貢・苦役に置いても同様で、その米を中心とする貯えは結局都市の商人が管理し、大坂で金へと姿を変えていく。いくら武士とは云え、その米を金に変えるからくりは商人には敵わない。そして金がなければ藩は酒の無い酒蔵のようなもの。藩士は城に上がろうにもその足袋一つ買えない始末となる。それは言ってしまえば、商人に首根っこを掴まれているとさえ云える。だが…。
「しかし、実際物を盗られた城下の者たちはそれぞれ皆困っているはずだ。それはお前にも分かろう」
左ノ介はわたりに言う。無論わたりには返す言葉がない。祠の中は外からの湿気でひんやりとして冷たい。傍らの安吉がぶるっと身震いするのが分かった。
「…その子を責めるのは止めろ」
その時、男が声を上げた。
「気がついたか。具合は?」
「ああ…」
男はまだ苦しそうな表情。
「こいつの言うことは…、全部わしが教えたことだ。文句はわしに言え」
男の目は左ノ介を激しく威嚇する。
「そんなつもりはない。ただお前たちの身の上を案ずるだけだ」
左ノ介は返した。
「余計な…世話だ。わしたちは…」
言いかけて男はまた傷の痛みに身体をくねらす。
「もうよい。今は身体を労れ」
男の容態はやはりまだ予断を許さない様子。
「しかしあとどれくらいかかるか。日ももうじき暮れるし、困ったものだな」
左ノ介はそう独りごちる。
すると安吉がばっと立ち上がり、表の様子を窺う。
「どうした、安吉。安蔵たちか?」
「違う。さっきの捕り方たちだ」
「何?」
左ノ介も安吉の横で町方たちの姿を捉える。どうやら引き返してきたようだ。
「あ!」
左ノ介は思わず小さく叫ぶ。町方たちの中に見覚えのある姿を見つけたからだ。
「安蔵」
その声に安吉も身を乗り出す。
「どういうことだ。途中で捕まったか?」
確かにこの雨の中、疾走する子どもは怪しまれる。しかし安蔵の足は速い。そう簡単に追いつかれるものだろうか?
「お父うだ。お父うを連れて戻ってきた」
安吉がやはり小さく叫ぶ。その言葉に左ノ介が目を凝らすと、町方が通った後からそれを密かに追うように、痩せぎすの男がその姿を現した。笠を被り、動きは機敏で、そして迷うことなくこちらに寄ってくる。
「…」
父親は外からくぐもった声で下の息子の名を呼んだ。すると安吉が跳ねるように顔を出す。続けて左ノ介もそれに倣う。
「かたじけない。こんな雨の中を」
「事情は聞いている。その者たちは?」
「奥です。親の方は半分死にかけている」
「…御免」
父親はさっさと中に入ると、横たわる男の方へと近寄る。中はすでに真っ暗になっている。懐から道具の塊りを出すと、その中の物でカチカチ音を立て始めた。
火を起こすのか…。左ノ介がそう考える間もなく、父親は携えてきたのであろう、枯れ草のようなものに火種を移し、それから蝋燭を取り出し火を点ける。その瞬間ぼおっと周りが明るくなる。父親の黒い背中は男の傷口を丹念に確かめている。そしてそこに先程の枯れ草の灰を揉みつぶしたものを塗し出す。左ノ介は体を寄せ、その様子に見入る。
「だいぶ膿んでいる。今から毒を払う。身体を押さえておいてほしい」
「承知した」
左ノ介が父親の言いつけに反応すると、安吉とわたりも自然とそれに続く。
「いくぞ」
父親はそう言うや否や、おそらく薬酒の類であろうものを竹筒から口に含むと、躊躇なく男の腹を目掛けて吹きつけた。その途端、男の身体がまるでからくり人形のようにひとりでに跳ね始め、左ノ介たちは思わず体ごと弾かれそうになった。
「しっかり押さえろ。もう一度いくぞ」
父親はそう言って、今度はさっきより大きく竹筒をあおると、一気にまた男の傷口に吹いた。左ノ介は必死に男の身体にしがみつきながら、父親の酒がよほどの物だと云うことに気づく。その証に、父親がそれを吹く度に蝋燭が火の飛沫を散らす。心なしか男の身体が大人しくなった。
「よし」
父親は二人に合図する。「あとは布を巻くだけだ」
左ノ介は父親の仕事を見ながら感心する。その手際の良さ。まるで本職の医師のように施術に迷いがない。その時、不意に左ノ介は安蔵のことを思い出す。
「そう云えば安蔵はさっき…」
「分かっている」
父親は静かに言う。「町方を見掛けた時、面倒になると思い一人先に行かせた。遊んでいた弟とはぐれたことにすればいいと言って」
なるほど。左ノ介は合点する。この雨の中幼い弟が道に迷ったのなら、子どもが一人山道にいてもおかしくはない。それに後から父親がやってきても探しに来たと説明はつく。左ノ介は初めて父親の顔をまじまじと見る。澄んだ目が、二人と瓜二つだ。
「それよりもこの者のことだ」
父親は言う。
「顔は知らぬが元は百姓だろう。これからどうするつもりか」
「分かりません。本当は医者に見せた方がいいのでしょうが、おそらく町方に知れてしまうでしょう」
二人は黙る。そして、大人しくしている子どもたちの顔を見る。
「…すまん。迷惑をかけた」
その時、男が目を開けた。わたりが寄る。
「もう大丈夫だ。あとは自分らでどうにかする。心配は無用だ」
「しかし、その傷ではそう遠くへも行けまい」
父親が言う。
「故郷(くに)に帰る」
「故郷に?」
左ノ介が問う。「故郷はどこだ?」
男は応えない。いや、そもそも言い逃れに過ぎないのか、男は表情を曇らせたままだ。
「好きにするがいい。しかし、己の不幸に拗ねてみても何も始まらんぞ」
父親が言う。「親なら、他にすることがあろう」
すると男は父親の顔に目を凝らす。
「どうしろと?」
問われて父親は表情を固くする。「そんなこと、わしにも分からん。だから皆、必死に生きている。ただそれだけのことだ」
その言葉に、男だけではなく左ノ介も物思いに沈む。
「しかし、安蔵のことがあります。あなたはもう行って下さい」
左ノ介は父親に言う。父親は左ノ介を一瞥すると黙って祠を出ていく。左ノ介は安吉に合図する。
「すまなかったな。安蔵にも礼を言っておいてくれ」
安吉は小さく頷くと外に出る。幸い雨は止みかけているようだ。
左ノ介は男とわたりの方に向き直る。
「とにかく今夜はここで休むといい。私は一度家に戻って、また朝方やってくる。何か、必要なものはあるか?」
「すまんが…、食い物を頼む。この子ももうふた晩、何も食べていない」
「分かった」
左ノ介は承知する。そしてゆっくり祠を出ていく。
「おい…、あんた」
男が弱々しく呼び止める。左ノ介は振り向く。「何だ?」
「どうしてあんたらは、こんな得にもならんことをする?」
その言葉に、左ノ介は束の間考える。
「私は寺子屋の師範代だ。子どもたちに読み書きそろばん、そのほか、様々なことを教えている」
左ノ介の言葉に、男は横たわったまま聞き入っている。その目だけが、輝いてこちらにも窺える。
「しかし学問は、そもそも己の生きる道を、自分の力で切り開く為にこそあると思う。私は私が感じ考え、信じたことをしたまでだ」
左ノ介は外に出て歩き始める。角を曲がり、湿った道を家の方に向かってどんどん歩いていく。そして一度祠の方を振り返る。先程の男の問いへの、自分の答えが甦る。
「余計なことを言ったかな」
一人呟く。再び歩き出しながら、もしかしたらもう明日には、あの親子はいないかも知れない。ふとそう思える。
まもなく、左ノ介の眼前に見慣れた町の灯が浮かんでくる。一つ一つの明かりはか弱く、だからこそ尚更尊く左ノ介の目には映る。そして同時に、今度は安蔵たち親子の顔が思い出される。今日は随分あの親子には面倒をかけた。結局自分は何もできず、ただこうして出来事を思い返すことしかできないが、今はむしろ貴重な出会いを得た気すらする。
左ノ介はぶるっと体を震わせた。ふと見上げると空には星が瞬いている。何気なく左ノ介はそれに向かって手を伸ばすが、それらはまるですぐ目の前にあるようでいて、その実指先のいつも先に在り、遥か遠くから絶え間なく何かを呼び掛けているように見えた。
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