稀代の天才

フィオナと色々話してから、1週間が経った。


今も、少しづつ助言を受けながら異世界での生活に慣れようと奮闘中だ。


その甲斐あってか、あたしは何とか貴族のカレン=オリヴィエ=ヘイロースとして、日々を過ごしている。


体調面で、今すぐの問題は無いだろうと判断されたあたしは、屋敷周りを散歩する程度の外出許可を受けて、絶賛散歩中。


日本ではほとんど見られない自然溢れる世界が広がっている。


似ているようで、少し違う花や植物。


土の香りがして、爽やかな風が吹く。


都会の大学生だったあたしが久しく忘れていた感覚。


胸いっぱいに息を吸い込んだ。


それと同時に、日本のことが。

家族の事が頭をよぎった。


あたしはもう死んで、ニュースとかになったのかな。


お母さんとお父さんは悲しんだだろうな。


そんな気持ちがよぎって、少し目頭が熱くなった。


相変わらず、転生に関する疑念は晴れぬまま。


いや、今それを考えるのは建設的じゃない。

焦らない、焦らない.....。


溢れそうになった雫を袖で拭き取る。


心配させないように、そろそろ帰らなきゃ。


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あたしが倒れていたことはヘイロース領内にとてつもない悲しみを振り撒き、そして奇跡の復活を果たしたことは歓喜の渦を巻き起こしているらしい。


領内にある街や村はお祭り騒ぎになっているという話を屋敷に出入りしている行商から聞いた。


本当にあたし、いやカレンは愛されていたんだなぁ、と随所で感じる。


関係ないけれど、なんだか誇らしい。


「カレン様、そろそろお時間です。午後の講義と明日の支度がございますので.....」


後ろからフィオナの声。


カレンは才覚に溢れる女の子だったという話だが、あたしはそれをフィオナにこそ感じる。


今のような職務中や、自室以外の外部では完璧にあたしを「カレン様」として接するが、2人きりになると、「片寄 愛」としてのあたしを尊重してくれる。


18歳とは思えない落ち着き。


カレンの側仕え故に目立ちにくいが、切れ長の目と抜群のスタイル。


キツめの顔立ちではあるけれど、文句なしの美少女。


もしここが日本だったら、絶対スカウトとかされまくるだろうなー。


「カレン様!!聞こえておりますか!?」


不埒な妄想から一気に現実に引き戻される。


き、聞こえています。

それでは皆さん、ご機嫌よう。


そう言い残し、屋敷に戻る。


自分でも笑ってしまいそうになるセリフだけれど、礼儀は何よりも大事らしいしね。


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今日の講義は数学らしい。


散歩が許可されると同時に、講義も再開された。


この世界で貴族は16歳まで家庭教師に色々なことを教わる。


その中でも優秀な生徒は、国立学園とやらに入学し、さらにレベルの高い教育を受けるのだそう。


はぁ、転生しても数学やるんだ.....。

あんまり得意じゃないんだよね、数学。


憂鬱な気持ちで、窓の外を眺めていると歳の頃は30前後の女性が部屋に入ってきた。


いかにも教職と言った厳しそうな雰囲気。


「カレン様、この度のご回復心からお慶び申し上げます。病み上がりであらせられるかもしれませんが、大切な時期ですので、本日からまたよろしくお願い致します。」


そう言いながら、ニコリと笑う。

その手には、広辞苑を彷彿とさせる書物を携えていた。


「と言いましても、カレン様はほとんどの内容を終えておりましたので、試験に際した形式の問題をご用意しております。こちらを。」


手渡されたのは20ページほどの小冊子。


「時間も実際の試験時間と同様、二刻とします。私はあちらに控えておりますので何かあればお声かけ下さい。」


そう言って女性は部屋の端の椅子に腰掛けて何かを呟いた。


唱え終わると女性の手に小さな光の粒が集まり、砂時計のようなものが現れた。


これが魔法というものであり、意味のわからない部分は詠唱といわれるものだ。


あたしが検証したところでは、この世界の言語は2種類に分けられるようだった。


ひとつは今も使っている会話やコミュニケーションに用いられるもの。


こちらの言語にはたくさんの種類があり、地域や種族によって使われる言語は異なる。


まあ、日本語とか、英語とか、フランス語みたいな感じ。


もうひとつは、さっきの詠唱に使われている言語。


フィオナいわく、魔法を行使する時に自然に頭に浮かんでくるらしく、それを唱えると魔法が発動するのだそうだ。


あたしは便宜上前者を【日常言語】、後者を【魔法言語】と呼ぶことにした。


ありがたいことに、あたしは日常言語を完璧に使いこなすことが出来る。


だから、最初から会話に困らなかったし、書いてある文字は日本語に見えて読むことも出来る。


それどころか、誰も全く知らないような言語も使いこなせてしまう。


多分転生ボーナスね。チート万歳。


では、魔法言語はどうかと言うとさっぱり分からない。


というより、意味を理解して使っている人がいないと言った方が正しく、その内容や意味は今現在も研究されているのだとか。


とはいえ、今はこの数学をどうこなすかね。

意味は理解できるからなんとかなるでしょ。


地球では、数字は共通の概念だった。

それがここでも通用すれば.....。


表紙のページを開く。


ページ1枚にぎっしりと問題文が書かれており、その隣に回答を書く空白がある。


全部で10問あるらしい。


二刻ってことは2時間よね。

これ、量えげつないんじゃ......。


と思い、早速問題文に目を通すが、違和感。


なんだこれ?


勝手に長文の読解をして答えるもの、と思ったが、少し違った。


正確に言うと、”問題文が何故か物語調に書いてある”だけであった。


しかも、内容は高く見積っても小学校低学年から中学年レベル。


何らかの引っ掛けがあるのかと疑ったが、それもなさそうで、結局15分程度で解き終わってしまった。


あの、先生。

解き終わったのですが......。


座っていた女性は、砂時計を見つめ少し心配そうな顔をした。


「カレン様、やはり体調が優れませんか?

カレン様の能力であれば、もう数日ほど休まれても試験に大きな影響はないかと......」


そう言って、砂時計をつつく。

砂時計は再び光となって消えていった。


どうやら体調不良故にこの試験を早く終わらせようとしていると捉えられたらしい。


あ、いえ.....。

身体は問題ありません。

本当に解き終わったのです。

確認していただけませんでしょうか。


そう言って冊子を渡す。


訝しげな表情で受け取り、確認していた女性だが、半分を超えたところから青ざめ始める。


やがて、大急ぎで荷物をまとめ始めた。


「カ、カレン様。大変申し訳ございませんが、急用を思い出しまして。本日はここまでで失礼致します!」


そう言うと、風のように部屋を出て行ってしまった。


驚きと不安さを混ぜたような顔でフィオナが入ってくる。


「えっと......何かしたの?」


いや、そんなことないと思うんだけど......。


そう答えるしかなかった。

あたしは問題を解いただけだしなぁ。


その時のあたしは、気づいていなかった。


今日のこの出来事。


そして、数日後に起こる、ある出来事でカレンという少女の運命を大きく変えてしまうことに。


そして、あたし【片寄 愛】の人生も同じように大きく変わったことに。

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