来る神託の儀

今日も鳥のさえずりと柔らかな光で目を覚ます。


ふわりと香る紅茶の香り。


慌ただしく朝食にメイクにと動き回っていたあの日々が嘘のようだ。


「おはようございます、カレン様」


ベッドサイドのテーブルに、食器を準備しているフィオナの声。


きっちりとまとめられた髪。

シワのないメイド服。


今日もフィオナはフィオナだなぁ。


地球でもメイド喫茶、なんてのが一時期はやっていたけれど、ホンモノを見せてあげたい。


メイドって、多分めちゃくちゃ重労働よ。


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ベッドから降り、用意された衣服に目を向ける。


あれ、なんか余所行きっぽい......。

って言うかこれどうやって着るの?


普段着は、なんというか【田舎のご令嬢】って感じで、華美では無いけどいい生地だな、って服が多かった。


しかし、今日の装いは少し派手。

橙と黄色で構成されていて、スカートの裾が何やらフリフリしている。


肩から首周りの露出度が高いし、飾りのような紐がついているが、ジーンズにシャツがデフォルトだったあたしには、紐のオシャレは多分早い。


もたつくあたしの後ろから、小さなため息。


「カレン様、前後が逆にございます。

開いてる方が背中の側になります。」


手伝ってもらいながら、なんとか着替え終える。


そういえば、今日はなんでこんなドレスなの?お出かけ?


「あのですね......」


そう言って話し始めたフィオナの顔は、明らかに呆れていた。


「今日はカレン様の延期されていたスキル鑑定の日だと、昨日お伝えしましたよ。貴族として公な場に出る最初の機会でございます。」


そういえばそんなことを聞いた気がする。


って言ってもどこかに行ってお祈りするだけ、なんだよね?


「それはそうてすが、この儀式で貴族としての在り方が決まると言っても過言ではございません。カレン様にスキルが宿らない、なんてことは万に一つもございませんが、実際有能と噂されていた貴族家のご子息、子女にスキルが宿らずに追放されたり、出奔したなんて話を聞いたことがございます。」


なぜだろう、あたしも聞いたことがある気がする。


まぁ、あたしの聞いたことある話はその後大抵頭角を現して無双する展開だったけど。


「とにかく、下手なことはせず、無駄に喋らず、儚げで美しくお願いします!」


わ、分かってるわよ。

こう見えても無難に過ごすのは得意なんだから。


自慢にもならない自慢話をしていると、外から声がかかる。


「カレン、良いかしら?」


透き通った声。


声の持ち主は、リタ=シャーロット=ヘイロース。つまりはカレンのお母様である。


フィオナが扉を開け、横に控える。


相変わらずの美貌である。


「カレン、今日という日を迎えられた事、母は誇らしく思います。私の服の裾を掴んで離れなかった貴女の姿はつい昨日のように思い出されます。それがもう16歳。これからの道には多くの困難と幸せが待ち受けていることでしょう。母はいつも貴女の味方です。いつでも頼りなさい。」


そう言って優しく微笑みながらリタはあたしを抱きしめた。


お母様.....。

ありがとうございます。カレンは、幸せ者です。


気が付かなかったけれど、あたしの両目からは涙が溢れだしていた。


これはあたしの涙じゃない。

きっとカレンの涙だ。


心はとても暖かかった。

だけど、なんだか寂しいような、辛いような。


そんな気持ちが、心を掠めた。


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目的地のヘイロース領クランローズ宮までは、四刻程かかるらしい。


途中に立ち寄る村で、熱烈歓迎を受けつつあたしは馬車に揺られ続けた。


正直めちゃくちゃに身体が痛い。


悪路やちょっとした段差で酷く揺れる馬車。


華奢なカレンの身体は振動にめっぽう弱い。


次乗る時は絶対クッション持ってこよ.....。


というか、魔法を使えば揺れない馬車とか出来そうなもんなのになぁ.....。


こっちの人たちはそういうのあんまり気にしないのかな。


揺れない馬車について色々な思惑をめぐらせているうちに、馬車が停止した。


どうやら到着したようだ。


「カレン様、こちらがヘイロース領クランローズきゅうにございます。」


扉を開け、外で控えるフィオナが言う。


御者までこなす万能メイドに感心しつつ、目の前の光景に感嘆する。


一言で言うなら荘厳。


黒を基調にした頑強で大きな塔。

周囲は門で囲まれ、灯籠や彫像が設置されている。


大勢の兵士により、大袈裟な程の警備がなされていて、物々しさを感じる。


「16歳になると、みなスキル鑑定を受けますが、このヘイロース領クランローズ宮で鑑定を受けるのはごく一部の貴族のみです。」


なるほど、だから警備が厳重なのね。


言いながら、門をくぐる。


門の先には男女が待っていた。

ゲームで見かける僧侶が着ているような衣服を身につけている。


「カレン=オリヴィエ=ヘイロース様。

お待ちしておりました。私はスタン、彼女はリリン。こちらのクランローズ宮で神託官を務めております。」


神託官?


「はい。カレン様がこれより受ける儀式は【神託の儀】と呼ばれ、【神】と呼ばれる上位存在より、スキルを賜わるものとなっております。人や種族により寵愛を受ける神は異なり、またその姿形もそれぞれ異なります。」


人には人の乳酸菌みたいなことか。


っ......痛ったぁ!!


見えない角度でフィオナが背中をつねる。


すみません、無駄なことはもう喋りません。


「?

よく分かりませぬが、個人差があるという事ですな。神託の儀の結果はこちらの神託書に記載されます。では、マナを。」


装飾がなされた羊皮紙のような紙を受け取る。


その瞬間、紙が光り紋章のような形が浮かび上がった。


「はい、よろしいです。

では儀式に移ります。こちらへどうぞ。」


神託官が誘導する。


「ここから、私は付き添えません。

ひとりでお進み下さい。無駄話禁止。

淑女としての立ち振る舞いをお願いします。」


小声でまくし立て、後ろに下がるフィオナ。


一人とか聞いてないんですけど!


途端に不安が大きくなる。


とはいえ、今更できることは何も無い。


あたしは神託官について、塔の上層階へ登った。


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儀式自体はとても簡素なもので、事前に聞いていた通り単に祈りを捧げるだけだった。


通された場所は塔の最上階。

周囲のガラスから光が差し込み、その光が中央に収束している。


その光が収束している部分に小さな燭台があり、その後ろに先程の羊皮紙を置く台が設置されていた。


紙を設置し、燭台にロウソクを刺して火をつける。


あとは火が消えるまで祈る、という内容だった。


あたしはフィオナの教え通り、無駄なことは考えず、喋らず、淡々と儀式を遂行した。


燭台を前に祈りを捧げる。

とはいえ、何を祈ればいいのだろう。


あたしの.....祈り......。


.......。


...。


「カレン様、お疲れ様でした。

儀式は無事終了しました。神託書をお取りください。」


どうやら一瞬意識が飛んでいたようだ。


先程まで紋章のみが書かれていた羊皮紙にはぎっしりと文字が浮かんでいた。


!?


そこには、カレンへの神託。

そして、あたし【片寄 愛】の神託が刻まれていた。


「では、こちらに神託書を。」


神託官が手を伸ばす。


ま、まずいっ!


神託官があたしの手からするりと信託書を抜きとる。


ど、どうしよう......。


緊張が走る。


神託官の顔色がみるみる変わっていく。


「なんだこれは!!」


やっぱり......。


「なんだこの文字は!全く読めない!

リリンはどうだ?」


「いえ、見当もつきません。どの文字配列にも該当するものがありません!」


「これはもしや、伝説の【白紙の神託】か?」


あれ......?

なんかやばそうなことはやばそうだけど、あたしが思ってるのと方向性が違うぞ......?


「カレン様、神託は無事下っております!

ご安心ください。後日クランローズ宮より、使者を走らせますので少々お待ち頂けますでしょうか!!」


興奮気味の男神託官スタンに言われるがまま、半ば強引に外へと連れ出される。


外で待っていたフィオナが、先日の講義終了時と同じ顔をしている。


「何か、したんですか?」


い、いやぁ......何かをしたって訳では無いんだけど、実は......。


あたしはフィオナにできる限りの記憶を伝えた。


と言っても覚えているのは神託書にあたしのことが書いてあったこと、神託官はそれが読めなかったらしいこと、白紙の神託という言葉、くらいであったが。


しかし、フィオナも判断がつかないようだった。


「ええと、とりあえず神託が下ったということは、無事にスキルを得られたということではあるはずだから......うーん。」


ここまで歯切れが悪いフィオナを見たのは初めてだ。


「とりあえず、帰りましょうか。

使者が来る、とは言っておりましたし。」


何故かスッキリとした顔。


あ、もしかして考えるの諦めてない?


「諦めたのではありません。

現状できることがないと判断したのです。

帰りも四刻かかりますから、早く出るに越したことはないですよ。」


またあの馬車に4時間揺られるのか......。


それを考えるだけで少し憂鬱な気分だが、そうしなくては帰れない。


渋々と、あたしは馬車に乗り込んだ。


実は、馬車の座席部分は荷物を積む時と人が乗る時で座面を入れ替えて使うらしい。


人が乗る時はクッションのある表面、ものを載せる時は固くて平坦な裏面。座面をひっくり返すことが出来る。


そう、あたしは8時間貨物だったのだ。


軋む身体をさするあたしに、もしかして、とフィオナが伝えたことで発覚した。


だって仕方ないじゃん、馬車の仕様とか知らんし。


乗ったの初めてだったし。


そういうあたしを横目に


「普通気づくでしょう.....。

どこの貴族様がこんな硬い椅子で四刻も.....」


最もだった。


おしりがいたい.....。


儀式よりも馬車に疲弊したあたしは、帰るやいなやベッドに滑り込んだのであった。


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