異世界って、怖い?
フィオナは時に頷きながら、真剣にあたしの話を聞いてくれた。
普通なら、笑って流してもおかしくない、夢物語みたいな話を。
あたしが別世界で事故死した20歳の「片寄 愛」であるということ。
女神のような存在に転生を命じられたこと。
目的は、婚約の破棄だということ。
あたしには
あたしの生きた世界には魔法の類は一切なく、
カレンとしての記憶が、断片的に走馬灯のように戻ってくるということ。
今あたしがわかる全てを語り終えると、フィオナは優しく微笑んだ。
「貴女のこと、少しわかった気がするわ。少なくとも、悪意はなさそう。カレン様に乗り移ったのが、貴女みたいな人で、少し安心した。」
信じてくれた、のかな。
いや、あたしだったら信じられる?
身近な大切な人の、見掛けは変わらないけれど中身が別人だ、なんて話。
困惑気味な表情を感じ取られたのか、フィオナが続ける。
「不安?なんで簡単に信じられるのって思う?」
図星を突かれた。
「少し時間を貰うけど、今度はこちらが話す番ね。ええと、どこからがいいかしら。」
フィオナはゆっくりと話し始める。
この世界について。
ここはクランローズ国西側のヘイロース領。
クランローズは世界で最も大きな国土を有している。
そのクランローズの西側一帯をヘイロース領として、我が家が統治しているらしい。
ヘイロース家はいわゆる貴族で、辺境伯。
貴族の仕事を分かりやすく言うと県知事みたいな感じかな。
要は地方を治めるかなり強い立場にあるってこと。
130年くらい前に大きな戦争があって、そこでヘイロース家は大きな活躍をして、今の地位を賜ったそう。
この世界には、マナという概念が存在していて、マナの力を借りることで素養があれば魔法が使えたり、スキルとやらを使うことが出来るたりするらしい。
一言で表すなら「ファンタジー」。
そして、人以外にも色々な種族が共生している。
カレンは魔法の素養がとても高く、使えない魔法はないだろうと言われ期待されていた。
16歳になって、スキルが宿っているかの診断をする予定であったが、先述の熱病で、カレンの診断はまだされていない。
フィオナは
「この世界についてはこんな感じかしら。
生活するにつれて分かることとか、疑問もあるだろうから、都度考えるしかないわね。」
ありがとう、フィオナさん。
伝えると、やや眉を顰めるフィオナ。
「二人きりの時は良いけれど、そうじゃない時は、私は従者のフィオナ。貴女はその主のカレン様よ。間違ってもフィオナさんなんて人前で呼ばないでね。大変なことになるわよ。私も貴女も。」
クランローズでは禁止されているが、この世界には奴隷制度を有する国もまだあって、身分には相当厳しいらしい。
特に公衆の面前で主従や身分にふさわしくない行動をしてしまった場合、人間としての品位にかける、と判断される可能性もあるんだとか。
「平たく言うと、最悪死刑ってこと。」
えぇ.....なにそれ。
普通に怖いじゃん異世界。
「カレン様は16歳になったばかり。これから社交界に顔を出されていく予定なのよ。そこでもし妙な行動でもしようものなら.....」
フィオナは言いながら親指を立てて首元を擦るように横切らせた。
あ、異世界でもそのジェスチャーあるんだ。
などと、不釣り合いなことを考えていた時、ひとつの疑問が浮かんだ。
16歳で社交界デビューもしていないってことは、今のあたしには婚約者っていないの?
「そういえばそうね。カレン様に婚約者、という話は今のところ私も聞いたことがないわ。領主様や奥様の決め事がある可能性は否定できないけど.....」
そうなんだ...。
じゃあ婚約破棄RTA出来ないじゃん。
っていうか、そうだ。
今まで、話を聞いていた中で生まれたもうひとつの疑問。
言葉尻かもしれないけれど、何となく気になったそれをフィオナにぶつけてみる。
フィオナ、さっき『乗り移った』って言ったよね?それってどういう.....。
「今から半年くらい前に、カレン様が仰っていたのよ。自分に別の人格が宿るって。それは世界にとって大きな出来事なんだ、ともね。昔からカレン様は予知夢を見たりすることがあらせられたから、対してそこに疑問はなかったのだけど、まさかカレン様の人格が眠ってしまうなんてね。」
また、ひとつ疑問。
カレンの人格が、眠っている...?
「ええ、カレン様の人格は今、貴女の中で眠っているような状態よ。私にはスキルがあるから分かるの。」
眠っているということは、いずれは目を覚ますのだろう。
じゃあ、その時あたしってどうなるんだろう。
考えれば考えるほど、色々なズレを感じる。
そもそも転生って説明されたけれど、この状況って転生ではなくない?
フィオナの言う、乗り移りという言葉の方がしっくりくる。
どうして女神様はこの時、この瞬間にあたしを転生させたのかな。
婚約している時に転生させた方が効率いいような気がするんだけど。
「その女神様、という存在はこの世界の共通認識にはないわね。特定の宗教が信仰している存在、とかならあるかもしれないけど。私は聞いた事、ないわね。」
どうやらこの世界にも、信仰や宗教はあるものの、そこに『女神』という存在が無いようだ。
話を聞けば聞くほど、考えれば考えるほど謎が深まったが、今それらを解決するすべはなかった。
「あまり焦っても仕方がないわ。今日はもう遅いし、休んだ方がいいわね。体調は良さそうに見えるけど、奥様の言う通り一月も倒れていたのだから。」
気がつくと、明るかった窓の外は夕闇に染っていた。
フィオナの言う通りかもしれない。
焦っても仕方がない。
分からないことが多くても、確実に言えること。
それは、今あたしがカレンとして生きているということ。
それだけは絶対なんだから。
あたしは思いついた不安に蓋をするように目を閉じて、やがて眠りに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます