1章 The saint shows the way in exchange for the blue star road

2032.1.1 7:00 Nagano,Japan

 ずっと長く無の空間を漂っていたような気がした。

 声が聞こえるような気がする。「悠ちゃん」と自分を呼ぶ声が。

 しかし、聞こえはするが意識が覚醒することはない。ただ、空間を漂い、時間が過ぎるのを待つだけのようだった。

 自分が何者だったのか、一体、何をしようとしていたのか。

 それすら次第に薄れていくようだ。


 そんな感覚を感じる中。

 突然、目の前に微かな光が現れた。

 青く薄暗い光。例えるなら、冬の夜空に浮かぶシリウスのような光と言ってよいだろうか。

 それが瞬く間に大きくなっていく。


「うわっ!?」


 最後には、意識が眩しさのあまり世界を閉ざしたくなるほどに眩く、大きな光となった。



「うわぁぁっ! あ、痛っ!」


 目覚めた直後、頭に大きな痛みが走り、悠は頭を抱えようとした。

 その抱えようとした手も何かに当たる。ややあって目も開き、自分が何かの装置に入れられ、横たわっていることに気づいた。

 視界が明らかになってきて、自分の居場所を確認する。


「これは何かのカプセル……SFみたいだな」


 悠が思い浮かべたのは、コールドスリープなどに使うようなカプセルだ。しかし、より具体的なものとしては、カプセルホテル、酸素カプセルなどだろう。


 呟いた直後に、意識を失う前の記憶が次第、次第に蘇ってくる。

 新年と同時に世界が滅びると言われ、その後、実際に滅んだように思えた。

 最愛の姉・唯が押しつぶされたショックのまま、自分も同じ場所で死ぬことを自覚し、まだしもマシな死に方かと思ったところまで記憶している。


 と、足音が聞こえてきた。

 ガラッと扉が開く音が聞こえる。SFから連想される進化した自動ドアではなく、手動で引きずって開くタイプの扉のようだ。



「諸刃先生、本当に悠ちゃんが目覚めたのですか!?」


 聞き覚えのある声が遠くから響いてきた。それを耳にして、悠の目頭が無意識に熱くなる。


「姉さんなの?」


 声を出したつもりだが、それが聞こえることはなかった。口を動かしたものの、それがしっかりと声帯を動かすまでには至らなかったらしい。かなり長時間眠っていたことで色々な筋肉が衰えているようだ。

 しばらく、足音が近づいてくるのを待ちつつ、動かせる部分を少し動かして筋力の回復を図る。

 その間も足音はこちらに向かっている。


「反応はあった。今回こそ本当に目覚めていると良いのだが」


 声とともにウィンドウの上側に何者かが現れた。覗き込むような視線を自分に向けてくる。

 歳は25歳から30歳くらいのオールバックの端正な顔立ちをした男性だ。


 彼を見て、「自分より一回りくらい年上だろう」と思ったが、ここで悠は一つの疑問にぶち当たる。

 自分がどのくらい寝ていたのかということだ。

 大掛かりなカプセルのようなものに入れられているということは、ひょっとしたら数年、いや数十年と眠っていたかもしれない。

 自分に何が起こったのか、それすら分からない。


「おはよう、時方悠君」


 男性はそう言って、近くのボタンを押したようだ。

 ウィンドウが開き、外が見える。


「起き上がれるかな?」


 そう声をかけられ、悠は右手をカプセルの地面に押し当てて上半身を起こす。びっくりするほど力が出ないが、何度か試すうちにどうにか動くようになってきた。

 動くようになればそれほど大きなカプセルではない、すぐに顔を外に出せる。


 部屋は病院の大部屋のようだ。同じようなカプセルが何個かある。

 それ以上に悠が見たかった存在が彼の後ろにいた。


「姉さん!」

「悠ちゃん! 本当に起きたの?」

「うん、目覚めたよ!」


 姉の顔はあまり変わってはいないように見えた。SF的なコールドスリープについていたということはなさそうだ。安心して改めて医師を見た。


「僕は何日くらい眠っていたんですか?」


 医師は小さく肩をすくめた。

 続く言葉は、悠が抱いた期待をある程度打ち砕くものだ。


「記録が正しいなら、ちょうど2年になる」

「2年!? そんなに?」

「君は2029年の12月31日の22時にナガノ市内の病院に入院し、そして今は……」


 論より証拠とばかりに、携帯電話の画面を見せてきた。


「2032年1月1日、午前7時……」

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