最後の朝に、告げる

大根初華

最後の朝に、告げる

「せんぱぁーい、どうして私達はバイトしてるんですかね?」

「知らん。とりあえず働け。手を動かせ。やることは沢山あるだろ」

 わたしの質問に間髪入れずに、むしろ、やや食い気味に先輩は答える。壁の向こうに彼はいるのでやや声が籠る。

 壁の向こうから、フライヤーでバチバチと揚げる音が聞こえる。 おそらくファストフードの唐揚げかだろう。店長から確かこの時間は揚げたてを出すように言われているはずだ。

「働く気しないですよぉ。こんな日にお客さんなんて来るはずないじゃないですかぁ」

 国道沿いのこのコンビニは本来であれば、結構人が来る。夕飯時ともなればレジにお客さんが並び凄いことになる。

 店内は、国道沿いの賑やかさが嘘みたいに静まり返っている。今日、まだ一人も客を見ていない。やることも一通り終えてしまっていたので、ぐだーと机に突っ伏していた。 

 あちかちに設置されているスピーカーから蛍の光と【今までのご愛顧ありがとうございました】がずっと流れている。散々聞き飽きたそのアナウンスをもうそらでも言えるほどだった。

 窓の外に目を向けると、人通りが全くない。明日降る隕石の影響がここにもあった。みんな思い思いの晩餐を取っているのだろう。

「だって、明日には隕石が落ちてきて、日本滅ぶってテレビでずっとやってるじゃないですか?! 崩壊するんですよ!?【オレ最後の晩餐コンビニのおにぎりが良いんだぜ!】、なんて人聞いた事ないですよ! 絶対いないですよ」

 セリフは少し低音で出してみる。ぶっと吹き出すような声が聞こえた。

「それに関してはオレもない。だけどな、【コンビニのおにぎり大好き! 最後に食べたいんだ!】なんて人、来るかもしれんだろ。そう言った人達にこの店は開けてるんだろ。きっと」

 先輩もわたしへの意趣返しなのか、セリフ部分はやや高めで、思い切り裏声だった。好き! のあとに赤いハートが見えるほどの熱演振りである。

 それが思い切りツボに入った。笑いが止まらない。一年半一緒にバイトをしているけれど、こんなことする人とは思わなかった。

「おい、笑いすぎだぞ」

 先輩が奥から呆れた顔で出てくるけれど、わたしは笑いをこらえることが出来ず、ずっと笑っていた。

 

※※※

 

 先輩に出会ったのは約一年半前、このコンビニにわたしがバイトで来たことだった。

 とあるバンドが今度日本全国を巡るツアーをやるというのだ。追っかけをしているわたしにとって衝撃的で、これは行かなければと、使命感に襲われた。だが、手持ちでは心許ない。貯金も多くある訳では無い。親には頼りたくない。(なんなら、これまでそのバンドのために、散々親に借金をしているのだ)

 だから、バイトをすることにしたのだ。

 そこに居たのが先輩だった。

 初めて会ったのは制服に袖を通す前だったけれど、黒髪に身長は高め、黒縁の眼鏡、ジーンズも黒、Tシャツも黒という真っ黒な服装だった。だから、この真夏に、三十七度とかになっているのに、よくそんな格好出来るな、という印象だったのを良く覚えている。

 先輩はわたしと年齢は一緒だったけれど、誕生日は彼の方が少しだけ早い。仕事においても歳においても彼は先輩なのだ。だから、彼を【先輩】と呼び、敬語も使った。

 なのに、ある程度慣れてくると、彼から『同い年なのに敬語を使われると気持ち悪い』と言われたもんだから、敬語を辞めた。店長や常連さんにも『同い年なのにどうして敬語使っているの?』と聞かれたというのもある。ただ、その時の先輩の言い方や態度にムカつきを覚えたから、少しの抵抗と少しの意地悪さを発揮して彼の事を【先輩】と言い続けている。

 

※※※

 

 ああ見えて先輩は優しいのだ。

 ぶっきらぼうでとにかく真面目なのだけれど。

 ある日、バンドのツアーが終わり、バイトに駆けつけた時、わたしはとにかく眠気がマックスに来ていた。

 深夜と言っても良い時間に家を出て、電車に乗りバンドのコンサートに参加する。そこではっちゃっけてすべての体力を使い切り、電車にまた乗り(電車の中でいつの間にか寝ていた)、バイトに来ているのだ。

 コンサート終わるまではアドレナリンがとにかく出まくって、元気だったのだけれど、終わった途端急に疲れが出てきた。

 それが眠気という形で出てきたのかもしれない。

 あくびばかりしていた。

「おい」と声をかけられた。

「あとオレやるから奥で寝てろ」

 それだけを言うと先輩はわたしの仕事を次々とこなしていったのだ。

 ありがてぇ、と奥に引っ込んだのを思い出す。

 あとから聞いた話だけれど、その後店長にわたしがツアーに行っている日はシフトに入れないように先輩がお願いしたらしい。

 仕事に支障が出るから、と。

 もちろんそうなのだろう。だけど、わたしはそこに先輩の優しさが垣間見えた気がした。

 

※※※

 

 店外にあるゴミを片付けようと外に出ると朝日が昇っていた。

 日本最後の朝日はただ眩しく、夜勤明けのわたしの目に鋭く刺さる。いつもなら見慣れたはずの光景が、今日だけはやけに色褪せて見えた。これが最後の朝日だと思うと、何かもっと感慨深いものが湧いてくるのかと思った。なのに、意外に何も感じない。ただ、いつもの日常が淡々と続いているような不思議な感覚だった。

 その後、ゴミの片付けを再開するけれど、いつもよりゴミの量は少なく、すぐに店の中に戻った。

 

 いよいよ店を閉める時間がやってきた。その頃には店長もやってきたけれど、お客さんはおらず結局他愛もない話をしていた。店長はずっと泣いていた。どうしてこのコンビニをやっているのかずっと語ってくれた。隕石なんてものがこなければずっとやっていたかった、と。わたし達に感謝していると、最後までやってくれてありがとうと、とにかく店長は頭を下げていた。

 結局自分の為にやっていたアルバイトだったけれど、なんだがじんわり熱くなっていた。

 店を閉めるとわたし達は帰路に着くことにした。店長が気を利かせてくれたのか先輩に『途中まで送っていきなよ。どうせ最後なんだし、女性を一人にするもんじゃないよ』と言ってくれたのだ。

 先輩は『こいつなら大丈夫ですよ』と固辞していたけれど、押し切られる形で送ってくれることになった。

 帰り道はしばらくは無言だった。

 なんとなく空を見上げると隕石のようなものが昨日よりも近くにある気がした。

 変な汗が背中をつたう。

 そっと先輩の方を盗み見ると、わたしの少し後ろをスマホを弄りながらついてきてくれている。左耳にはワイヤレスイヤホンがある。きっと好きなバンドを聴いているのだろう。

 よく見るような光景で安心感が少し芽生えた。

 なのに、日本が終わるんだ、という気持ちが沸いてきた。同時に、先輩にもう会えないんだな、と。

 そして、もっと先輩と居たいという気持ちがわたしの中を支配する。

 そこでわたしは気づいてしまった。

 いや、もしかしたらその気持ちは既にあって、今まで気づかない振りをしていたのかもしれない。

 わたしは先輩のことが好きなのだということに。

 このあと、隕石が落ちて日本が滅びるのだ。

 二度と逢えない。もう二度と――――。

 それに気づいた時わたしは行動に出ていた。隕石が落ちるから。日本がほろびてしまうから。そんな理由を言い聞かせて。

 わざと足を止め、振り返ると、先輩は驚いた顔で立ち止まる。 

「おい、どうした?」 

 先輩が声をかけようとするのを手で制し、無理に笑顔を作った。今まで見せたことのない、少し震える笑顔を。 

「……わたし、先輩のことが――――」 

 言葉が胸に詰まり、息が苦しい。だけど、これが最後だと思うと、後悔だけはしたくなかった。 

「先輩のことが好きです」 

 先輩は目を丸くして、その場で固まった。スマホを落としそうになって、慌てて手で押さえる。 

「……お前、こんな時に言うか?」 

 恥ずかしそうに頭を掻きながら、でもその目はどこか優しい。

「だって、今しかないから」 

 そう言ったわたしの声が、どこか自分じゃないみたいに震えていた。

 先輩は一瞬だけ空を見上げる。空に隕石の影がゆっくりと広がっていた。

 小さく微笑むと「バカだな、お前」と彼は呟いた。 

END

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