第27話 信じるから、笑って
リエーテの頭の中は空っぽだった。いわれのない罪を着せられ、仲間に罵られ、もう限界だった。自分が何をしたというのだ、もう嫌だ。そう思った時、リエーテの中にもう迷いはなかった。何もかも終わらせたくて、リエーテはクナイで自分の腕を切りつけた。
ザシュッ!突然右腕に激痛が走り、リエーテは目が覚めた。辺りは真っ暗で何も見えない。何か掴む物を探そうと地面を触ると、何か人間の手のような物に触れた気がした。よく耳を澄ますと、何処かの誰かさんのうるさいイビキが聞こえてくる。
「(ここは…夢じゃない!現実に帰ってきた!)」
とはいえ、まだ喜ばしい状況とはいえない。あれだけ沢山の夢を見たのだから、きっと何処かに敵が潜んでいるはずだ。不幸中の幸いか、リエーテの服は闇に紛れられるように色合いが工夫されている。すぐに気づかれはしないだろう。
「…そういう時期がアタシにもあったね。」
「あらぁ、もう起きちゃったの?可哀想、ずっと眠っていれば楽にしてあげたのに。」
上から女の声が聞こえるが、かなり遠くにいるようだ。姿が確認できない。どうにかして引きずり出さなくては。
「ビビってんのかい?そんな遠くに居ないで、お前の魔法を破ったこのアタシの顔を拝みにきなよ。」
「やだわ、お口が悪いわね。フフフ…なにか勘違いしているようだけれど、こっちは一人じゃないのよ?貴方の相手はこの子がしてくれるわ。」
シュタッ。誰かが上からこちらに飛び降りる着地音が聞こえた。少なくとも、大型の獣ではなさそうだ。それにしても、随分身軽な音がした。飛び降りた、というより舞い降りたという感じだろうか。
「そのままじゃどちらも戦いにくそうね…いいわ、特別にそこだけ明るくしてあげる。」
女がそう言うと、リエーテと敵の中心辺りに突如明かりが現れた。多少は見えるようになったが、それでもボンヤリと景色が見えるくらいだ。全く意地が悪い奴だ、あの女は。
リエーテはクナイを逆手に持ち、戦闘態勢を整えた。まずは相手の出方を待つとしよう。しかし、相手は中々攻撃してこない。恐らく極限まで焦らして集中力を削ぐ作戦だろう。
暫くの間、両者とも一歩も動かなかった。緊迫した状況下、相手は扇を持ちこちらに向かってきた。リエーテが少し左にずれて攻撃を躱すと、相手はもう片方の手で右腕の傷口を狙ってきた。手裏剣を投げて攻撃の軌道を逸らしたその時、一瞬相手の顔が見えた。それは良く知っている顔で、知らない顔とも言える。
「リシュア!?どうしてアンタが…」
「…」
リシュアは何も言葉を返さず、攻撃を続けた。たしかにリシュアだが、顔つきがいつもと違う。きっと操られているのだ、リシュアが裏切り者な訳が無い。リエーテはそう確信し、ひとまずは動きを封じることに重きを置くことにした。
それからのというもの、お互いかすり傷すら負わないまま戦闘は続いた。二人共互いの戦法を理解しているので、体の動きで攻撃箇所を予測していなす。先程からその繰り返しだ。
木の上で戦闘を観察していたゲルカドラは、すぐに戦闘が終わると予測していた。しかし、いつまで経っても決着どころか優勢劣勢すらまだない。進展のない状態に、苛立ちを募らせるばかりだった。
「たかが一人にどれだけ手こずっているのよ!くっ…こんな事なら別の奴を洗脳すればよかったわ。」
ゲルカドラは自分が加勢しようとは微塵も考えていなかった。生まれた時から筋力も体力もなく、膨大な魔力くらいしか取り柄がなかった。だからこそ、前線に出ず安全に始末できる方法を研究してきたのだ。リスクを犯すようなことをすれば、本当に死ぬかも知れない。ゲルカドラの根幹にあるものはいつだってそれだった。死の恐怖を回避することと、自分より才に恵まれた者を屈服させる。最初から彼女にはそれしかなかったのだ。
「ゲルカドラ様、リエーテを始末しました。」
「しっかりと心音と脈は確認したのでしょうね?」
「えぇ、既に確認済みです。」
下からのリシュアの声を聞いて、ゲルカドラはようやく安心することが出来た。今回も私は勝てた、やはり私は間違っていないのだ、と。今ここにいるのはゲルカドラとリシュア、リエーテの亡骸、そして寝たままのロゼットだけだ。ゲルカドラはホッとした様子で下に降りてきた。
「よくやったわ、リシュアちゃん。グストも死んだみたいだし、引き上げるわよ。」
「…えぇ、そうですね。」
ザシュッ!ゲルカドラがリシュアに背中を見せたその瞬間、ゲルカドラの脇腹が深く切られた。驚く暇もなく、今度は後頭部に手裏剣が二個刺さった。ゲルカドラが恐る恐る振り向くと、そこには武器を構えて自身を睨むリシュアとリエーテの姿があった。
「掠っただけですか…残念です。」
「それなら、もう一度叩き込むだけだよ。」
瞬く間にリシュアの扇によってゲルカドラの左腕が切り落とされ、リエーテのクナイによって右目が潰された。
「い、嫌、ひゃあぁ…ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなひゃい…殺さないで…」
先程まで自信に満ち溢れた態度から一変し、ゲルカドラは土下座をし始めて懇願した。リエーテはゲルカドラを高く高く見下ろし、こう言った。
「まず、貴方が賭けた魔法をす、べ、て、解いてくださる?」
「はい、ひあ、あう…直ぐします…」
ゲルカドラが指を鳴らすと、今まで深夜のように真っ暗だったのが急に明るくなり、太陽がはっきりと見えた。
「うわぁ…本当に真っ昼間だったんですか、今。」
「はいそうデス…私が魔法で結界を張って、その中を暗くしまひた。」
「宜しい…それじゃあアンタにもう用はないね。どうする、リシュア?」
リエーテとリシュアが処遇を話し合っている時、二人はゲルカドラから目を離してしまっていた。ゲルカドラに、最後の手段が残っているとも知らずに。
「…インベーション!」
「ちょっとアンタ、何を!」
ゲルカドラの体から何か魂のようなものが出ていき、ロゼットの体の中に入っていった。リエーテがゲルカドラにとどめを刺そうとすると、ゲルカドラの肉体はボロボロと崩れ去り、やがてなくなってしまった。
「何をしたんでしょう…というか、魔法は解いた筈なのにどうしてまだ寝てるんですか?ロゼットさん、起きてくださいよ。」
「…グガー、スピー…カステラ食べたい…」
何と、ロゼットは魔法以前に普通に寝ていた。すぐ隣で戦闘があったとは思えない、なんて呑気なのだろう。
「ロゼット、起きな!」
デュクシ!リエーテの右ストレートが決まり、ロゼットは今度は失神してしまった。
「…と、ところでだ、リシュア。その…洗脳されてなかったならもっと早く言ってくれないかい?後、演技とはいえアンタの腹パン痛かったんだけど…」
「別に良いでしょう、不意打ちのチャンスを作れたんですから。いやーそれにしても、ルーダくんが道具類持たせてくれて助かりましたよ。完全に洗脳される前に解除薬飲めて良かったです。」
リシュアがケラケラ笑っている傍らで、ため息が止まらないリエーテなのであった。
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