第26話 監獄のゲルカドラ
時はルーダがグストと対峙したばかりの頃に遡る。リエーテは先程からずっとおかしな夢を見ていた。具体的にどのような夢か、と問われると答えにくい。なぜなら、リエーテ本人も状況が理解できていないからだ。
「アタシは何でこんな場所に…うーん、よく思い出せない。」
今、リエーテは教会にいる。周りには同じような服装の人が、同じような言葉を呪文のように連呼している。髪の毛から爪先まで疑問で満たされて溢れそうなくらいだが、こういうときこそ冷静でなくてはいけない。リエーテは深呼吸をした。
バン!教会のドアが勢いよく開き、その先には男がひとり立っていた。男は何も言わず、こちらに一直線に向かってくる。更には、よく見ると彼の右手にはナイフが握られているのだ!危機的状況だと言うのに、周りにいる人々が誰一人動こうとしない。
「頭がおかしいのかい、こいつら!くっ、迎撃するしか…」
リエーテは懐から手裏剣を三枚取り出し、男の腕めがけて投げた。男はすぐに手裏剣に気づき、近くにいた一般市民を咄嗟に盾にした。
「ぐはぁ!うぐおぉ…うえぇ。」
手裏剣はその人の胸元に命中し、その人は血を流してその場に倒れ込んだ。近くで人が死んだというのに、教会の人々はまだ祈るのをやめない。思い切り戦うためにも、まずは市民を避難させることが最優先だ。リエーテは左隣の人の肩を叩き、声をかけた。
「アンタ、聞こえてるんだろう?教会にイかれた奴がいる、すぐ逃げるんだ。」
何度も何度もそう言っているのに、一向に返事すらしない。後ろで誰かの悲鳴が聞こえ、リエーテはハッとした。気が付いた頃には、既に教会にいた人の四分の一が惨殺された後だった。男はニヤニヤと不気味な笑みを浮かべ、口を開いた。
「かわいそうだなぁ、こいつら。お前が俺を教会の外に誘導していれば、助かったのに。ククク、ハハハ!」
「この人達は、自分の選択によって死んだ」。このような外道の言葉など気に掛ける必要はないのに、さっさとこいつを倒すべきなのに、その一言はとても重く感じられた。仕事柄、今まで大勢の人と戦ってきたが、こんなに心が痛くなったのは初めてかもしれない。
「アタシが、殺した…?違うよ、アタシは何度も逃げるよう言った。従わなかったのはこの人達で、それで、アタシは…」
「よそ見するなよ、ほら、また被害が増えたぞ〜?」
見渡す限り、血の海が広がっている。少し前まではとても綺麗な場所だったとは到底思えない。これが、こんな酷い光景が、自分が招いた結果だと思いたくない。間違いだと信じたかった。
「ほら、ゲームオーバーだ。」
ザクッ。背後に激痛が走り、意識が途切れた。
次に目覚めた時、リエーテは牢獄にいた。どこかで見たことがある気がするが、何処だったかいまいちよく思い出せない。ガシッ。リエーテは何者かに腕を掴まれた。恐る恐る振り返ると、そこには苦しそうな顔をした大勢の人がいた。
「どうして僕達を閉じ込めたんだ…お前らのせいで、僕達は死んだんだ!家族に会いたかっただけなのに、それすらも許さなかった!」
天井に穴が空いた埃だらけの牢獄、見渡す限り牢屋ばかり。リエーテがいるのは、ギルドの地下にある牢獄だったのだ。経済難に陥ったギルドは、最終的に誘拐事業で金を稼いだ。証拠隠滅のため、誘拐した人は二度と外に出さなかった。
「お前だけ、責任から逃れられるとでも思ったか?毒で僕達を弱らせたクズが、このままのうのうと生きていられると思ったのか?」
元囚人達は一斉にリエーテに襲いかかってきた。四方八方に敵がいて反撃が出来ない。それに、彼らの言ったことが全て嘘偽りのない事実だ。それをもみ消すなんて、出来ない。リエーテはそのまま集団で襲われ、再び意識を失った。
「まだ起きる気配はない、か。ウフフ、案外楽に終わりそうね。私の魔法がそれだけすごいということかしら。」
眠っているリエーテとロゼットの様子を、監視しているものがいた。周りにある中で最も高い木の上から、彼女は二人を注意深く見つめ続けている。
「所詮正面突破しか脳がない奴なんて、どうせすぐにやられるのよ。でも、私は違う。何度も何度も悪夢を見せて、何度も何度も絶望させて、苦しみの果てに葬ってあげるわ。これがこのゲルカドラのやり方!あぁ、なんて楽しいのかしら!」
女は暫く一人で笑い声を上げ、純粋な喜びに浸っていた。そして、自身のすぐ隣に視線を向け、こう語りかけた。
「ねぇ、そうは思わない、リシュアちゃん?」
またある時、リエーテは一本道の中心に立っていた。先は暗くてよく見えないが、他に通り道もなさそうだ。リエーテは観念して道に沿って歩き出した。しかし、歩いても歩いても同じような殺風景な景色ばかりが広がる。
「一体何処まで続くんだい、これ…」
ブツブツと独りで文句をたれながら歩いていると、突然誰かの声が聞こえた気がした。
「何処に行くんですか?」
これはルーダの声だ、もしかして合流できたのだろうか。今までどこをほっつき回っていたのだろう。聞きたいことが山程思い浮かび、リエーテは声がする方向を向いた。すると、口から血を流しているルーダの姿があった。
「あ、アンタその血は一体…」
「どうして、ボクを置いていったんですか?急に皆いなくなって…ボク、痛かったんですよ、苦しかったんですよ?」
「な、何を言っているんだい。アンタが先にいなくなったんだろう?」
リエーテがそう言うと、ルーダは吐血し、苦しそうな泣き顔でリエーテを見た。
「一人になって、すぐ後ろに魔物がいて…助けてって、いったのに…どうして?」
そんな事、記憶にない。先にいなくなったのは確かにルーダだ。ルーダがいなくなった後も、近くに魔物なんていなかった。これは全てデタラメだ。リエーテは必死に手を伸ばすルーダを振り切り、向こうへ走った。
そこから何分か走り続け、疲れてきたのでリエーテは再び歩いた。まだ出口は見えそうにない。すると、誰かに肩を叩かれた。
「リエーテさん、何をそんなに急いでいるんですか?」
今度はリシュアの声が聞こえる。どうせこれも幻だと思い、リエーテは無視した。
「返事くらいしてくださいよ。冷たいですね、私達仲間でしょう?」
「(違う、リシュアじゃない。リシュアじゃない。)」
リシュアは深くため息をつき、冷たい声でこう言い放った。
「どうやら、私はリエーテさんのことを買いかぶっていたようですね。そこまで薄情な人だなんて…それが今まで助け合ってきた仲間に対する態度ですか?」
リシュアとは到底似つかない声だ。リエーテは強引に手をどかし、進み続けた。
「どうなっているんだい…どうしてこんな胸糞の悪い幻覚が…!?」
そこから五分と立たない内に、リエーテの目の前にまた人の姿が見えた。心臓がバクバクとなるのを感じる。ロゼットだ。
「あ、リエーテさん。リシュアとルーダくんはどうしたんですか?…まさか、置いてきたんですか?一体どうして…」
ロゼットの悲しそうな声がよく響く。リエーテの精神はもう限界が近かった。もうずっと耳をふさいでいたかった。しかし、耳をふさいでもロゼットの声はよく聞こえた。
「リエーテさんは、二人が大事じゃないんですか?」
リエーテの中で、何かが壊れる音がした。もう嫌だ、どうしてこんな幻覚ばかり見るのだろう。自分は悪くないのに、何もしていないのに。リエーテはもう耐えられなくなり、クナイで自分の腕を切りつけた。
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