第七巻
第25話 マスコットの裏表
暗闇の中、グストが強く地面を踏み込む音が聞こえた。
「(さて、どうしようかな。こちらから何も見えないんだけど…)」
この後すぐに攻撃が来るだろうが、闇雲に動き回るのも得策ではない。攻撃が来るまでの本のコンマ数秒間の間、ルーダは本気で頭を悩ませた。
「キィキィ!」
いつの間にかポケットの中に隠れていたレペットが突然大きな鳴き声をあげた。それに驚き、ルーダは思わず後ろに一歩下がった。目の前で何かが空を切る。
「ちっ、運の良い奴だ。直前で俺の攻撃を回避するとはな。」
「(ここまで近づいて狙ってくるなんて…見えているのか?)」
気が付くと、グストは既に移動していた。ここで動かなかったら先程の二の舞いだ。ルーダは右方向に走った。
「俺が始末すると言ったなら、お前はもう逃げられねえぞ!」
「…ッ!」
ザシュッ。突然、ルーダの左頬に切り傷が入った。更に、思ったより深く入ったようで、血が止まらない。ロゼットはこの場に居ないし、ポーション類はリシュアに預けてある。つまり、今は回復手段がないということだ。無駄なダメージを食らう訳にはいかない。
「このまま、走るしかない!」
「…てめーまだ生きてやがるな!何処に向かうつもりだ!」
後ろから素早くて大きな足音が聴こえてくる。追いつかれない内に何か策を考えなくてはならないが、まだ考えがまとまらない。ルーダの武器は鞭、これでいかに上手に立ち回るかに勝負はかかっている。
そこから一分と立たない内に、足音がすぐ近くまで近づいているのを感じた。きっと猶予は十秒くらいだろう。脳内に焦りが溜まっていき、良い策が全くと言って良い程思いつかない。
「キィィィ…」
レペットがか細く鳴く。その瞬間に、ルーダの止まっていた歯車が動き出した。焦りで固まっていた頭が、再び稼働した。
「レペット、ポコロ、お願いがあるんだ。」
グストには聞こえない小さな声で、ルーダは何かを囁いた。
グストは予想より早く追いついてきた。自身の右手を振り上げ、自慢の鋭い爪でルーダの背中を抉る。痛みを我慢するため、ルーダは血が出るほど唇を強く噛んだ。
「へへへ…やはり大したことねえなぁ。このまま骨まで抉ってやるよ!」
グストは更に力を入れるが、手がこれ以上下にいかない。何かが引っかかっているようだ。力任せに引き裂こうとしたが、まだ壊れない。ルーダはパッと振り向き、グストの右手をガッチリと掴んだ。
「ようやく捕まえましたよ…あまりリスクを犯すようなことはしたくなかったですが。」
「く、クソッタレが!さっさと離しやがれ!」
グストは左足を振り上げ、ルーダにキックをお見舞いした。しかし、右手を掴む力が緩む気配はない。
グストの拳が止められた理由、それはルーダが丸太を背中に括り付けていたからだ。グストに追いかけられている時、ポコロとレペットはルーダの指示で近くの木を切っていた。主人と使い魔はいついかなる時もお互いの居場所を把握することが出来るため、二匹はルーダのもとにいつでも戻ることが可能だ。そして、二匹が持ってきた丸太を自分の鞭で括り付けていた。
「クソ、クソぉぉぉ!ガキ相手にこんな事しなくちゃならないなんて!」
グストは突如雄叫びを上げたかと思えば、自分の爪で自分の腕を切り落とし、ルーダの脇腹にキックを入れて吹き飛ばした。
「はぁ、はぁ…くそ、ムカつくぜ。ガキは何処に行きやがった。」
遠くに飛ばしてしまったため、グストはルーダの場所を確認しに行った。ルーダが着地したであろう場所に行っても、人の気配が感じられない。グストは一旦立ち止まり、感覚を研ぎ澄ました。
バシッ!いきなりグストは鞭のようなもので思い切り後頭部を叩かれた。後ろをむこうとすると、間髪入れずもう一発叩き込まれ、少しよろけた。
「やはり…貴方は最初から『見えていなかった』!」
どこからともなくルーダの声がした。今の攻撃で居場所を把握し、立ち上がろうとしたその時だ。体が動かなかった。体が重いのではない、痙攣しているような感覚だ。
「てめー…何を、しやがった!」
「ボクの鞭には毒が塗ってあるんです。魔族用に改良した毒ですよ。」
ルーダの荒い吐息が微かに聞こえる。どちらも消耗しているようだ。早く決着を付けなくては、と両方が思った。ルーダは息切れをしたまま話を続けた。
「貴方は、気流を感じていたんだ。…ボクが動いた時の、風の動きを、感じて…いた。ゆっくりと動けば…問題はない!」
まず違和感を感じたのは、ルーダの左頬が切れた時だ。あの時、グストはルーダが声を出して初めて「生きている」ということを認識していた。また、腹を蹴った時も、内蔵部分ではなく脇腹を攻撃していた。これらが彼が視覚情報を獲得できていなかった何よりの証拠だ。
そして、どうやってルーダの位置を把握していたのか。地面の反響、気流、超音波など方法は幾つか考えられる。ここで鍵となるのはグストに会った時の出来事だ。彼は確かにこう言っていた。
「そんな小せえ頭をグルグルさせたところで、お前に見えるわけがないだろう?」
と。見えていないはずなのに、頭を動かしたことがわかっていた。地面の反響音を聞いているのだとしても、多少のタイムラグが生じる。相手の細やかな動きについていくのは不可能だ。また、超音波を感じ取ることが出来る動物として、イルカやコウモリなどがいるが、それらは獲物との距離感を理解するためのものだ。一歩も動いていないのに、「頭を振った」という事がわかる筈がない。気流を読んでいるのなら、全てが合致する。ルーダが手足を動かすことで生じる微弱な風の向きを察知していたとしたら、相手が今何をしているかがある程度わかるだろう。
先程鞭を打ったことで、グストの位置は大方把握している。再生能力が備わっているのかは知らないが、どちらにしろ奴の傷が塞がらない内にとどめを刺さなくてはいけない。ルーダがもう一発入れようとすると、突如グストが暴れ出した。痙攣しているはずの体を、無理やり動かそうとしている。
「うるせぇ、うるせぇ!たかがガキのくせして、この俺に!」
「…ポコロ、今だよ!」
ルーダの合図と同時に、巨大な兎のような魔物がグストを勢いよく踏みつけた。すぐ地下でメキメキと音が響く。恐らく骨にヒビが入る音だろう。
「ギュルル…ゲルルルル…」
普段は旅がしやすいように小さな姿をしているが、本当のポコロは人間の体長の二倍くらいはある。さらに気性が荒いので、怒らせてしまったら骨など容易く砕けてしまう。もう一度大きな音が響き渡り、今度は悲鳴まで聞こえてきた。
「ギャアアー!痛え、痛えよ。何がいるんだ、何しやが…ウワァァ!」
暫く経つと、もう何も聞こえなくなった。敵とは言え他人の悲鳴を長時間聞くのはあまり良い気分はしない。逆に精神的にくるものがある。
「ふぅ、終わったかな。ポコロ、やり過ぎだって…はぁー。三人を探しに行こっか。」
愉快な友達を引き連れ、ルーダはふらつきながら暗闇の中をさまよい始めた。
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