第24話 暗闇のグスト

 ロゼット達はミゲルの街に到着した後、地図を頼りに南西の魔物の巣を探しに行った。

「いつ何処で敵に襲われるかわからないんですから、はぐれないようにしてくださいね。特にロゼットさん。」

「はいはい、どうせ僕は先走り野郎ですよ。」

表面上はかなり辛辣なことを言っているが、最近口調が優しくなった気がする。リシュアと仲良くなれた、という事でよいのだろうか。結局は憶測に過ぎないが、それでもロゼットはほんの少し嬉しかった。

 魔物の巣の捜索を開始してかなりの時間が経ち、少しずつ辺りが暗くなっていく。それでもまだ見つからない。

「中々見つからないなぁ。本当にあるのか?」

「疑ったらきりが無いですよ。ボクも頑張りますから、ロゼットさんも頑張ってください。」

冷静な声でそう言われると、頑張るしかなくなる。ロゼットは誰にも気づかれないようにため息をつき、もう一度周りをよく見始めた。

 そこから数十分と経たない内にどんどん暗くなり、視界が悪くなっていった。

「もう遅い時間だし、今日はこのぐらいにしないかい?」

「そうですね、ちなみに今何時ですか?」

「午後七時くらいじゃないのかい?…え。」

リエーテは腕時計を見て固まってしまった。何回話しかけても肩をたたいても反応がない。また、短時間で周りが暗くなりすぎて時計が見えなくなってしまった。

「うーん、ボク達では見えないですね。レペット、読める?」

ルーダがそう呼びかけると、大きめのポケットの中から吸血コウモリが一匹飛び出してきた。コウモリはリエーテの肩の上に乗り、時計をじっと見た。その後ルーダの側に戻り、何かを伝えようとしている。

「ルーダくん、レペットは何て言っているの?」

「…『針がどこを指した時に何時を表すのかわからない』と。」

「…まぁ、そうですよね。」

 数分間、この何とも言えない微妙な空気感が場を支配した。人間が勝手に発明した道具を他種族が理解できるわけがない、というのは当たり前のことなのだが、それでもこの豆粒のような希望に全員が賭けていた。

「あー、えっと、まだわからないですよ。ボクが長針と短針がどこを指していたかを聞きますから!」

ルーダはレペットを手のひらに乗せ、なにやらゴニョゴニョ話をしている。始めの方は普通に頷きながら聞いていたが、最後の方になるととても驚いている様子だった。

「お、落ち着いて聞いて下さいよ。今の時刻は…午後二時半です。」

「…ファ!?」

現在、辺りは真っ暗で味方の表情すらハッキリとは見えない。そうであるにも関わらず、まだ真っ昼間だというのだ。

「そりゃあリエーテさんも固まるわな…というか、早く正気に戻ってくださいよ!時計にショックを受けすぎですって!」

「…はっ!あぁごめんよ、ロゼット。あまりに衝撃的だったからさ。それよりも、だ。午後二時半でここまで暗いということは、ここは魔物の巣の中である可能性が高いね。」

「冷静に推理している場合じゃないですよ!皆がどこにいるのかわからないんですけど!?」

こうして話をしている間にも、視界は悪くなっていく。もはや味方の姿も、近くに生えていたはずの木々も何も見えない。更に悪いことには、先程からリシュアとルーダの声が聞こえないのだ。ここでリエーテともはぐれるわけにはいかない。ロゼットはやみくもに手を動かし、リエーテの位置を探った。暫く両手で空を切っていると、何かが手に当たった。

「アンタ、今何か触ったかい?何かが腕に当たったんだけど。」

「多分それは僕の手です。うーん…あ、ここにいたんですね。」

リエーテの腕を掴むことで、二人はようやくお互いの位置を把握することが出来た。その後の話し合いの結果、リシュアとルーダが戻って来る可能性にかけ、ここで待つことにした。

「はぁ…それにしても、二人共何処に行っちまったんだろうね。」

「僕に聞かないでくださいよ。ふわぁ…」

今更ながらにロゼットは気がついてしまった。今、自分は異性と手を繋いでいる。悲しいことだが、ロゼットは「彼女いない歴=年齢」の部類なので、何気に初めての経験だ。

「(こ、これはかなりまずいシチュエーションなのでは…いや、位置確認のためだ。仕方がないんだ。)」

ロゼットはかなり焦りを感じていたのだが、リエーテはそのようなことを知る由もない。もし顔が見えていたなら、間違いなくどうしたのかと聞かれていたことだろう。

「あのさ…ふわぁ、今凄く眠いんだけど、寝たら怒るかい?」

「勘弁してくださいよ…そんな事したら一瞬でお陀仏…Zzz」

ロゼットが寝てから、リエーテも眠りに落ちるまでそう時間はかからなかった。

「ふふふ、よく眠ってるわね。大丈夫、私が楽に殺してあ、げ、る。」


 ルーダは何処に行ってしまったのか?その答えは本人にも分かり得ない。ただ、暗闇で何も見えなくなった後、リシュアの声がする方向へ向かっただけだった。

「こっちの方向で声がしたと思うんだけどな。レペット、誰かいる?」

「キィキィ」

「そっか、いないのかぁ。リシュアさん、時刻を教えた時にはもういなかったんだけど…何処に行ったんだろう?」

 魔獣使いはそこまで有能な職業ではない。ルーダのように沢山の魔物を従えていても、本人はサポートも攻撃力も中途半端だ。単独行動をしてもあまり良いことはない。

「早くリシュアさんと合流しなきゃ、そうしないと…」

「そうしないと、何だって?」

突然、どこからともなく見知らぬ声がした。少なくともリシュアではない、恐らく魔物の声だ。ルーダは急いで武器を取り出し、辺りを警戒した。また声が聞こえてくる。

「そんな小せえ頭をグルグルさせたところで、お前に見えるわけがないだろう?頭悪いのか、えぇ?」

「誰ですか、貴方。初対面の人を馬鹿にするなんて、失礼ですよ。」

「おうおう、大した力もない青っちょろいガキのくせして、口だけは達者だな。ともかく、ここは我ら魔族の土地だ。そこに踏み込んだテメーらを始末しに来たんだよ。」

人を小馬鹿にした態度に、やけに自身に満ち溢れた声。かなり苛つく相手だが、実力は本物なのだろう。それが余計に恐怖を掻き立てるというものだ。

「魔族?魔物の間違いでしょう?貴方達は人間とは違うんですよ、動物と同じです。」

「…テメー、余程死にたいらしいな。良いぜ、そこまで言うならお望み通りにしてやるよ。このグスト様がな!」

スパッ。気が付くと、ルーダのマントに切れ込みが入っていた。暗くて攻撃が見えないのもあるが、何より動きが速い。

「クックック、今のは威嚇だ。次は確実に仕留めるぜ!」

「(くっそ、何も見えない!どうしたら!)」

何処かでグストが強く地面を踏み込む音がした。

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