第23話 方向音痴の大人、頑固な子供

 伝記コーナーでポコロを発見した後、四人は自分達の荷物整理をした。今回新しくルーダが加わったので、誰が何を持つのかを改めて決めることになったのだ。

「えーっと、旅資金の管理はリエーテさん。食料品の持ち運びはボク。ポーション等の道具を持つのがリシュアさんで、後は…」

「待て待て待て!その流れだと、僕が地図を持つことにならない!?」

ロゼットが焦り口調でそう聞くと、ルーダくんはキョトンとした顔で返した。

「そうですよ、なにか問題でも?」

ルーダのその一言で、リシュアとリエーテは顔を見合わせた。お互い化け物でも見たかのような顔をしている。二人は同時にルーダの肩を掴み、必死な顔で訴えた。

「ルーダくん、お願い!考え直して!」

「そうだよ、ルーダ!馬鹿な真似はよしな!」

突然二人に鬼の形相で発言の撤回を求められ、ルーダは上手く状況を飲み込めなかった。無論、ルーダの方も何の考えもなくこのような役割分担を提案した訳では無い。ルーダは慌てる三人をなだめ、自分の考えを話した。

「いや、落ち着いてください!いいですか、まずお金の管理というのは重要なことですから、最も社会経験が豊富であろうリエーテさんが適任です。次に食料品、これはいくらあっても足りないくらいですから、必然的に重くなります。だから、ボクと使い魔たちで分担して持てるボクがやるべきです。そして道具の管理、ロゼットさんは治癒魔法が使えますから、それならリシュアさんが持つべきです。そうなると、残りのロゼットさんが地図を持つということになるんですよ。」

 三人は必死に考えた、どうやってロゼットを地図係から外すかを。まるでゼロ点のテスト用紙の隠し場所を考えるワルガキのように。しかし、どれだけ考えても良い理由が浮かんでこない。絶対に止めなくてはいけないとわかっているのに、あれだけ論理的に説明されると反論しにくい。

「い、いや。しょ、食料品ぐらい僕一人で持てるよ!大丈夫!」

「一体何でそんなに焦っているんですか?地図を持つだけなので他の人より荷物は少ないですよ?」

「そういうことじゃないんだよ…ルーダ。」

万策尽きたと言った所か、三人は段々と焦りを通り越して絶望を感じてきた。そして誰もが思ったことだろう、普通に方向音痴だからだ、と言えばよいのではないかと。だが、焦りというものは時に考え方をより難しくし、逆に単純なことを見えなくする。

「いいから、とにかく!ロゼットさんに地図を持たせちゃダメです!私達終わりです!」

「まぁ…そこまで言うなら、ロゼットさん、食料品を持っていただいていいですか?」

「うん、ありがとう!じゃあルーダくん、地図係宜しくね!(た、助かった…おぉ!神よ!)」

ロゼット、命拾いしたな!良かったな!


「えっと、最短ルートで行くならここからルペチオを経由して南に向かいます。道中で魔物退治をするのなら、ミゲルの街の南西に魔物の巣があるようなので、まずそこへ行くことになりますね。」

「それなら、最初にミゲルの街へ向かいましょうか。」

リシュアはかなりあっさりとしていたが、ロゼットはあまり気が進まなかった。あれから少し経ったとは言え、ルペチオでの一件は心の中ではまだ割り切れていない。炎の中に身を投げる人々の姿も、落ちなかった手の血も、全て鮮明に覚えている。ミゲルへ向かうのなら、必然的にルペチオも通ることになるだろう。それが嫌だったのだ。

「ロゼット、アタシ達は何も間違ってなかったよ。あの人達は、アタシ達のせいじゃない。」

リエーテはそう言って慰めてくれたが、ロゼットにはそれがリエーテ自身に言い聞かせているように聞こえた。リエーテの顔を覗き込むと、彼女の表情は曇っていた。やはりリエーテも、あの出来事は未だに心の傷として残っているようだ。

「ロゼットさん…大丈夫ですか?無理しないでくださいよ。」

「あ…いや、大丈夫。ありがとう、リシュア。うん、大丈夫。」

今ここで後悔してしまったら、リシュアの強い決意を否定することになる。ロゼットにはそれがわかっていた。だからこそ、本心は言えない。


 三日後、一行はルペチオまで戻ってきた。そこにあったのは、大量の骨に崩れた家屋、そして血溜まりの上で死んでいる龍。龍が住み着く前は、ここも何の変哲もない普通の村だった。それを壊滅させたのは、ロゼットたちに他ならない。

「これ、何があったんでしょう?…血なまぐさい。あれは、龍?」

ルーダは辺りを見渡した後、龍の死体に向かって走っていった。リシュアがすぐさま追いかけ、連れ戻そうとしたその時だ。ルーダは血溜まりに手を入れ、何かを探していた。

「ルーダくん、何をしているの?」

ルーダは答えなかった。丸まって死んでいる龍の姿勢を変え、胴体に囲まれていた場所に足を踏み入れる。リシュアが少し近づいて見てみると、ルーダは何かを抱いて戻ってきた。それは、小さな龍の子供だった。呼吸が浅く、死の淵を彷徨っているように見える。

「この龍の子供ですかね。ずっと母親の血を飲んで生きていたんだ…栄養不足かな。あの、何処かにこの子の体を洗ってあげられる場所はないですか?」

「ここから少し歩いた所に小さな池があるよ。その子、助けるの?」

「当たり前ですよ。例えこの子の親が何かの報復として殺されたとしても、この子は悪くありませんから。」

ルーダは何の迷いもなくそう言ってのけ、龍を抱いたまま歩いていった。リシュアはその背中を、暫く見つめていた。彼女は子供だろうが魔物なら撲滅するつもりだったが、彼は違ったのだ。彼には彼なりの正義と倒すべき敵があり、それを貫いている。

「ルーダくんは強いんだね。私よりも、立派かもしれないな。」

 リシュアはロゼットとリエーテと合流し、地面に座りルーダを待っていた。数分経ち、ルーダは小さな龍とともに帰ってきた。

「あぁ、お待たせしてすみません。もう大丈夫です。」

「いや、別に急いでいるわけではないからね。良いんだよ。」

一見大人っぽく見えるが、内心リエーテは龍の可愛さに魅了されていた。ロゼットも同様だが、それよりもルーダが優しく龍をなでている様子を見ると、本当の親子のようだ。ルーダは以前からきっと親を亡くした魔物を保護しているのだろう。

「(ルーダくんのペットが子どもの魔物ばかりなのは、こういう理由なのか…)」

また一つ仲間のことを知ることが出来た、ロゼットであった。それでは、この話はここで終わり、次の場面に…

「そう言えば、ロゼットさんが地図を持ちたがらなかった理由って何だったんですか?」

「あぁ、あれかい?あれは…ただ単にロゼットがとんでもない方向音痴だからだよ。」

「…」

ルーダは何も言わなくなり、四人は黙ってミゲルに向かって歩き出した。全然締まらねえな!俺の完璧なナレーション返せ!おい!

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