第22話 隠し事はお見通し
四人の間でおきた喧嘩は無事仲直りで終わり、一同は皆で論文を読み進めていた。そこには魔物の種類や体の作りなど、様々な研究内容が載っていた。あまりにリシュアが興味を示すので、結局初めのページから読み始めることになってしまった。
「龍の鱗は爬虫類と類似していて…フムフム。」
「(フムフムって実際に口に出す人初めて見たな…)」
リシュアが音読するのを上の空で聞いている間、ロゼットは少し自分を顧みていた。リエーテが「字が汚い」と言った理由がよくわかったからだ。というのも、リエーテはあの後、メモ用紙の余白に字の手本を見せてくれた。それは全員が目を瞠るほどの綺麗な字だったのだ。細かく見ても止め、はね、払い全てが完璧で、確かにロゼットの書いた字が下手に見えてくる。
「(というか、実は翻訳する時に全て読んだんだよなぁ。あの時はお礼を言ってくれなかったからもやもやしたけれど…)」
いつまで経っても知りたい情報が出てこない。最初は未知の領域のことだったので新鮮な気持ちで聞いていたが、そろそろ三人は飽きてきた。それでも、リシュアの興奮してキラキラした瞳を見ると、誰も本心を打ち明けられる筈もなく、今に至る。
「あっ、ありましたよ!『魔物の発見件数の分布図』!」
本当は喜ぶべきことなのだろうが、如何せん本のページを開いてから既に15分近く経っている。三人の内の誰一人として喜ぶ余裕が残っている者はいなかった。
「と、とにかく…ちょっと見せておくれよ。」
「意外と偏っているんだね、分布図の丸をペンで囲むと…円状になっている。」
そう、それこそが最も驚いた点だ。今まで魔物は全国各地にいるのかと思っていたが、ある地点を中心に魔物が多く生息していることがわかったのだ。
「うーん、昔の地名なので何処かわかりませんね。リシュアさん、地図を持っていませんか?」
「世界地図はないけど…これならあるよ。」
リシュアは自身の鞄から丸まった紙を取り出した。結んである紐を解くと、それは今いる地域の地図だった。本の近くにそれを広げ、照らし合わせる。その地点とは、地域の南の果て、ミコヤからは遠く離れた所を流れる川の中流付近だった。
「思ったより遠くにあるね、まだまだ先は長いなぁ…」
「何です、嫌ならいつでも抜けもらって構いませんが?」
どうやらリシュアは拗ねてしまったようだ。ロゼットは苦笑いしながらリシュアの肩に手を乗せた。
「ち、違うって…旅が嫌とかじゃなくて、その…皆といれる時間が長くなって嬉しいってことだよ。」
「…バカ。」
ロゼットなりに精一杯謝ったつもりらしいが、リシュアはそっぽを向いてしまった。ロゼットは掛ける言葉が見つからず、気まずそうに頭をポリポリ掻いた。ルーダはクスクス笑いながら、地図に印をつけた。
「(いやぁ、青春ですねー!)」
「(…アンタ、人生を達観しすぎだよ。一体何目線で物を言っているんだい…)」
旅の最終目的地がついに決まり、休憩時間と称してロゼットは図書館の中で読書をしていた。ルーダがあの時読んでいた本に興味が湧いてきたので探していたのだが、これがまた大変だった。いくら伝記が分厚いとはいえ、大量に羅列された文字の中からほしい本の題名を探すのはかなり骨が折れた。長時間の努力と苦労の末、ロゼットは本のページを開いた。
「…古代文字だな。ということは、まさか…」
ロゼットの心のなかには再び殺意が湧いてきた。ルーダは古代文字で書かれた本を一人で読んでいた。現代語に翻訳する人が誰も居ないのに、だ。となると、考えられることは一つ。
「ルーダくんとぉ…ちゃんと話さなきゃなぁ〜!?」
一方その頃、肝心のルーダも伝記コーナーで立ち読みをしていた。読みたい本がかなり高いところにあった(台を使って取った)ので、少し低身長なことがコンプレックスになりかけている。すると、いきなり誰かに肩を掴まれた。恐る恐る振り向くと、途轍もない顔をしたロゼットが居た。
「ルーダくん…僕の質問に一つずつ答えるんだ…拒否権はない、いいね?」
「あの、えっと、その…はい。」
「宜しい…この本は何語で書かれている?」
ロゼットはルーダの左手に本を握らせ、無理やりそれを開かせた。どこからどう見ても古代語が書かれている。ルーダは冷や汗をかいてきた。
「こ、古代語です。」
「うん、そうだね…君はこれを読んでいたよね?」
「あー…仰るとおりです。」
ルーダは自分の頬に汗が伝っていくのをその身で感じた。これを「怖い」の一言で表して良いものなのかわからないが、それしか浮かんでこない。詰めが甘かった、リシュアとリエーテが説教を食らい、自分はそこから逃れたつもりでいた。しかし、決してそんなことはなかったのだ。何なら自分が最も怒られているまである。
「ルーダくん、君は古代語が読めるんだねぇ?」
「そ、そうです。」
ギリリリ…肩を掴む力が次第に強くなっていく。流石にないと思うが、肩骨を粉砕されそうな勢いだ。
「な、ん、で、翻訳を手伝ってくれなかったのかなぁ〜?えぇ!?」
「あ、あはははは…」
「キュー!」
ルーダがただ泣きそうな声で笑っていると、彼のポーチの中から可愛らしい小動物が出てきた。それは彼の手の上に乗り、ルーダをじっと見つめた。
「あ、ポコロ!あの、助け…」
「キュルル…」
小動物は一声鳴くと、ルーダの手の上から去っていった。
「あー、見捨てないでよー!うぅ…」
あの小動物が何を言っていたのかはよくわからないが、ルーダの反応を見る限り「自業自得だ」とでも言われたのだろう。ペットにも呆れられるとは、全く哀れなものだ。
「その、ポコロだっけ?あの子は何なの?」
「(あ、怒らなくなった!)あの子はツィアペタと言って、幻影を見せる兎型の魔物です。自由に姿を変えることが可能で、弱そうな見た目で油断したところを狩るんです。」
「あぁ、ポコロって種族名ではないんだね。」
「はい、そうです。ところで…ポコロは何処に隠れちゃったんだろう?」
「…頑張って探そうか。」
結論から言ってしまうと、ポコロは本棚とほんの隙間に隠れていた。人目でわかる位置にいたのでそう時間はかからず、その後すぐに旅を再開した。ロゼットは忘れていた、折角長い時間をかけて探し出した伝記を一ページも読まずに出発したことを。
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